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良識ある日本国民の皆様には、毎日新聞の慰安婦はいたという真実を残すとの報道はご存知だと考えます。

終戦記念日:戦争と平和を語る座談会 真実、伝える使命--高知 /高知

23年前から行われている座談会には約20人が出席。戦争当時、教員をしていたという市原正子さん(95)は「(学徒動員で)昼間は、戦闘機の先端を作る軍の工場に生徒を連れて行った。お国のために良いことをしていると思っていたが、その戦闘機で多くの人の命が失われたかもしれないと考えると、今さらながら申し訳なく思う」と語った。

 また、従軍していたという同市比島町3の大川愛郎さん(82)は「今はものすごく後悔し、申し訳ない気持ちでいっぱいだが」と口を開くと、自身が台湾に派遣されていた当時、慰安所を利用したことを告白した。

 沖縄戦が始まる直前に、上官から「いつ死ぬか分からない。死ぬ前に(慰安所に)行ってこい」と命令されたのを鮮明に覚えているという大川さんは「現在(慰安婦の存在が)あったなかったと議論されるが、当時を知るものとして(慰安婦がいたという)真実を後世まで残すことが私の役目だと思う」と話した。
(毎日新聞)より抜粋
http://mainichi.jp/area/kochi/news/20110816ddlk39040530000c.html

>教員をしていたという市原正子さん(95)は「(学徒動員で)昼間は、戦闘機の先端を作る軍の工場に生徒を連れて行った。お国のために良いことをしていると思っていたが、その戦闘機で多くの人の命が失われたかもしれないと考えると、今さらながら申し訳なく思う」

日教組・全教に加盟する赤い悪魔の教師は、何でも大東亜戦争を否定しますが、戦闘機で多くの人命が救われたと考えるべきで、申し訳ないと考えるなら、日本人を堕落させるためにGHQが奪い去った教育勅語の復活、真の反戦平和を望むなら、対等な軍事力での対等な外交により平和を守れると、最大の抑止力の核武装を訴えるべきです。




>従軍していたという同市比島町3の大川愛郎さん(82)は「今はものすごく後悔し、申し訳ない気持ちでいっぱいだが」と口を開くと、自身が台湾に派遣されていた当時、慰安所を利用したことを告白した

>沖縄戦が始まる直前に、上官から「いつ死ぬか分からない。死ぬ前に(慰安所に)行ってこい」と命令されたのを鮮明に覚えている

82歳-戦後66年=大東亜戦争終結時は16歳かぁ、強制連行されたという在日朝鮮人、従軍慰安婦にされたという韓国人は、年齢と時代が合わない場合が多いので大川愛郎について調べましたが、本人は小学校卒業後に予科練を志望し鹿児島で受験、大分宇佐の航空隊で飛行訓練を受け、昭和18年にグライダー訓練時に墜落して負傷などとしています。

大川愛郎と交流があるサイトには、「お話を伺いますと、少年兵士として徴用されていたそうです」・「大川さんに伺いますと少年兵として兵隊にいたのは3年足らずだったそうです」・「大川さんは直接戦場へ行くことはなかったようです。本土防衛のための訓練を朱に受けていたようです。戦地に行かれていた親戚の人や知人からリアルな戦地の話しは聞かれていて、昨日のことのように覚えておられるとか」とあります。
(けんちゃんの吠えるウォッチングーどこでもコミュニティ双方向サイト)
http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-be4e.html

昭和17年頃に13歳位で少年兵として徴用?、戦場へ行くことはなかった・・・、戦地へ行った人間からリアルな話を聞いて昨日のことのように覚えている・・・、沖縄戦が始まる直前の台湾で、上官から「いつ死ぬか分からない。死ぬ前に(慰安所に)行ってこい」と言われたのは大川愛郎本人なのか?、大きな疑問が残ります。

>「現在(慰安婦の存在が)あったなかったと議論されるが、当時を知るものとして(慰安婦がいたという)真実を後世まで残すことが私の役目だと思う」

ハァ?、大東亜戦争当時、世界各国では戦時下での軍人に対する売春行為は違法ではなく、この売春を商業行為とした女性が「慰安婦」、売春宿が「慰安所」で、日本軍従軍慰安婦は存在しませんが、誰もが慰安婦がいたという真実は認めているので、毎日新聞は、またも嘘の従軍慰安婦問題にして騒ぎたいのでしょう。

毎日新聞は、韓国の元従軍慰安婦の現在を追うドキュメンタリー「ナヌムの家・パート2」の上映で、男性二人が騒いだ時、会場にいた元慰安婦が身の上話を始めると男性は体をがたがたと震わせて帰ったと報道しましたが、抗議を受けた毎日新聞は、翌日には事実でなかったと訂正記事を掲載、しかしこの訂正記事も嘘を重ねる結果でした。




<憂楽帳>「ナヌムの家」

「好きでやったんだろう」
「売春婦!」
「うるさい、最後まで見ろ!」
先月14日、東京・中野のBOX東中野で開かれた試写会でとげとげしい、やじが飛んだ。
韓国の元従軍慰安婦たちの現在を追うドキュメンタリー「ナヌムの家・パート2」(ママ)が上映されていた。
やじっていたのは、客席前方に陣取っていた中年の男性2人組だ。会場は騒然となり、収集がつかなくなった。
そのとき、会場にいた元慰安婦の女性がすくっと立ち上がって、身の上話を始めた。
日本軍に連行される前からもつらい暮らしだったこと。父親は酒乱で、よそに女性がいて母親を顧みなかったこと。たまに帰宅すると子供たちに暴力をふるったこと…。
場内は水を打ったように静まりかえった。さて、くだんの男性はというと。なんと、体をがたがたと震わせているではないか。
「もういい、帰るぞ」
そのひとは精いっぱいの強がりを吐いて、会場を出ていった。
友人が「ちょっと感動的でね」と教えてくれた。「ナヌムの家」(パート1、2) (ママ)の劇場公開は今月14日から。
【佐藤由紀】
毎日新聞(夕刊)1998年2月4日
http://www.jca.apc.org/usokiji/yuraku.html




<訂正>

4日憂楽帳「ナヌムの家」の記事中、BOX東中野で先月行われた試写会でとげとげしいやじがあったとあるのは、一昨年の別の試写会での出来事でした。
先月の試写会は平穏に行われました。
また元従軍慰安婦の女性が身の上を語ったとあるのは、映画の中のことでした。確認不足のため関係者にご迷惑をかけたことをおわびします。
毎日新聞(夕刊)1998年2月5日
http://www.jca.apc.org/usokiji/teisei.html

映画新聞語

抗議を受け、毎日新聞は翌日の夕刊で訂正記事を掲載。
そこで「一昨年の別の試写会での出来事でした」「身の上を語ったとあるのは、映画の中のことでした」とし、「認識不足のため関係者にご迷惑をかけたことをおわびします」と書いた。
ところが映画の中に「身の上」話なぞ出てこない。
訂正でさらに嘘を重ねることに。
「認識不足」という次元ではないにもかかわらず、またウラも取らず、虚報に虚報を重ねるとは報道機関としての体質を問われるところである。
映画新聞(1998年8月1日号)
http://www.jca.apc.org/usokiji/eigashin.html

毎日新聞は、反日丸出しの捏造記事ばかりで、不法入国・不法滞在の「カルデロンのりこ一家」は、カナダなら家族で住めたと嘘を報道して、長年に亘り英文サイト、毎日デイリーニューズ上のコラム「WaiWai」では、「日本人変態記事」を世界中に発信して来た事を謝罪で済ませて、世界へ訂正記事を発信していません。




「毎日新聞の英語版サイトがひどすぎる まとめ@wiki」※原則未成年の方の閲覧を禁止させていただきます。http://www9.atwiki.jp/mainichiwaiwai/pages/16.html

毎日新聞には在日の記者がいますが、2006年10月に佐賀県で開かれた「第26回全国豊かな海づくり大会」に、天皇、皇后両陛下を招待することを発表する佐賀県知事の会見で、毎日新聞の記者は、「今回の行事にですよ、天皇と皇后が佐賀に来ることの意味って何ですか」などと、天皇、皇后両陛下に敬称もつけずに敬語も使わない、不敬発言をしたのも在日記者でした。




毎日新聞の在日記者「朴鐘珠」が天皇皇后を呼ぶなと知事にかみつく.flv(動画)http://youtu.be/7qZ1UTKqtmI

不敬な在日記者がいる毎日新聞は大川愛郎の慰安婦がいたという真実は誰もが認めているのに、毎日新聞はナヌムの家・パート2のように、またも嘘を重ねた従軍慰安婦問題を騒ぐなら自主廃刊すべきです。

良識ある日本国民の皆様、毎日新聞についてご考慮下さい。

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近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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