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良識ある日本国民の皆様には、二階俊博が「竹島がどこにある。見えないほど小さな島じゃないか」と麗水国際博の成功に日本の議員を説得していたのはご存知だと考えます。

「麗水国際博の成功に向け、日本の議員を説得した」

 衆議院議員に9回当選し、経済産業相や運輸相(現・国土交通相)を3期務めた日本政界の大物議員。自民党を代表する知韓派、二階俊博・全国旅行業協会(ANTA)会長(72)は、政界での華やかな経歴を誇る。

 2009年2月、日本は麗水国際博への参加を真っ先に表明した。その中心人物が二階氏だった。当時、独島(日本名:竹島)の領有権問題で、韓日両国は外交的に対立していた。経済産業相だった二階氏は、国会議員一人一人に会い、麗水国際博への参加を呼び掛けたという。

 「韓国が作成した麗水国際博の広報紙に、竹島が韓国の領土として記載されているとの理由で、議員たちの不満が大きかった。地図を見せて『竹島がどこにある。見えないほど小さな島じゃないか。大げさに振る舞うのではなく、隣国のイベントの成功に向け力を合わせよう』と説得した」

 二階氏は「日本人に麗水の味覚を味わってもらおうと、麗水のマッコリ500本を購入した。来年5月の麗水国際博開幕のときには、韓国語の実力を披露するつもりだ」と語った。
(朝鮮日報)抜粋
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2011/11/28/2011112800909.html

>日本政界の大物議員。自民党を代表する知韓派、二階俊博・全国旅行業協会(ANTA)会長(72)

日本政界の親中・親韓派の売国大物議員、二階俊博だ!、野党に転落してからの自民党は、日本政府よる「竹島の日」の制定などを主張していますが、国賊売国奴の二階を切り捨てない谷垣執行部には、政権奪取を語る資格はありません。

国交省所管の社団法人「全国旅行業協会」(ANTA)は、47都道府県に支部を置いて5500社を超える会員(旅行会社)で組織されていますが、運輸相(現・国交相)だった二階が会長をしているのは、旅行業界と癒着していたからです。

>当時、独島(日本名:竹島)の領有権問題で、韓日両国は外交的に対立していた。経済産業相だった二階氏は、国会議員一人一人に会い、麗水国際博への参加を呼び掛けた

ふざけるな二階!、2012年5月から「2012年麗水(ヨス)国際博覧会」が開催されますが、2007年に開催地に名乗りを上げていた韓国を日本は支持する方針ても、竹島・日本海呼称問題で、韓国の主張する展示を懸念していました。




>韓国が作成した麗水国際博の広報紙に、竹島が韓国の領土として記載されているとの理由で、議員たちの不満が大きかった。地図を見せて『竹島がどこにある。見えないほど小さな島じゃないか。大げさに振る舞うのではなく、隣国のイベントの成功に向け力を合わせよう』と説得した

二階に説得された議員らも売国議員だ!、2009年に日本は麗水国際博への参加を表明しましたが、竹島は東京の日比谷公園ほどしかない小さな島でも、日本の領土で周辺海域も日本の領海ですから、地図で見えないとの問題ではありません。

>日本人に麗水の味覚を味わってもらおうと、麗水のマッコリ500本を購入した。来年5月の麗水国際博開幕のときには、韓国語の実力を披露するつもりだ

二階は日本語よりも韓国語(朝鮮語)の方が上手じゃないのか?、経産省が作った広報資料に、ヨス市を「豊臣秀吉の朝鮮侵略を李舜臣の水軍が撃退した場所」と紹介したのも二階の仕業か?、マッコリではなくてトンスルを飲むべきです。




二階俊博が親中・親韓の国賊売国奴なのは有名ですし、本ブログには投稿文字数に制限がありますので簡単に取り上げますが、外国人参政権・人権擁護法案・靖国神社に代わる国立追悼施設建立に賛成だけでも、二階が反日議員の証明です。

1998年11月26日、国賓として来日した中共の江沢民国家主席を歓迎する天皇・皇后両陛下主催の宮中晩餐会で、出席者全員がブラック・タイの礼服でしたが、江沢民は中山服(人民服)という平服姿で臨席、皇室を侮辱しました。




宮中晩餐会で江沢民は、「日本軍国主義は対外侵略拡張の誤った道を歩み、中国人民とアジアの他の国々の人民に大きな災難をもたらし」などと日本を非難しましたが、反日の江沢民の「江沢民石碑」を全国に建てようとしたのが二階です。




二階俊博の問題 ~ 一部のみ

新幹線の輸出で訪中した際、中共の担当大臣らに、「日本は、中国から文化を教わり、その延長線上に今日の日本の繁栄がある。そのなかから、たまたま新幹線の技術を開発した。この技術が中国の発展にもしお役にたつならば、どうぞ一つお使いください。積極的に協力します」などと発言しました。

南紀グリーンピア問題は、中共のリゾート会社「香港BOAO」を紹介して跡地は賃貸後に無料で業者へ譲渡されるという異例の契約などに関与した問題です。

東シナ海のガス田問題は、当時経産大臣の中川昭一氏が日本の帝国石油に採掘権を与える決定をしましたが、中共に媚びては事実上の白紙撤回をした問題です。

日本航空社宅用地問題は、日本航空が寮・社宅の用地として和歌山市の山林を購入する際、想定の3倍にあたる152億円で購入したことに関与した問題です。

私は本ブログで「沙也可(さやか)」について記事にしましたが、1592年~「文禄の役」で、豊臣秀吉が朝鮮に大軍を送った際、二番隊を率いた加藤清正の先鋒武将として、朝鮮に渡った直後に3千人の兵を連れて朝鮮軍に投降したとされています。

沙也可は投降した朝鮮に鉄砲などを伝えて、朝鮮軍に加わって日本軍を撃退した、朝鮮に帰化した「李王朝の将軍」で、韓国では「金忠善(キム・チュンソン)」との名前で呼んでいる、反日の「英雄」としています。

韓国には今でも、沙也可の子孫と名乗る者が住んでいますが、豊臣秀吉の朝鮮出兵時の軍資料では、「沙也可」に該当する武将の存在は特定出来ませんし、真相を記した資料などもありません。

加藤清正の総勢1万人の軍勢うち、3千もの兵を率いた武将であれば、有力家臣の引率数になるのですが、日本側の資料には、そのような武将の投降例が一例も残されていません。

そもそも「沙也可」という名前は日本にも朝鮮にもなじまない事から、1970年代に司馬遼太郎氏は、紀行文「街道をゆく」の中で、「沙也可」について「左衛門」という日本名の音に当て字したものではないかと、推測しています。

他にも、「雑賀説」・「岡本越後守説」・「原田信種説」との「仮説」があるだけで、「沙也可」が日本の武将だとの真実は証明されていませんし、仮に、実在したとしても、武将ではなくて敵前逃亡した日本兵と考えられています。

沙也可本人が書き残したとされる「慕夏堂文集」がありますが、儒教的素養が顕著で、日本で生まれ育った武将が書いたとは思えないために、朝鮮総督府の調査では日本人が書いたものではないと調査結果が出されて、沙也可は日本人ではないとされています。

正体不明の「沙也可」については、朝鮮の「李朝実録」宣祖30年(1597年)の4行目に、「僉知(官名)沙也可」とあるだけです。




2010年に二階は地元の和歌山の、関西の日光とも称される、東照大権現(徳川家康)・南龍大神(徳川頼宣)を祀る「紀州東照宮」に、韓国が反日の英雄としている、「沙也可」=「金忠善将軍の顕彰碑」の建立にも関わっていました。




自民党の二階俊博は、「竹島がどこにある。見えないほど小さな島じゃないか」と、麗水国際博の成功に向けて日本の議員を説得した売国議員で、日本中に「江沢民石碑」建立を計画、「金忠善将軍」の顕彰碑を建立した、親中・親韓売国奴で政界を去るべきです。

良識ある日本国民の皆様、二階俊博についてご考慮下さい。

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プロフィール

近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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