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良識ある日本国民の皆様には、尖閣諸島沖で台湾の巡視船と海保の巡視船が接触したのはご存知だと考えます。
 
海保「みずき」と接触=領海侵入の台湾巡視船―尖閣沖
 
第11管区海上保安本部(那覇市)によると、沖縄県・尖閣諸島の魚釣島周辺で4日午後、日本の領海内に侵入した台湾の巡視船1隻と、海保の巡視船「みずき」の船体同士が接触していたことが分かった。みずきの乗組員にけがはなく、11管は詳しい原因を調べる。

 11管によると、接触があったのは午後0時40分ごろ。領海外側の接続水域内で、みずきの船尾と台湾の巡視船「PP10033」の左舷中央部が接触した。みずきは塗装が剥がれたが、台湾巡視船に目立った損傷はないという。巡視船は電光掲示板に日本語で「ここは中華民国(台湾)領土だ」と表示していた。

 活動家ら9人が乗った遊漁船「全家福」と巡視船4隻は同日午前7時すぎ、領海に侵入。正午ごろまでに同島西約22キロで領海を出た後、巡視船の1隻とみずきが接近した。その後、5隻は接続水域からも出た。
時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120704-00000087-jij-soci
 
>尖閣諸島の魚釣島周辺で4日午後、日本の領海内に侵入した台湾の巡視船1隻と、海保の巡視船「みずき」の船体同士が接触していた
 
海上保安庁は、活動家らが乗った遊漁船「全家福」と台湾の「巡視船」が領海侵犯をした時点で拿捕すべきでした。
 
>接触があったのは午後040分ごろ。領海外側の接続水域内で、みずきの船尾と台湾の巡視船「PP10033」の左舷中央部が接触した
 
台湾の巡視船「PP10033」は、「みずき」の後方から故意に衝突した可能性があるので、海上保安庁は接触時のビデオを公開すべきです。
 

 
日本の接続水域内で台湾の巡視船と接触し、塗装が剥がれた海上保安庁の巡視船「みずき」の船尾=4日午後、沖縄県・尖閣諸島沖(第11管区海上保安本部提供)
 
>みずきは塗装が剥がれたが、台湾巡視船に目立った損傷はない
 
日本政府は台湾に対して、国民の財産である「みずき」の修理費用を請求すべきです。
 
>巡視船は電光掲示板に日本語で「ここは中華民国(台湾)領土だ」と表示していた
 
ふざけるな!
 
私は一民族主義者として、真の日台友好を望む立場です。
 
私のブログには、台湾ブログの主宰者の方々や、台湾在住の日本人の方々にもご来訪を頂いています。
 
東日本大震災では、台湾からは多くの義捐金などを贈って頂き、日本国民は台湾の国民に心より感謝をしています。
 
しかし、国家としての立場と国民感情とは違います。
 
良識ある日本国民には、台湾に対する感謝の心と、台湾が尖閣諸島の領有権を主張していることとは別の問題です。
 
それに、活動家らが乗った遊漁船「全家福」の船首に、中共の国旗が確認されたという報道もあります。
 
台湾漁船と巡視船、領海侵入=活動家ら乗船、尖閣沖-沖縄

 4日午前7時15分ごろ、沖縄県・尖閣諸島の魚釣島の西南西約22キロの日本領海に、台湾の遊漁船が侵入した。哨戒中の海上保安庁の航空機が確認した。台湾の巡視船3隻が伴走しており、午前11時現在、魚釣島の西7.8キロを西に向け航行している。

 第11管区海上保安本部(那覇市)によると、遊漁船「全家福」には台湾の活動家9人が乗船。船首には中国国旗が確認された。
(時事通信)抜粋
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc&k=2012070400254
 
東京都による尖閣諸島購入計画を批判している中共は、今回の台湾の件について、日本政府の対応を見ています。
 
台湾同胞の安全確保促す=尖閣沖の日本領海侵入―中国

【北京時事】中国外務省の劉為民報道局参事官は4日の定例会見で、沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖の日本領海に台湾の遊漁船が侵入したことについて「釣魚島の主権を断固として守るため中国は必要な措置を取り続ける」とした上で、「台湾同胞を含めた中国側人員の生命や財産の安全を脅かす行動を取らない」よう既に日本側に促したことを明らかにした。
時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120704-00000105-jij-int
 
日本の固有領土である尖閣諸島の領有権を、中共だけではなく台湾も主張しています。
 
これまで台湾の馬英九政権は、対日強硬姿勢を続けて、「尖閣諸島は中華民国の領土である」と、台湾の一貫した立場に変化はないと表明をしています。
 
馬英九政権は尖閣諸島について、「日本との開戦の可能性を排除しない」と主張したこともあります。
 
台湾のマスコミは、「仮に日本と万が一の事態になった場合、両岸(中共本土と台湾)が共同戦線を張る可能性は十分にある」と報道したこともあります。
 
また、本ブログ2010年の記事にしましたが、馬英九総統は従軍慰安婦問題で、日本に謝罪責任があると発言したこともあります。
 
日本は台湾から、数々の挑発行為を受けています。
 

 
 
台湾が尖閣諸島の領有権を主張して、反日勢力が捏造した従軍慰安婦の謝罪を求めることを続ける限りは、真の日台友好にはなりません。
 

 
固有領土と定義する国際法の先占論理は、(1)先にどの国のものでもないその土地を見つけ、(2)先にその土地領有の意思を公的に示した、の2つの条件を満たした場合、その土地はその国の領土になるというものです。
 
明治12年(1879年)に日本政府は、琉球藩を廃止して沖縄県として、明治18年以降再三にわたり「尖閣諸島」の実地調査をしました。
 
日本政府の調査では、「尖閣諸島」は無人島である事と、清国を含む、どの国からも支配が及んでいる痕跡がないことを慎重に確認しました。
 
日本政府は明治28年(1895年)1月14日の閣議で、尖閣諸島の沖縄県への編入を決定して、「尖閣諸島」は日本領土になりました。
 
国際法の先占論理で、尖閣諸島は日本領土だと認められています。
 

 
 
1895年に日本と清国が締結した、下関条約(日清講和条約)の割譲範囲を規定した第2条の「二、台湾全島およびその付属諸島嶼」の中にも、日本は条約交渉が開始される前に領有宣言をしたなど、尖閣諸島は含まれていません。
 

明治28年の下関条約第2条
 

明治40年代の尖閣諸島、魚釣島事業所建物配置図
 
大正9年(1919年)の冬、尖閣諸島の魚釣島近海で、中共人が遭難しているのを日本人が発見しました。
 
八重山島庁(当時)、石垣村役場も総出で救援活動を行い、31名を無事に本国に帰還させた事件がありました。
 
この人命救助に対して、中華民国の長崎領事は感謝状を贈っていますが、「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島」と記して、救助した日本の島民の事を、「日本帝国沖縄県八重山郡石垣村雇玉代勢孫伴君」と明記しています。
 

 
1968年、国連・アジア極東経済委員会(ECAFE)の調査報告で、「沖縄諸島と台湾、日本の間の大陸棚の縁や、黄海・渤海には石油埋蔵の可能性が高い」という発表がされました。
 
つまり、日本の尖閣諸島海域にも、大規模な海底油田・天然ガス田という地下資源があると考えられました。
 

 
 
中共と台湾は、1970年代に、東シナ海大陸棚の石油開発の動きが表面化して、尖閣諸島周辺海域に石油があることがほぼ確実であると判明すると、1971年に相次いで領有権を主張しました。
 

 
 
しかし、中共と台湾の1970年以前の地図や公文書などには、中共・台湾の呼称の「釣魚」ではなくて、日本の呼称の「尖閣」と記されています。
 
中共と台湾は、日本領と記載して領有権を認めていました。
 
1953年1月8日付の中国共産党機関紙「人民日報」は、
「琉球群島は、わが国台湾の東北および日本九州島の西南の間の海上に散在し、尖閣諸島、先島諸島、大東諸島、沖縄諸島、大島諸島、吐か喇諸島、大隅諸島など7つの島嶼からなっている」
と、尖閣諸島と日本呼称で日本領に含めています。
 

 
中華民国59(1970=昭和45)年、台湾で発行された「国民中学地理科教科書」(初版)所載の「琉球群島地形図」には、日本と台湾の国境線が台湾と尖閣・八重山諸島の中間に引かれて、島嶼名も「尖閣群島」(尖閣諸島)と日本呼称で記載されています。
 

 
中共(1958=昭和33)年、北京の地図出版社から発行された「世界地図集」所載の「日本図」には、「尖閣群島」(尖閣諸島)と日本呼称で記載されて、国境線も台湾と尖閣・八重山諸島の中間線に引かれています。
 

 
 
海保巡視船「みずき」は台湾の巡視船「PP10033」に後方から故意に衝突された可能性があるので、海上保安庁は接触時のビデオを公開すべきです。
 
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プロフィール

近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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