HOME   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイトYahoo!ブログ過去記事  »  在日1世が日韓併合時に「日本人は種籾用の米まで持って行った」天理・北中学の市民講座で発言、昭和恐慌の朝鮮には米以外には換金作物がないために日本に米を移出する事で朝鮮人の農家が現金収入を得ていたのが事実
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良識ある日本国民の皆様には、在日1世が日韓併合時に日本人は種籾用の米まで持って行ったと発言したのはご存知だと考えます。
 
聞かせて!解放前の体験…天理・北中学で市民講座
 
夜間学級で学ぶ在日1世講師に

【奈良】天理市立北中学校夜間学級で学ぶ在日1世を講師にして、解放前の体験談を聞く市民講座が6月23日、同中学校で開かれた。

 この市民講座は、夜間中学生の持っている知恵や技、昔の経験を広く市民に伝えようと、約10年前から始まった。これまでハルモニの糸紡ぎや、キムチづくりなども行ってきた。昨年度からは学期毎の開催となり、今回は「聞かせて!ハルモニの昔の話‐植民地にされた朝鮮」と題して、80~90代のハルモニ5人が講師を務めた。約30人が熱心に耳を傾けた。

 慶尚北道出身の朴尚任さん(93)は、「小正月に村中で楽しく遊んでいると、若い日本人が来て、『日本に行けばいい暮らしができる』と言って、新婚ほやほやの従兄弟の兄さんを日本に連れていった」と話した。

 姜必善さん(92)は慶尚南道出身。7歳の時、お米の強制供出の現場を目の当たりにした。「収穫したばかりの米を選別しているとき、日本人が来て、いい米を全部持って行きました。来年にまく種もみの米まで見つけて、これも持って行きました。ハラボジが『来年は米を作れない』と嘆いていました」。

 最後に、あるハルモニは夜間学級で学ぶ喜びを次のように語った。「夜間学級に来て先生に久しぶりに本名で呼んでもらい、名前も書けるようになって、とてもうれしくなりました。この嬉しさは忘れられません。親につけてもらったこの名前を、あの世まで持っていきます」。
民団新聞
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=18&category=2&newsid=16166
 
> 天理市 立北中学校夜間学級で学ぶ在日1世を講師にして、解放前の体験談を聞く市民講座
 
>これまでハルモニの糸紡ぎや、キムチづくりなども行ってきた
 
天理市では、在日1世のハルモニ(祖母)が市民講座でキムチづくりをしていますが、キムチには大量のトウガラシが使われています。
 
韓国人は、胃がんの発生率が非常に高いです。
 
胃ガン発生率、韓国人がダントツで世界トップ!

 死亡者の3人から4人に一人ががんで命を落とす中、韓国にはがんの発生状況に関して三つの大きな特徴がある。他国では減りつつある男性の胃がんと女性の甲状腺がんがそれぞれ非常に高い発生率を維持している点、過去に多かった女性の子宮頸(けい)がんが急速に減少しつつある点だ。
(2009/07/13朝鮮日報)抜粋
 
トウガラシの辛味成分「カプサイシン」は、「がん」の発生を促進します。
 
カプサイシンががんの発生促進、建国大教授らが解明

【ソウル6日聯合ニュース】各国で料理に愛用されているトウガラシの辛味成分で鎮痛剤にも利用されるカプサイシンが、がんの発生を促進するとの研究結果が出た。
(聯合ニュース)抜粋
http://japanese.yonhapnews.co.kr/itscience/2010/09/06/0600000000AJP20100906001300882.HTML
 
>今回は「聞かせて!ハルモニの昔の話‐植民地にされた朝鮮」と題して、8090代のハルモニ5人が講師を務めた
 
息を吐くように嘘をつく在日韓国人らが講師で、植民地とは酷い市民講座です。
 
植民地とは統治国が支配地から搾取することで、日本は朝鮮を植民地にした事実はありません。
 
本ブログには投稿文字数に制限がありますので、1907年の第三次日韓協約締結から日本は搾取ではなく莫大な支出をしている事実は、6月の記事をお読み下さい。
 
>朴尚任さん(93)は、「小正月に村中で楽しく遊んでいると、若い日本人が来て、『日本に行けばいい暮らしができる』と言って、新婚ほやほやの従兄弟の兄さんを日本に連れていった」
 
朴尚任は、従兄弟の兄は日本人に騙されて連れて行かれたという言い方ですが、自由意志で日本に渡航したはずです。
 
1910年の「日韓併合条約」(韓国併合ニ関スル条約)締結で、貧しさを極める朝鮮から、豊かな日本に渡ってくる朝鮮人が激増しました。
 


 
昭和2年には約16万5千で、昭和13年には約79万9千人に達しました。
 
昭和14年に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、昭和20年には約200万人に増加しました。
 


 
 
朴尚任は1919年生まれですから、従兄弟の兄が徴用されたとは考えられません。
 
1944年9月に朝鮮で徴用が行なわれましたが、翌年3月までのわずか7ヶ月だけでした。
 
そもそも、徴用とは日本国民の義務でした。
 
>姜必善さん(92)は慶尚南道出身。7歳の時、お米の強制供出の現場を目の当たりにした。「収穫したばかりの米を選別しているとき、日本人が来て、いい米を全部持って行きました。来年にまく種もみの米まで見つけて、これも持って行きました。ハラボジが『来年は米を作れない』と嘆いていました」
 
ハラボジ(祖父)は翌年どうしたのか^^
 
在日朝鮮人は、まだ嘘が通じると考えているのでしょうか。
 
姜必善は1920年生まれですから、日本人が種籾用の米まで持って行ったのは1927年(昭和2年)になります。
 
昭和2年には、昭和金融恐慌が発生しましたが、当時は強制供出というような状況はありませんでした。
 
1930年に「昭和恐慌」が発生しました。
 
大きな打撃を受けたのは農村であったために、「農業恐慌」とも言われて、日本の農村では娘の身売りなども起きました。
 
朝鮮人らは、この時期にかけて日本に米を搾取されたと主張してきましたが、すでに嘘だと判明しています。
 
当時の朝鮮には米以外には換金作物がないために、日本に米を移出する事で、朝鮮人の農家が現金収入を得ていたのが事実でした。
 
 
表二
年度
生産量(万石)
移出量(万石)
消費量(万石)
1920年
1,270
185
1,085
1922年
1,432
340
1,092
1924年
1,517
475
1,042
1926年
1,497
544
953
1928年
1,730
742
988
1930年
1,370
540
830
1932年
1,590
760
830
1933年
1,630
870
760
 
 
表三(最終桁数は四捨五入)
 
生産高(万石)  移出高(万石)  朝鮮での総消費高(万石)  人口一人当りの消費高(石)
1912~16年平均      1,230       106      1,111      0.7188
1917~21年平均      1,410       220      1,171      0.6860
1922~26年平均      1,450       434      1,061      0.5871
1927~31年平均      1,580       661         967      0.4964
1932~36年平均      1,700       876         845      0.4017
1937年                  1,941         716      1,258      0.5679
1938年                  2,680       1,070     1,578     0.7031
1939年                  2,424          605     1,765      0.7761
1940年                   1,436          43      1,398      0.6108
1941年                  2,153          368     1,751      0.7285
1942年                   2,489         564    1,912       0.7571
1943年                   1,569             0     1,653       0.6246
 
 
時代背景

 表二、表三では一九二六年(大正一五年)から朝鮮での消費量が急減している。この時は昭和初期の昭和恐慌として名高い時期であり、農家が米を食べられなくなったのは朝鮮半島だけではない。日本の東北地方の惨状もすさまじい。その後の冷害では北海道、青森などを中心とした地帯に45万人もの人々が餓死線上にたたされ、農村部では、役場の史員や学校の先生の給料までも払えずに、娘の身売りが続出した時代であった。

しかし、朝鮮半島の米の生産量は大きく伸びている。これは日本が治水、品種改良などによる成果であるが、それ以上に移出が伸びているのは、米以外に換金作物がないために、日本に米を移出する事により農家が現金収入を得たいがためである。

つまり、自由経済の当時においての朝鮮半島の米の内地への移出は、すべて朝鮮半島の事情によるものである。

このために、朝鮮総督府は緊急に雑穀を輸入して、朝鮮人の食するカロリーに変化がないようにした。
(歴史を偽造する韓国 中川八洋著 p六八)
 
(日本による朝鮮の米収奪のウソ)抜粋
 
>「夜間学級に来て先生に久しぶりに本名で呼んでもらい、名前も書けるようになって、とてもうれしくなりました。この嬉しさは忘れられません。親につけてもらったこの名前を、あの世まで持っていきます」
 
在日1世がこう言っているのですから、在日韓国・朝鮮人は通名を廃止して本名を名乗るべきです。
 
在日朝鮮人1世が日韓併合時に、日本人は種籾用の米まで持って行ったと発言しましたが、在日はいつまでも嘘は通じないと自覚すべきです。
 
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近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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