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良識ある日本国民の皆様には、李明博大統領が天皇陛下のご訪韓には謝罪が必要と発言したのはご存知だと考えます。
 
韓国・李明博大統領「天皇訪韓には謝罪が必要」
 
【ソウル=加藤達也】韓国の李明博(イミョンバク)大統領は14日、天皇陛下の訪韓に言及し「(天皇陛下が)韓国を訪問したいのなら、独立運動で亡くなった方々に対し心からの謝罪をする必要があると(日本側に)伝えた」と述べた。忠清北道で開かれた学校教育関係者の会合で語った。

 李大統領は会場の教師から、竹島(韓国名・独島)に上陸した気持ちを尋ねられ、日韓関係について語った。その中で天皇訪韓に触れ、「(盧泰愚大統領訪日時に昭和天皇が表明した)『痛惜の念』などという単語ひとつを言いに来るのであれば、(天皇の)訪韓の必要はない」と述べた。

 李明博政権下で天皇訪韓が具体化したことはない。李大統領が唐突に言及した背景には、竹島上陸に引き続き対日関係で強硬姿勢を見せることで“愛国的大統領”として任期を終えたいとの考えがちらつく。
産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120814-00000544-san-int
 
>韓国の李明博(イミョンバク)大統領は14日、天皇陛下の訪韓に言及し「(天皇陛下が)韓国を訪問したいのなら、独立運動で亡くなった方々に対し心からの謝罪をする必要があると(日本側に)伝えた」
 
ふざけるな李明博!
 



 
 
独立国家が国家元首に対して謝罪を求められれば、相手国には強硬な抗議をします。
 
しかし、日本政府は韓国政府に対して抗議をしていません。
 
玄葉外相は、「報道は承知しているが、そういう内容の話は一切聞いていない」と発言しています。
 

 
韓国メディアは、「李大統領は現場で日王が「ひざまずいて」謝らなければならないという表現を使ったことが分かったが、その後、大統領府が公開した発言録からは抜けていたことが確認された」と報道しています。
 
【日韓】 「日王はひざまずけ」李明博大統領、外交慣例越えた強硬発言連発、なぜ?~「日本叩き」でレイムダック突破目指す
 
韓国メディアの報道は事実でしょう。
 
これまで韓国は、ヴィリー・ブラント元首相がポーランドを訪問した際、ユダヤ人犠牲者の記念碑(ゲットー英雄記念碑)で、ひざまずいて謝った事を持ち出しています。
 

 
ポーランドのゲットー英雄記念碑の前でひざまずくヴィリー・ブラント元ドイツ首相
 
英国のタイムズ紙が2008年11月11日、李明博大統領「天皇明仁は韓国訪問時にひざまづいて謝るべき」というタイトルで、李明博のインタビューを報道しました。
 
李明博大統領は、1970年に西ドイツの「ヴィリー・ブラント元ドイツ首相が、ポーランドのユダヤ人を殺害するための記念碑の前にひざまずいた事と比較した」という報道でした。
 
李明博は、「ヴィリー・ブラント元ドイツ首相は、ポーランド国民全体とヨーロッパ人の世界の心の琴線に触れた。明仁天皇が戦後のドイツの事例に応じてアジア侵略行為に対して厳粛に悔恨な姿勢を示さなければならない」と語ったという報道でした。
 
李明博が、ブラント首相の行った謝罪を天皇陛下に求めたことについて、翌日には、人民網日本語版も報道をしました。
 
韓国大統領府は、「謝罪という直接的な表現はなかった」などと、李明博のインタビュー記事を訂正しました。
 
しかし、訂正した内容も、天皇陛下に謝罪を求めるような内容でした。
 
これまで韓国は、「日本はドイツの行為から学ぶ必要がある」と主張し続けています。
 
韓国は、ドイツと日本を比較すること自体が誤りだということを理解していません。
 
ナチス・ドイツのポーランド占領と、日本が韓国を併合していたことは、国際法上も、人道上でも全く異なるのは明白なる事実です。
 
1938年3月に、ドイツがオーストリアに侵攻して全土を占領しました。
 
ドイツに併合されたオーストリアは、僅か6年の併合期間でしたが、戦後に、「ナチスのドイツの共犯者の国でもある」などと認めて謝罪をしています。
 
韓国は、日韓併合より大東亜戦争終結までの日本を加害者に仕立て上げて、韓国を被害者にしています。
 
大東亜戦争は自衛とアジア解放のための聖戦でした。
 
仮に、日本が加害者になるのであれば、韓国は被害者ではなく共犯者になるということを、韓国は理解をしていません。
 
韓国という国家が、現在まで存続できていることとは、日本という国家によるものだという史実を韓国人は理解していません。
 
韓国メディアは、第二次日韓協約から日韓併合条約までを捏造して、「明治日王は朝鮮侵略の元凶」と報道しています。
 
韓国は、明治天皇に感謝をすることが日韓併合の史実だと認めるべきです。
 
韓国人は、大韓帝国の初代皇帝「高宗」と、第2代皇帝「純宗」の日韓併合前の写真を見るべきです。
 

 
大韓帝国初代皇帝「高宗」(李氏朝鮮第26代国王)
 

 
第2代皇帝「純宗」(李氏朝鮮第27代国王)
 
日韓併合後に、大日本帝国皇族として徳寿宮李太王、昌徳宮李王と称した写真と比較すれば、みすぼらしい身なりだったことは明白です。
 

 
徳寿宮李太王(高宗)
 

 
昌徳宮李王(純宗)
 
日清戦争前までの朝鮮は、清の属国でした。
 

 
清皇帝から受けた恩に感謝して、清の使者を迎えるために作った「迎恩門」、朝鮮王は9回頭を地面に叩きつけひれ伏して清の使者を迎えた
 

 
大清国属高麗国旗(大清国に属する高麗の国旗)
 
1895年(明治28年)に、日本と清国との間で結ばれた下関条約で、清の属国だった朝鮮は清国から独立ができました。
 
戦争に勝った国とは、敗戦国との講和条約の最初の条文には、自国が最も欲することを書き込みます。
 
日清戦争の戦勝国である日本が、下関条約(日清講和条約)の第一条にした文言とは、清国からの領土や賠償金ではありません。
 
下関条約の第一条は、「清国ハ朝鮮国ノ完全無欠ナル独立自主ノ国タルコトヲ確認ス」という文言で、日本が最も求めたのは朝鮮の清国からの独立でした。
 

 
下関条約
 
欧米列強の脅威にさらされていた日本は、朝鮮には独立国家の成立を願いました。
 

 
日清戦争後に清から独立して大韓帝国が建てた「独立門」(前には迎恩門の石柱が残っている)
 
しかし、一人歩きの出来ない朝鮮は、清国からの独立から、わずか10年後に日本の保護国になりました。
 
1905年(明治38年)11月17日、日本と韓国は、「第二次日韓協約」を締結しました。
 
1910年(明治43年)8月22日(調印日:公布29日)、日本と韓国は、「日韓併合条約」(韓国併合ニ関スル条約)を締結しました。
 

 
 
「日韓併合条約」により韓国は、日本国朝鮮地方になり、朝鮮人は日本国民になりました。
 
韓国は「強制併合」と主張していますが、日韓併合は、ロシアなどに侵略されそうな危機的状況だった韓国側が求めたものです。
 
日本と韓国は、国際法に則った併合条約を、欧米列強諸国の承認の下に締結しています。
 
日本が朝鮮半島を植民地にする気があれば、わざわざ韓国の承認を得る必要はなく、武力制圧すればよいので、ここまで平和的な併合は世界にも類を見ない事です。
 
日韓併合前までの朝鮮人は、糞を垂れ流す犬同然の生活をしていました。
 

 
日韓併合により日本は、現在の試算で約20兆円もの莫大な資金を朝鮮半島に投入して、朝鮮の近代化に尽力をしました。
 
朝鮮は、日本統治前とは比べられないほど、医療・教育・生活などの水準が高まりました。
 
日本による朝鮮への諸政策の結果、朝鮮では1920年~30年代のGDP平均成長率は約4%(1920年代の世界経済は2%以下・日本は3%強)まで高まりました。
 
朝鮮の1人当たりの国民所得は、1910年代の約40ドルから約80ドルまで倍増しました。
 
耕作地は、246万町から449万町まで拡大して、米の反当り収穫量は、0.5石から1.5石までと3倍増になりました。
 
朝鮮人の人口は、1300万人から2600万人に増加して、平均寿命は24歳から56歳まで延びました。
 
日本は、それまで朝鮮で続いていた、階級による身分差別の撤廃、両班による搾取・虐待から農民を救い、残酷な拷問や刑罰や一族の罪人連座法を廃止するなど、人権尊重の法治国家の基礎をつくりました。
 
日本は朝鮮へ学校教育制度を導入して、朝鮮総督府は小学校段階からハングルを教える教科書を用意し、日本が建てた5200校の小学校で朝鮮人に読み書きを教えました。
 

 

 
日本は朝鮮人から言葉を奪うどころか、朝鮮人が母国語の読み書きができるように文字を整備・普及をさせて、85%の朝鮮人に、創氏改名を許可しました。
 
日本の委任統治時代、1920年代のパラオの町並みの写真の右側にある店舗には、韓国人が日韓併合により奪われたと歴史を捏造している、ハングル文字の看板があります。
 

 
 
日韓併合で、日本国内で暮らす朝鮮人には参政権も被参政権も与えられました。
 
2回も代議士になった「朴春琴」 や、帝国議会の貴族院にいた「朴泳孝」など、大東亜戦争末期には、なんと7人もの朝鮮人が帝国議会の議席を得ていました。
 

 
衆議院議員当選を祝う朴春琴(中央の人物)
 
朝鮮人は、志願制が導入される以前から士官学校に入学して、日本軍の士官になる事も許されていました。
 
戦場に行くことを望んでニューギニア戦線で戦い少尉になった「崔慶禄」や、日本陸軍の中将にまでなった「洪思翊」もいました。
 

 
日本陸軍の「洪思翊」中将
 
三流国家の大統領には理解出来ないでしょうが、国際儀礼上の地位を考えれば、天皇陛下に謝罪を要求することを国際社会も認めません。
 
序列 国際儀礼上の地位

1 皇帝・女帝(EmperorEmpress):日本国天皇陛下のみ
2 ローマ法王(Pope):ローマ教皇ベネディクト16
3 国王・女王(KingQueen) :エリザベス女王ほか
4 大統領 (President):米国オバマ大統領ほか
5 首相 (Premier) :野田首相ほか
 

 
李明博が天皇陛下のご訪韓には謝罪が必要と発言しましたが、韓国は日韓併合の真実を認めて天皇陛下に感謝すべきで、天皇陛下のご訪韓はありえません。
 
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近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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