HOME   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイトYahoo!ブログ過去記事  »  韓国人被告が「豊臣秀吉の朝鮮侵略などに抵抗した義兵の精神を受け継ぐ行為だ」と無罪を主張、ソウルの日本大使館襲撃事件で韓国の検察は懲役1年を求刑、またも事実上の反日愛国無罪判決の韓国とは国交断絶すべきだ
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良識ある日本国民の皆様には、在韓日本大使館襲撃をした韓国人の被告が無罪を主張したのはご存知だと考えます。
 
韓国人の男、「朝鮮侵略に抵抗した義兵の精神」と無罪主張 ソウルの日本大使館襲撃
 
7月にソウルの在韓国日本大使館の正門にトラックで突っ込み、暴力行為処罰法違反罪に問われた金昌根被告(62)の初公判が22日、ソウル中央地裁で開かれた。金被告側は起訴された行為自体は認めたものの、「豊臣秀吉の朝鮮侵略などに抵抗した義兵の精神を受け継ぐ行為だ」として無罪を求めた。

 被告側は日本の竹島(韓国名・独島)の領有権主張も非難した。公判は即日結審し検察は懲役1年を求刑。判決は9月5日に言い渡される。

 起訴状によると、金被告は7月9日早朝、トラックで大使館正門に突っ込み門を壊した。日本の民族派団体の男性が6月に、元従軍慰安婦の被害を象徴する同大使館前の少女像に「竹島は日本固有の領土」と書いたくいを縛り付けたことに怒り、日本が責任ある措置を求める世論を起こす目的だったと、金被告は捜査段階や公判で主張した。(共同)
産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120822/kor12082213080004-n1.htm
 
>7月にソウルの在韓国日本大使館の正門にトラックで突っ込み、暴力行為処罰法違反罪に問われた金昌根被告(62)の初公判が22日、ソウル中央地裁で開かれた
 
7月9日午前5時前、在韓日本大使館の正門へ抗議トラックが突入する襲撃事件が起きました。
 

 
1月には、在韓日本大使館へ火炎瓶が投げ込まれた事件が起きていました。
 
約半年間で、二度もソウルの在韓日本大使館は襲撃をされています。
 
韓国の反日感情を考えれば、韓国の警察は日本では考えられない警備体制でした。
 
在韓日本大使館の正門周辺で警備をしていた警察官は2人だけで、不審車両の進入を防ぐための「車両止め」もありませんでした。
 

 
独島(竹島)は韓国のものということを知っているでしょう、などと書かれた抗議トラック
 

 
運転していた韓国人、金昌根(キム・チャングン)被告
 
>金被告側は起訴された行為自体は認めたものの、「豊臣秀吉の朝鮮侵略などに抵抗した義兵の精神を受け継ぐ行為だ」として無罪を求めた
 
豊臣秀吉の朝鮮出兵で無罪を主張するとは、被告は反省をしていません。
 
韓国は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の史実も捏造しています。
 
「抵抗した義兵」というのも、韓国が捏造している反日教育です。
 
倭乱と胡乱
 
壬辰倭乱の勃発
 
16世紀に入って社会的混乱がさらに加わり、国防力が次第に弱体化して、中宗の代には三浦倭乱をはじめとして倭冠の騒乱が絶えず生じた。これに対して政府は備辺司を設置し、李珂の10万養兵説の主張もあったが、全般的には積極的な対策は講じられなかった。

 このころ日本では豊臣秀吉によって長期間にわたった戦国時代の混乱が収拾されていた。豊臣は国内政権の安定のために、不平勢力の関心を外に集めると同時に自らの征服欲を満足させるために朝鮮と明に対する侵略を準備した。
 
義兵の抗争
 
倭乱が生じると、全国各地で義兵が立って倭軍とたたかった。義兵は郷土の地理に精通し、郷土の条件にあった戦術と武器で倭軍に大きな打撃を与えた。

 郭再祐、趙憲、高敬命、鄭文孚らがひきいる大小の義兵部隊の活躍は大きな成果をおさめた。義兵の輝かしい戦果は、海戦での李舜臣の勝利とともに戦況を変えた。

 戦乱が長期化して倭軍に対する反撃作戦は一層強化されはじめた。すなわち、今まで散発的に立った義兵部隊を整備して官軍に編入することによって、官軍の戦闘能力を大幅に強化、作戦がより組織性を帯びるようになった。
 
倭乱の影響
 
倭乱でわれわれが勝利をおさめることができたのは、わが民族がもっていた潜在的力量がすぐれていたためである。つまり、官軍次元のわが国防能力は日本に劣っていたが、全国民的次元の国防能力は日本を凌駕した。わが民族は身分の貴賎や男女老若を問わず、文化的な優越感に満たされて自発的な戦闘意識をもっていた。こうした精神力が国防能力に作用して倭軍を撃退させることができる力になった。
 
 一方、倭乱は国内外的に多くの変化をもたらした。まず、国内的には、長い戦争で人口が激減し、農村はたいへん荒廃した。したがって、国家財政の窮乏と食料不足を解決するための対策として空名帳(貧民救済のために富裕者に官位を売り、その代金の証書……訳者)が大量に発給された。また、李夢鶴の乱のような民乱が各地で起こり、土地台帳と戸籍が多く焼失したために、租税、搖役の徴発と身分の区別が混乱した。
 
 そして東アジアの文化的後進国であった日本は、朝鮮から活字、書籍、絵画、陶磁器などの文化財を略奪し、多くの技術者と学者等を拉致していった。これとともに朝鮮の性理学も伝えられ、日本の文化発展に大きな影響を及ぼした。
 
昨年末、トヨタ自動車が過去への回帰を表現したリボーン(Re BORN)シリーズのCMで、豊臣秀吉をキャラクターとして採用したことが、韓国内で物議を醸しました。
 
トヨタは、豊臣秀吉を北野武が、織田信長を木村拓哉が演じたCMを、昨年11月から日本国内で放映を開始しました。
 

 

 
木村拓哉 CM トヨタ ビートたけし リーボン ReBORN 60s(動画)
 
韓国メディアは、「トヨタは文禄の役を起こした豊臣秀吉をCMキャラクターに採用して復活をテーマにした広告制作をしたが、秀吉が復活する設定自体が朝鮮侵略の犠牲者の立場である韓国人の感情を刺激した」などと報道しました。
 
韓国は、「豊臣秀吉の朝鮮出兵の犠牲者の立場である韓国人」としていますが、事実ではありません、
 
当時の朝鮮は明の属国でした。
 
文禄の役で豊臣秀吉軍は、釜山上陸からわずか二十日間で首都・漢城を陥落させて、激戦にもなりませんでした。
 

 
豊臣秀吉軍は、李氏朝鮮の支配階級に虐げられていた朝鮮民衆の解放軍として迎え入れられ、多数の朝鮮民衆が秀吉軍に従軍しました。
 
実際に秀吉軍が戦った相手とは、明軍と、明の支援を受けた朝鮮の支配階級軍でした。
 
李氏朝鮮の支配勢力(第14代王宣祖と両班ら)の圧政からの解放を願っていた朝鮮の民衆が、支配をアジア広域に広げようとした秀吉の政策と利害が一致し利用しました。
 
講和交渉も日本と明の間で行われ、朝鮮は講和交渉にも参加していません。
 
豊臣秀吉の朝鮮出兵とは、秀吉軍と朝鮮民衆が、明軍と朝鮮支配階級軍と戦ったのが史実です。
 
「人心怨叛し、倭と同心」(人心は怨み叛き、倭に同調するのみ)
「賊兵の数、半ばは我国人というが、然るか」(明の朝鮮支援軍が駆けつけると、辺りに散らばる首の殆どが朝鮮の民であった)
『宣祖実録』
 
快進撃の背景には日本軍を解放軍として迎えた朝鮮民衆の支援もあったのだ。
「秀吉が勝てなかった朝鮮武将」貫井正之
 
景福宮などの焼失は、大部分の韓国の観光案内板によれば、「壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の兵によるもの」と書かれているが、それは嘘だ。
李恒福の『白沙集』によれば、秀吉軍の入城前にはすでに灰燼となっていた。
それは、民衆が兵乱と聞けばすぐに蜂起して、宮廷を襲い略奪したからだ。
ことに奴婢は、秀吉軍を解放軍として迎え、奴婢の身分台帳を保管していた掌隷院に火を放った。
それが歴史の史実だ。
『龍を気取る中国 虎の威を借る韓国』黄文雄

『宣祖実録』によれば、「人心怨叛し、倭と同心」するような社会状況の中で、明軍が朝鮮軍支援にかけつけてみると、「斬る所の首級半ば皆朝鮮の民」といったふうだったという。
また、江戸時代末期に日本で書かれた『征韓偉略』によれば、秀吉の軍隊が京城に入城した時、兵士の半ばは朝鮮の民であったという。

また、韓国の教科書には「文化財の被害も大きかった。景福宮が焼け、実録を保管した書庫が消失した」と書かれているが、火をつけたのは朝鮮の民であり、秀吉の軍隊が京城に入る前に、既にそれらの建物は焼け落ちていたのである。

宣祖の京城脱出と同時に、日頃から怨念を抱いていた民衆が略奪・放火をほしいままにしたのであり、「虐げられた朝鮮の民衆にとって、外敵の侵入はまさに解放軍の到来と映った」との指摘すらある。

「日韓・歴史克服への道」下條正男


 
>被告側は日本の竹島(韓国名・独島)の領有権主張も非難した
 
被告の弁護士は、「愛国心と使命感に基づく正当な行為だ」と主張しました。
 
李明博大統領の竹島上陸後も、日本が竹島の領有権を主張していると非難し、「こうした状況のなかでは、今回の行為を有罪にすべきでない」と、韓国の民族意識に訴える形で無罪を求めました。
 
>公判は即日結審し検察は懲役1年を求刑。判決は9月5日に言い渡される
 
一国の大使館への襲撃事件でも、わずか懲役1年の求刑しかしないのが韓国です。
 
そして判決は、またも事実上の反日愛国無罪になるのでしょう。
 
2010年7月7日、重家駐韓日本大使がソウル市内で講演中に、「私たちの広場、独島守護」という反日団体の代表に、コンクリート塊2個を投げ付けられました。
 
この講演会場にいた、堀江麻友巳外務省書記官が全治1週間の怪我を負った、日本大使襲撃事件が起きました。
 

 
重家駐韓大使、ソウル市内で襲撃される Barbaric Korean attack Japanese ambassador(動画)
 
 
国際的な要人への安全保障という重要問題でしたが、韓国は柳明桓外交通商相(外相)が重家大使に「電話」で遺憾の意を伝えただけでした。
 
反日団体の韓国人は裁判で、竹島表記を削除してくれという文書を渡すためだと言いましたが、韓国の警備側は阻止もしていません。
 
また、韓国人は日本大使を狙ってコンクリート塊を投石して、最後に「あいつ(日本大使)を殺せ」と叫んでいました。
 
ソウル中央地検刑事部は、金基宗被告に懲役4年を求刑しましたが、判決は、事実上の反日愛国無罪といえるものでした。
 
日本で、各国の駐日大使への投石により負傷者も出た事件が起きたら、間違いなく懲役刑という実刑判決になります。
 
しかし、ソウル中央地裁は「竹島は韓国領土」なので、被告の事件の経緯や動機などは情状酌量すべきとして、懲役2年・執行猶予3年という判決を下しました。
 
韓国人の被告が「豊臣秀吉の朝鮮侵略などに抵抗した義兵の精神を受け継ぐ行為だ」と無罪を主張しましたが、またも、事実上の反日愛国無罪判決になる韓国とは国交断絶すべきです。
 
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プロフィール

近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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