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良識ある日本国民の皆様には、海自のヘリが韓国の防空識別圏に無断侵入したという韓国メディアの報道が嘘だったことはご存知だと考えます。
 
「海自ヘリ竹島接近」 韓国報道のウソに日本側困惑「韓国の抗議、言いがかり」
 
【ソウル=加藤達也】韓国メディアがさきごろ、海上自衛隊護衛艦の艦載ヘリコプターが先月、韓国の防空識別圏に「無断侵入」し竹島(韓国名・独島)上空に接近していたと報じた問題で、日本側に困惑が広がっている。韓国メディアは「無断侵入」と断じているが、実際には日本側は事前に通告、韓国軍側も了解していたからだ。

 KBSが4日夜のニュースで“特ダネ”として報道した内容によると、先月21日に竹島から54キロの水域に接近した護衛艦を発艦した海自のヘリが竹島上空の韓国側防空識別圏に「無断侵入」。韓国側は戦闘機を出動させたがヘリは竹島付近の上空に5分ほど留まった後、警告を受け圏外に出た、と報じている。

 KBSは「他国の防空識別圏に入る場合、事前の許可を受ける必要がある」とし、日本側の「手続き無視」を問題視した。韓国メディアは一斉にこうした同様の内容を報じている。

 日韓双方の複数の安全保障筋によると護衛艦はウラジオストク沖での日露合同捜索・救難訓練に向かう途中の公海上でヘリ発着訓練をもともと予定していた。数日前に空自の管制官が韓国空軍管制官へ通知し、「問題なし」との回答も得ていた。

そもそも防空識別圏は領空とは異なり、たとえ事前通告なく入ったとしても国際法上問題はない。防空識別圏は各国が領空の外側に任意に定め、航空機が圏内に入った場合も、悪意の侵入でないことが確認できれば航行を継続させる。

 ところが日本政府筋によると、韓国側は翌22日になって防空識別圏ではなく「作戦区域に入った」と突然、抗議してきたという。しかし軍の作戦区域は公図にあるものでなく、「他国の船舶などが知るよしもない」(在韓米軍筋)。

 日本側は韓国側から抗議を受けた直後、外務、防衛の両省で問題点を検討したが、「言いがかり」と判断し、無視。今回の韓国報道についても「反日なら何でもありの愛国報道の一種」と受け止め、「抗議に値する水準ですらない」(政府筋)と一蹴した。
産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121007/kor12100712030002-n1.htm
 
>韓国メディアがさきごろ、海上自衛隊護衛艦の艦載ヘリコプターが先月、韓国の防空識別圏に「無断侵入」し竹島(韓国名・独島)上空に接近していたと報じた問題で、日本側に困惑が広がっている。韓国メディアは「無断侵入」と断じているが、実際には日本側は事前に通告、韓国軍側も了解していたからだ
 
息をするように嘘をつくのが韓国人です。
 
韓国メディアの報道も嘘ばかりです。
 
しかし、上記の産経新聞の報道と、日本政府や防衛省にも問題はあります。
 
竹島は日本固有の領土です。
 
竹島とその周辺12カイリの上空は日本の領空で、領空の外の空域は公海と同じ公空(公海の上空)です。
 
韓国が主張している防空識別圏もウソであり、捏造した防空識別圏なのです。
 
韓国の防空識別圏を認めた上で、韓国側に事前に通告して了解を得ていたという問題ではありません。
 
日本側がこのような議論をしているから、韓国に竹島を不法占拠されているのです。
 
>ところが日本政府筋によると、韓国側は翌22日になって防空識別圏ではなく「作戦区域に入った」と突然、抗議してきたという。しかし軍の作戦区域は公図にあるものでなく、「他国の船舶などが知るよしもない」(在韓米軍筋)。
 
日本政府は、竹島領有権や従軍慰安婦問題などでウソをついている韓国政府を信用するのが間違いです。
 
韓国に対して経済制裁もしないから、韓国は日本へ抗議をしてくるのです。
 
>日本側は韓国側から抗議を受けた直後、外務、防衛の両省で問題点を検討したが、「言いがかり」と判断し、無視。今回の韓国報道についても「反日なら何でもありの愛国報道の一種」と受け止め、「抗議に値する水準ですらない」(政府筋)と一蹴した
 
日本政府は無視ではなく、韓国メディアと韓国政府に対して抗議をするべきです。
 
ウソも百回言えば真実になると考えているのが韓国人です。
 
これまで日本政府が韓国側のウソに対して抗議をしないから、韓国政府や韓国メディアがウソをつき続けているのです。
 
日本政府が韓国側のウソに抗議を表明することで、国際社会に対しても日本の主張が正しいということを理解させられるのです。
 
 
そして韓国は、10月4日にも歴史を捏造したウソを公表しています。
 
日本は、長崎県の「端島」(軍艦島)を世界遺産に登録することを推進しています。
 
これに対して韓国メディアは、「軍艦島に強制連行で強制労働させられた朝鮮人は約500人だった」などと報道をしてきました。
 
〈強制連行の島 長崎・軍艦島ルポ-中-〉 海で力尽き溺死した逃亡者

長崎港ターミナルから少し東寄りの岸壁から49人乗りのチャーター船に乗り端島に向かう。途中、船内放送で軍艦島の説明があるが、雑音混じりでよく聞き取れない。およそ40分で島に到着した。桟橋を渡り、かつて強制連行された朝鮮人が「地獄門」と呼んだ門を通って島内に入る。

端島が三菱鉱業に買収されたのは1890年である。その後、閉山まで80余年間の炭鉱の島としての歴史を歩んだが、強制連行された朝鮮人がこの島へ送られてくるのは39年~45年にかけてだった。当時、強制連行で強制労働させられた朝鮮人は約500人だった。全体の炭鉱労務者が約1800人といわれるので、朝鮮人坑夫は約3分の1弱の割合である。
2009年7月3日 朝鮮新報より抜粋
 
10月4日に韓国大統領所属の「対日抗争期の強制動員の被害調査および国外強制動員犠牲者などに対する支援委員会」は、戦時中に端島炭鉱へ朝鮮人が強制連行されたとする政府報告書を公開しました。
 
朝鮮人鉱夫122人が死んだ…日帝の“監獄島”端島炭鉱が初公開

日本の長崎港から18キロメートル離れた端島。 南北480メートル、東西160メートルのこの小さい島は日帝強制占領期間の時、強制動員された朝鮮人鉱夫122人がつらい労働と劣悪な環境に耐えることができず亡くなった暗い歴史を抱いている。

韓国国務総理所属の対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者など支援委員会(支援委)は「監獄島」で呼ばれた端島炭鉱の朝鮮人強制動員実状を整理した政府報告書を4日、公開した。

報告書によると端島炭鉱は深く海底1000メートルまで掘り起こそうとしていた。採炭作業中、海水が坑内に雨のようにあふれた。炭鉱の中では凝縮したメタンガスが岩壁を突き抜けて瞬間的に噴出する「ガス突出」現象が頻繁に起こった。坑天井が崩れたり、岩石が落ちる事故も多かった。

坑内の温度は45度を越えたという。一部の生存者は「あまりにも大変で島を出ていこうと身体切断まで考えた」と証言した。

支援委は1944~45年端島に約800人の朝鮮人が強制動員されたと推算した。一方、日本政府と自治団体は2015年を目標に世界文化遺産登載を推進しながら強制動員事実を一切言及しないでいる。
2012年10月05日 中央日報
http://japanese.joins.com/article/729/160729.html?servcode=A00&sectcode=A10
 
軍艦島を「監獄島」と呼んでいるのは朝鮮人だけです。
 
軍艦島こと 長崎市 端島が出炭量で最盛期を迎えた昭和16年の絵葉書集。往時の町並みや人々の様子が記されている。
 
長崎市の南西約16キロの海上にある端島は旧三菱端島炭鉱として1870年に開坑し100年余り続いた。昭和49115日に閉山し島は無人となったが、操業時よりその姿が日本海軍の戦艦「土佐」に似ていることから、軍艦島の通称で呼ばれてきた。良質な強粘炭が取れ高島炭鉱とともに、日本の近代化を支えてきた炭鉱の一つであった。面積約6.3ha、海岸線全長約1,200m、東西の長さ約160m、南北の長さ約480m。島内には炭鉱施設のほか、住宅・学校・店舗・病院・寺院・映画館・理髪店などが整い、人工最盛期の1960年には約5300人が暮らし、人口密度は当時日本一であったという。1916年(大正5年)に建設された日本最初期の鉄筋コンクリート造の7階建て高層アパートを皮切りに、島内には幾重に重なる高層アパート群が建ち並び、屋上庭園では菜園などもあり、今日の温暖化防止につながる技術も備えていた。
 

端島プール(水泳を楽しむ子供たち)
 

端島金比羅神社(高台に建つ神社)
 

昭和館(劇場・映画館)
 

端島コンクリート九階建ノ偉観
 

大グラウンド(運動会の様子)
 

端島高等小学校(木造の立派な校舎)
 

端島小学校と稼働者住宅
 
 
2009年の韓国メディアの報道より強制動員された朝鮮人が300人も増えていますが、韓国は強制連行された朝鮮人の名簿を出すべきです。
 
1944~45年に端島に約800人の朝鮮人がいても、強制連行ではありません。
 
自由意志で働いていた朝鮮人と、当時は日本国民の義務として徴用された朝鮮人です。
 
炭鉱などの開拓史は、「過酷な労働の歴史」とも言われます。
 
しかし、「一旗上げよう」と考えた、朝鮮人や日本人の就労希望者は多かったのです。
 
1944年頃の九州の炭坑では、朝鮮人の月収は150~180円と高給でした。
 
当時の巡査の月給(45円)の3~4倍で、大卒事務系初任給(75円)の2倍以上でした。
 
1938年の「国家総動員法」に基づき、朝鮮では1939年に「朝鮮人労働者募集要項」(民募集方式)がありました。
 
これは、炭鉱や鉱山など日本内地の事業主が、厚生省と朝鮮総督府の許可を受けて労務者を募集して、応じた人たちが内地に渡航するという、朝鮮人の自由意志でした。
 
1942年に「朝鮮人内地移住斡旋要綱」(官斡旋方式)がありましたが、これも同様に、朝鮮人の自由意志でした。
 
1939年に「国民徴用令」(徴用方式)は、日本内地で実施されて、日本国民は徴用に応じる義務がありましたが、朝鮮人は免除されていました。
 
日本内地にいる朝鮮人に、国民徴用令の適用を実施したのは、1944年9月から大東亜戦争終結の1945年8月までです。
 
また、朝鮮への国民徴用令の適用はさしひかえて、1944年9月に朝鮮で徴用が行なわれましたが、翌年3月までのわずか7ヶ月だけでした。
 
当時の朝鮮人は日本国民ですから、日本国民と、日本国民だった台湾人と同じで、徴用に応じる義務がありました。
 
韓国が理解していないのは、大東亜戦争とは米・英などによる植民地支配への自衛戦争であり、徴用された朝鮮人も自分の身を守るために働いたということです。
 
竹島領有権や歴史問題などで嘘も百回言えば真実になると考えている韓国に対して、日本政府は無視ではなく抗議をするべきです。
 
良識ある日本国民の皆様、韓国についてご考慮下さい。
 
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近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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