HOME   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイトYahoo!ブログ過去記事  »  韓国が製作中の時代劇映画『鳴粱―渦巻く海』に慶長の役当時に実在人物の日本人総帥「俊沙」役「俊沙は倭軍として鳴粱海戦に参戦したが、朝鮮軍に投降後、李舜臣から絶対的な信任を得る人物」は「沙也可」と同じ捏造
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良識ある日本国民の皆様には、韓国が製作中の時代劇映画に実在人物の日本人総帥「俊沙」という役があることはご存知だと考えます。
 
俳優の大谷亮平、韓国映画にキャスティング…日本人総帥役
 
日本出身の俳優、大谷亮平が李舜臣(イ・スンシン)将軍の活躍を描いた映画に出演する。


大谷亮平の所属事務所のイヤギエンターテインメントは24日、「大谷亮平が映画『鳴粱―渦巻く海』を通じてスクリーンに戻ってくる」と伝えた。

同作は朝鮮朝(李氏朝鮮)の丁酉倭乱(慶長の役)当時、李舜臣将軍と朝鮮水軍が鳴梁海峡で13隻の船で133隻の倭軍船を撃沈した鳴粱海戦をスクリーンでよみがえらせた作品。

映画『神弓―KAMIYUMI―』のキム・ハンミン監督がメガホンを取り、チェ・ミンシク、リュ・スンリョン、チョ・ジンウンら韓国映画界最高の俳優らが出演して期待を集めている。

大谷亮平は同作で、実在人物の日本人総帥「俊沙」役を演じる。俊沙は倭軍として鳴粱海戦に参戦したが、朝鮮軍に投降後、李舜臣から絶対的な信任を得る人物。

『鳴粱―渦巻く海』は1月中旬にクランクインし、2014年の公開を目標にしている。
2013年1月25日中央日報
http://japanese.joins.com/article/389/167389.html
 
>大谷亮平の所属事務所のイヤギエンターテインメントは24日、「大谷亮平が映画『鳴粱―渦巻く海』を通じてスクリーンに戻ってくる」と伝えた
 
この俳優は韓国で活動していますが、国籍も怪しそうなので日本に戻ってくる必要はありません。
 
>同作は朝鮮朝(李氏朝鮮)の丁酉倭乱(慶長の役)当時、李舜臣将軍と朝鮮水軍が鳴梁海峡で13隻の船で133隻の倭軍船を撃沈した鳴粱海戦をスクリーンでよみがえらせた作品
 
ファンタジー作品か^^
 
韓国では「慶長の役」で、「李舜臣将軍率いる朝鮮水軍が鳴梁海戦で日本水軍を撃破し、全羅道西岸への進出を阻止した」などと主張をしています。
 
韓国人は、「李舜臣将軍は鳴梁海戦で、わずか13隻の船で133隻の日本軍艦隊を撃破し、世界の海戦史に残る大勝利を収めた」と信じています。
 
 

 
 
しかし実際には、朝鮮水軍は日本水軍の先鋒を地の利を生かして攻撃した後は、日本水軍との戦力差からそれ以上の攻撃を行わずに撤退しています。
 
これにより、戦場の制海権は日本に移ったために、朝鮮水軍の基地である全羅道右水営や対岸の珍島を攻略し、日本水軍の侵攻は成功しました。
 
韓国人は、この歴史的事実を知りません。
 
 
韓国ではこの海戦は歴史教科書にも載っており、国民に広く知られているが、内容としては「西進しようとした日本軍に大打撃を与えてそれを阻止した」ということのみが強調されており、戦闘の後に李舜臣が北方に退却し、日本水軍が西岸に進出して戦略目的を達成したという事実は、一般的にはほとんど認識されていない。
 
 

 
 
>実在人物の日本人総帥「俊沙」役を演じる。俊沙は倭軍として鳴粱海戦に参戦したが、朝鮮軍に投降後、李舜臣から絶対的な信任を得る人物
 
誰?
 
私はネットで「俊沙」を検索しましたが、「俊沙」という存在自体がありませんでした。
 
ネットの掲示板でも「だれ?」という声が多く、「沙也可の事だろ」などの声もあります。
 
6 <丶`∀´>´ω・`)(`ハ´  )さん:2013/01/28()
>>1
>
実在人物の日本人総帥「俊沙」役を演じる。

だれ?
 
56 <丶`∀´>´ω・`)(`ハ´  )さん:2013/01/28()
日本人総帥「俊沙」は沙也可の事だろ。サイカ(雑賀)の説が有力。
昔NHKの歴史番組でやってたが、今でも沙也可の子孫の村が韓国に有る。
 
102 <丶`∀´>´ω・`)(`ハ´  )さん:2013/01/28()
俊沙とは誰なのか?明・朝鮮に寝返った大名クラスの武将っているのか?
 
116 <丶`∀´>´ω・`)(`ハ´  )さん:2013/01/28()
俊沙・・・誰?

ググっても、ピーマンが嫌いな女子高生くらいしか出てこないんだけど(´ω・`)
 
142 <丶`∀´>´ω・`)(`ハ´  )さん:2013/01/28()
>>6
俊沙は、李舜臣のチラシの裏(乱中日記)に出てくるだけで、
どういう人物か全く書いてないから、日本人でない可能性もあるんだよねぇ

日本軍には、現地で雇った案内人とか朝鮮兵がいたし。
 
そもそも、鳴粱海戦で「日本人総帥が朝鮮軍に投降した」という歴史的資料がありません。
 
「俊沙」という日本人総帥が朝鮮軍に投降後、李舜臣から絶対的な信任を得る人物なら、何かしらの資料が残っているはずです。
 
それに、「俊沙」という名前は日本名の音に当て字したものでもないようですし、このストーリーは「沙也可」と似ています。
 
やはり、韓国は「日本の武将である沙也可」のように「日本人総帥である俊沙」と歴史を捏造したのでしょう。
 
韓国で「沙也可」とは、「金忠善(キム・チュンソン)」将軍と呼んでいる、反日の英雄のことです。
 
「沙也可」とは、「文禄の役」で二番隊を率いた加藤清正の先鋒武将として、朝鮮に渡った直後に出兵への疑問をもち、3千人の兵を連れて朝鮮に投降したとされています。
 
「沙也可」は投降した朝鮮に鉄砲の技術などを伝えて、朝鮮軍に加わって日本軍を撃退した後に、朝鮮に帰化した「李王朝の将軍」とされています。
 
このことは、韓国の歴史教科書も記述しています。
 
 

 
しかし、豊臣秀吉の朝鮮出兵時の軍資料に「沙也可」に該当する武将の存在は特定出来ていません。
 
そもそも、「沙也可」という人物の真相を記した資料などもありません。
 
加藤清正の総勢1万人の軍勢うち、3千もの兵を率いた武将であれば、有力家臣の引率数になるのです。
 
しかし、日本側の資料には、そのような武将の投降例が一例も記されていません。
 
1970年代に司馬遼太郎が、紀行文「街道をゆく」の中で、「沙也可」は「左衛門」という日本名の音に当て字したものではないかと推測しました。
 
しかし、沙也可が書き残したとされる「慕夏堂文集」では、沙也可の本姓を沙氏と称して、名を也可としているので違います。
 
「慕夏堂文集」は、朝鮮的価値観(明に対する態度など)と儒教的素養が顕著で、日本で生まれ育った武将が書いたとは思えないために、金忠善の子孫が先祖顕彰の為に書いたとしか考えられません。
 
「慕夏堂文集」の発見者である沙也可の六世の孫と称する金漢祚が、沙也可の事跡や遺稿をまとめて刊行した際、青柳南冥、河合弘民、内藤湖南等が偽書であることを証明しています。
 
朝鮮総督府の調査でも「慕夏堂文集」は、日本人が書いたものではないと調査結果が出されて、沙也可は日本人ではないとしています。
 
正体不明の「沙也可」については、朝鮮の「李朝実録」宣祖30年(1597年)の4行目に、「僉知(官名)沙也可」とあるだけです。
 
 

僉知(官名)沙也可
 
従って、「沙也可」が日本の武将、日本人だと証明する資料は一つもありません。
 
仮に「沙也可」が日本人だとしても、「武将」ではなく一般兵の「逃亡兵」です。
 
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韓国の時代劇映画「鳴粱―渦巻く海」で、実在人物の日本人総帥「俊沙」というのも、仮に日本人だとしても「総帥」ではなく「逃亡兵」です。
 
そもそも、韓国の時代劇ドラマや映画とは、捏造した史実ばかりです。
 
NHKは、2004年10月からBS2で、2005年からNHK総合で、韓国時代劇ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」を放送しました。
 
 

 
 
「宮廷女官チャングムの誓い」は、NHKが放送した初の韓国時代劇で、NHKが放送した韓国ドラマ史上、最も長い期間放送したドラマです。
 
「宮廷女官チャングムの誓い」は、李氏朝鮮王の主治医になった医女が「大長今」の称号を与えられるまでを描いたドラマです。
 
韓流ドラマファンには、「宮廷女官チャングムの誓い」を史実だと信じている人も多いようです。
 
しかし、当時の朝鮮は「明」の属藩で「王」であり、NHKの「皇后様」など「皇」は使えず、韓国が李氏朝鮮の歴史を捏造しているのです。
 
筑波大学大学院教授の古田博司氏は、韓国の自尊史観があると指摘しています。
 
古田氏は、「朝鮮の李朝では、女子が宮中に出仕すると王様と疑似婚姻関係に入るので一生外に出られない。チャングム女史のように出たり入ったりはできない」と指摘しています。
 
また、「ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、本当は顔料がないので民間に色はない」と指摘しています。
 
 

 
 
「チャングム」のまやかし

近頃、会合で話をすると10人に1人位は韓国時代劇チャングムのファンがいて、物語をそのまま史実だと思いこんでいることが多いので、正しておきたい。まず朝鮮の李朝では、女子が宮中に出仕すると王様と疑似婚姻関係に入るので一生外に出られない。チャングム女史のように出たり入ったりはできない。

ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので民間に色はない。中国の清朝でも日本の江戸時代でも陶磁器に赤絵があるが、朝鮮には白磁しかないのはそのためで、民衆の衣服が白なのも顔料が自給できないからである。
民芸研究家による「朝鮮の白は悲哀の色」というのも、今では真っ赤なウソである。上流階級だけは中国で交易する御用商人から色のある布を買っていた。

李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年もの統治を可能にしたのであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。19世紀初めの朝鮮の儒者が、「(我が国の拙(つたな)きところ)針なし、羊なし、車なし」(鄭東●『晝永編』)といっている。

針は粗雑なものがあったが、ちゃんと縫うには中国から針を買わねばならなかった。当時の中国針は優秀で、日本も輸入している。羊はモンゴルに征服された高麗にはいたが、いつの間にか滅びた。車は西洋文化が流入するまではない。木を曲げる技術がなかったからである。
だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方に運ぶことすらできなかった。かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。

●=志の士を兪に
 
韓国は製作中の時代劇映画で、李舜臣が鳴梁海戦で、わずか13隻の船で133隻の日本軍艦隊を撃破し、世界の海戦史に残る大勝利を収めたとするでしょう。
 
韓国が製作中の時代劇映画に、慶長の役当時に実在人物の日本人総帥「俊沙」役がありますが、日本人総帥と証明する歴史的資料などはありません。

良識ある日本国民の皆様、韓国についてご考慮下さい。
 
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近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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