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山野車輪「今の嫌韓は初期の嫌韓と層が違う」

現在35歳の読者が学生だった頃、つまりほんの十数年前まで「韓国が大嫌いだ!」という日本人はそう多くなかった。ところが今や「嫌韓派」は堂々たるマジョリティ。夕刊紙は嫌韓記事を日々連発、韓国批判がテーマの新書はたちまち増刷。一体なぜか? それを検証すべく、’00年代以降に起きた韓国関連の主な事件をピックアップ。300人アンケートから「当時、韓国への反感が増した」と回答した人の割合を年表(http://nikkan-spa.jp/539569)にまとめたところ、’11年頃を境にムカツキ度は絶賛加速中。その背景を「嫌韓」の最前線にいた人々の証言から読み解いていく。

◆初期の嫌韓とは異なり、愛国精神が嫌韓の土壌に

 直接的な引き金が、李明博前大統領の「竹島上陸」と「天皇は謝罪を」発言にあったことは、SPA!が作成した嫌韓年表からも明らかだが、その前年の「お台場デモ」こそが2度目の記念碑的事件ではなかったかと、『嫌韓流』を出版し、嫌韓ブームの草分けとなった漫画家の山野車輪氏は指摘する。

「デモに集結した人々の中には主婦も多かった。大半のメディアは冷淡でしたが、一部のTVバラエティでは取り上げられ、嫌韓派がネットからお茶の間に広がるきっかけになったのは間違いない」

 話題になっているのを知り、何が起こっているのかとググってみれば韓国の“反日事例”がザクザク出てくる。「『冬ソナ』は大好きだったし、韓国語を学ぼうと思ったことも。でも、ネットで韓国人の日本に対する感情や行動を見て心底嫌いに。国交断絶してほしい」(40歳・専業主婦)など、裏切られた反動で嫌韓派に転じた人も。

 今や韓国批判は、自粛どころか大いにメディアを賑わせている。一方で、「今の嫌韓と’05年頃の嫌韓はまったく層が違う」と山野氏。

「黎明期の嫌韓は、『マスコミが報じない本当の韓国を知ろうよ』という純粋な啓蒙活動。今の嫌韓は、韓国批判がタブーだった時代が終わり、タブーとされていたこと自体が半ば忘れられている中で、保守勢力や愛国精神と密接に繋がっている。『バスに乗り遅れるな』とばかりに韓国を批判するマスコミを見ていると隔世の感があります。一方で、もはや嫌韓に時代を切り開くようなかつての面白さはない。ネタとしては基本的に竹島と慰安婦の繰り返しですから……」

 それでも当分、日本が今の嫌韓ブームに飽きることはなさそうだ。
日刊SPA!  2013年12月23日
http://news.livedoor.com/article/detail/8372274/


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>現在35歳の読者が学生だった頃、つまりほんの十数年前まで「韓国が大嫌いだ!」という日本人はそう多くなかった。


反日勢力が原因だ!

大人として戦前を生きた世代には、当時は日本国民だった韓国人を「差別」はせずに、狡さなど韓国人の思考を子や孫に話し聞かせた人もいます。

しかし、自称人権派や文化人は、韓国人の実態を明かすと「差別」と非難し、言論の自由を封殺してきました。

私は現在51歳ですが、学生だった16歳より民族派団体で活動をしたので、35年前に「韓国に竹島が不法占拠された経緯」を学ぶことができました。

しかし、文科省の左翼官僚や教職員らは、私の学友に対して教育をせずに、マスコミも韓国人の実態を隠蔽していました。


>「お台場デモ」こそが2度目の記念碑的事件ではなかったかと、『嫌韓流』を出版し、嫌韓ブームの草分けとなった漫画家の山野車輪氏は指摘する。
>「デモに集結した人々の中には主婦も多かった。大半のメディアは冷淡でしたが、一部のTVバラエティでは取り上げられ、嫌韓派がネットからお茶の間に広がるきっかけになったのは間違いない」


そうだ!

2011年8月から、フジテレビの韓国ゴリ押し・偏向報道に対して、フジテレビの本社(お台場)や、全国各地でフジテレビ抗議デモが起きました。



▼2011-09-16 花王デモ女性や子供連れの主婦も参加して「花王がフジテレビのスポンサーをやめない限り、徹底的に花王の製品を買わないぞ!」などの声を上げた


フジテレビは抗議デモに対して反省もせずに、多額のギャラを払っている芸人などに「嫌なら見るな!」と言わせました。


ロンドンブーツ田村淳 
「嫌なら見なきゃいいじゃん。君らのテレビはチャンネル変えられないの?ネチネチうるさいって言われない? 力つけないと。お前に影響力ないから」

99 岡村隆史
「嫌なら見るなや。何でもツイッターで呟くな!は?ミステリー作家? 知らんわ、お前がミステリーやわ」

ビートたけし
「韓流ばかり放送するたってそれである程度視聴率取るんだからしょうがないよな。いやなら見なきゃいいんじゃねーか」

ダウンタウン 松本
「お前らチャンネル変える能力もないんやな。どんだけ無能やねん(笑)」

やしきたかじん
『(韓流番組が)イヤやったら観んとったらえぇんちゃうの』


そしてフジテレビは、フジテレビ抗議デモを嘲笑っていることを露骨に示す挑発を連発しました。

フジテレビは、2011年9月8日放送のドラマ「それでも、生きていく」の中で、ドラマ用に作製した雑誌の表紙に日本を罵倒する言葉を掲載して放送しました。


フジテレビは、この雑誌「MONDAY」の表紙に、フジテレビ抗議デモのあった8月21日を発売日とし、韓国人が日本・日本人を罵倒するスラング「JAP18」(日本ファック!)と表記しました。

フジテレビは、10月から放送するドラマ「僕とスターの99日」で、竹島を不法占拠している韓国で「独島守護天使」と呼ばれている、反日活動家・反日女優のキム・テヒを主演に起用しました。


キム・テヒ主演の「僕とスターの99日」の全話の視聴率は9・34%で、2011年民放の「秋のドラマ視聴率ランキング」(深夜ドラマは除外)で最下位でした。


2011年秋ドラマ視聴率ランキング

*1位 24.79% 家政婦のミタ
*2位 17.33% 南極大陸
*3位 15.92% 謎解きはディナーのあとで
*4位 15.79% 私が恋愛できない理由
*5位 15.55% 妖怪人間ベム
*6位 14.69% DOCTORS~最強の名医~
*7位 11.02% HUNTER~その女たち、賞金稼ぎ~
*8位 10.04% 専業主婦探偵~私はシャドウ~
*9位 *9.99% ランナウェイ~愛する君のために~
10位 *9.86% 蜜の味~A Taste Of Honey~
11位 *9.34% 僕とスターの99日

\キム・テヒ/
   (⌒)    ピッ
 / ̄ ̄|        ∧_∧
 | ||.  |     ━⊂(・∀・ ) キムチ悪い!
 \__|    ========  \
  |   |   /※※※※ゞノ,_)

フジテレビは2004年から2010年までの7年間、年間視聴率3冠王に君臨していましたが、2011年は日本テレビにその座を奪われました。

2012年の年間視聴率は、日本テレビが全日、ゴールデンの2冠を獲得し、テレビ朝日はプライムで開局以来初の1冠と、ゴールデン・全日の2位を獲得しました。

フジテレビは、プライム・ゴールデン・全日帯で3位に転落しました。

今年に入ってからのフジテレビは、全日の週間視聴率でTBSにも抜かれ4位に転落したこともあり、これは実に30年ぶりのことでした。


【フジテレビ~振り向けばテレビ東京への軌跡~】

2011年7月 三冠王継続中
2011年8月 フジテレビ抗議デモ → フジ「嫌なら見るな!」
2012年1月 フジテレビ 日テレに抜かれ8年ぶりに三冠王の座から転落
2013年1月 フジテレビ テレ朝に抜かれ3位に転落
2013年2月 フジテレビ 週間視聴率でTBSに抜かれ30年ぶりに4位に転落
2013年8月 フジテレビ 8月月間視聴率でTBSに抜かれ4位転落 ←new!

( ´∀`)アハハ ついにテレ東と最下位争いかよ~


フジテレビの社員は、2011年のフジテレビ抗議デモについて、「あのとき、まともに対応していれば、ここまで嫌われることはなかったはず。」と後悔しています。

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『ほこ×たて』でやらせ演出が発覚したフジ社員たちの言い分

フジテレビの人気バラエティ番組『ほこ×たて』でやらせ演出が発覚した問題について、当のフジテレビ社員たちの間でも賛否の声が上がっている。

(中略)

「10年まで7年連続で視聴率三冠王だったのに……。今思えば、ケチのつき始めは11年の(韓流偏向)抗議デモだったのかな。あのとき、まともに対応していれば、ここまで嫌われることはなかったはず。当時は社内の誰もが、あれを視聴者の声だと思っていなかった」(前出・A氏)
以下略
週プレNEWS 2013年11月5日

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>「『冬ソナ』は大好きだったし、韓国語を学ぼうと思ったことも。でも、ネットで韓国人の日本に対する感情や行動を見て心底嫌いに。国交断絶してほしい」(40歳・専業主婦)など、裏切られた反動で嫌韓派に転じた人も。


素晴らしい^^


NHKが2003年4月~9月までBS2で、2004年4月~8月までNHK総合で放送した「冬のソナタ」から、日本は韓流ブームと騒がれて来ました。

電通支配のマスコミは、「冬のソナタ」に出演していた俳優のペ・ヨンジュンを『ヨン様』と韓国人に「様」をつけ、この愛称を創価学会のタレントや在日韓国人らが流行らせました。


【ペ・ヨンジュンの日本での捏造人気】
2004年12月2日、インフォーシークの「2004年度年間検索キーワードランキング」男性有名人部門の1位になる。2004年12月16日、『ヨン様』が「ワード・オブ・ザ・イヤー2004」(朝日新聞社)の流行語大賞となる。2004年秋に発売された初写真集「THE IMAGE VOL.1」は、6日間で初版の10万部を完売。2005年9月に日本で公開された映画『四月の雪』は、約300万人動員の韓国映画史上最大のヒット(2005年9月現在)。


<ヽ`∀´> ヨンサマ~


つまり、ネットの普及率が高まり、日韓関係や韓国人の実態が明らかになってきたので、嫌韓派が増加するのは当然のことです。

そしてネットユーザーは、韓国人は恩を仇で返す民族だという事実を、多くの人に教えるべきです。



朝鮮・韓国人による日本人虐殺事件-『和夫一家殺害事件』

日韓併合時代、慶尚道地域の日本人地主であった『和夫一家』は、日本政府の朝鮮移住政策によって、朝鮮生活を始める事になった。

普段から人情に厚かった和夫さんは、小作料を収穫全体の10分の1しかとらず、村人達を家族のように考え、朝鮮総督府の法令で規定された小作料の中から最低限しかとらなかった。

貧しい朝鮮の小作人が食べ物が無いと哀訴すると、喜んで食べ物を分け与えてあげ、村で誰かが亡くなると、家族全員が駆けつけて食事の用意はもちろん、自ら慟哭までして悲しみを分け合った。

和夫さんはとても人間への暖かい愛情を持った人であった。また、和夫さんの家族は、周囲に孤児がいると連れて帰って面倒を見ていたが、一人、二人と増えていき、1945年にはいつの間にか施設孤児院の規模にまで増えてしまっていた。

しかも、和夫夫婦はこの孤児達を家族のように愛し、自ら喜んでその子達の父母と名乗った。和夫一家は日頃から朝鮮人を愛し、日本の軍国主義を批判していた。だが、天皇の降伏宣言後、自ら育てた朝鮮人孤児達によって、むごたらしく虐殺された。

和夫の孤児キム・ソンス君の報告

和夫さんが実の子のように育て、東京帝国大学まで留学させていた朝鮮人Aを中心に、和夫さんの家で教育を受け、成人するまで育ててもらった朝鮮人青年達が、カマとツルハシ、シャベルをもって、和夫さんのもとに押しかけた。当時、現場にいたキム・ソンス君は、この時の状況をこう語っている。

和夫:(優しい目で)何故こんなことを、お前たち。

朝鮮人A:チョッパリ!日本へ失せろ!失せろってんだ!!

和夫:(わざと怒り声で)「私が何かお前たちに間違った事をしたかい?お前たちは、みな私の子供達だし、私はこの家の家長でありお前たちの父親だ。お前たちの祖国が独立する事は、私も日頃から強く望んできた事だ。踊りたくなるような嬉しい日に、なんだって凶器を持って私のところに摘めかけてきたんだい?私はお前たちをこんな風に教育した覚えはない。(涙を流して)本当に悲しいよ、朝鮮の子供達。私は愛情を注いで育ててきたが、結局、日本人と朝鮮人は交じり合う事は出来無いということなのかい?お前たちが望むんなら、帰ってやろう」

朝鮮人A:意味深長な目配せをBに送る。(財産を全部処分して帰ったら、俺達はどうやって食ってくんだ?)

朝鮮人B:死ね!チョッパリ!!(日本人への蔑称)この糞野郎!!!

次々にツルハシが和夫さんの後頭部に振り下ろされ、それと同時にたくさんのシャベルとカマが体をズタズタに引き裂き始めた。

和夫さんの妻は耐えられずに飛び出してきた。それまでじっとしていた朝鮮人Cは、和夫さんの妻を見ると、彼女の髪をつかんで庭の片隅まで引きずっていった。

そして、なんとその和夫の孤児達13人は、一週間前まで「お母さん」と呼んでいた彼女を強姦し始めた。彼女はひどい集団強姦の途中で虐殺された。朝鮮人Dは、普段、お母さんと呼んでいた彼女の全身をめった刺しにし、それでも足りずに内臓をかき出して撒き散らした。

和夫さんには「ひみこ」という娘が一人いた、普段から模範的で良い子だった「ひみこ」は、学校が終わって家に戻り、両親に起きた“惨状を”見ると、気が触れてしまった。

当時、「ひみこ」の慟哭が何日も続き、近所の住民は眠れなかったという。その後、孤児となった「ひみこ」は、食べ物乞いに村を回ったが、誰一人見向きもせず、知らないふりをした。
結局、「ひみこ」は9日後、村の橋の下でやせ衰えた死体となって発見された。「ひみこ」は小学六年生だった。

和夫の財産は、和夫が精魂込めて大切に育てた朝鮮人孤児達(この恩知らずの鬼畜ども)の手に丸ごと渡り、この事件は、村人達の沈黙の中で徐々に忘れ去られていった。

日本の敗戦後、南朝鮮地域では9月初めに米第24軍団が進駐するまでの約1ヶ月、無政府状態の時期があった。その時、朝鮮に住むに日本人は米軍政府の命令に従って、日本に強制引き上げさせられた。その中には虐殺された日本人も多くいた。



電通に支配されている主要メディアが「報道しない自由」を行使している、韓国や韓国人の実態を拡散するべきです。


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プロフィール

近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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