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仏人が日本併合前の朝鮮の家を「みすぼらしい茅屋」と表現

韓国では、「日本の統治がなければ韓国は今以上に発展していた」との考えが定説となっている。だが、実際には韓国統監府と朝鮮総督府時代の40年間に近代国家に必要なあらゆる社会インフラが整備された。
 
 SAPIO本誌が特集を組む「韓国は先進国になれない」、その理由のひとつが歴史の忘却である。日本が統治する以前の状況をジャーナリストの水間政憲氏が明らかにする。ここでは道路、住居事情について紹介する。

 * * *
 首都・漢城(現在のソウル)には道路すらろくになかった。というのも、漢城の土地はすべて国有地であり、平民が許可を得て土地を借り、建物を建設するには長い年月を必要とした。そのため、路上の不法占拠が当たり前となり、無許可の建物が林立して道幅はどんどん狭くなったのだ。

 日本が近代国家に生まれ変わる以前の江戸と比較しても、いかに都市計画が存在しなかったかがわかる。

 家は竪穴式住居に近いものがあった。フランス人宣教師、シャルル・ダレが1874年にまとめた『朝鮮教会史』の「序論」(日本では東洋文庫『朝鮮事情』として翻訳出版)にはこう書かれている。

〈あなたは、みすぼらしい茅屋というものを見たことがあるでしょう。ではあなたの知っている最も貧しい茅屋を、その美しさと強固さの程度をさらに落として想像してみて下さい。するとそれが、みすぼらしい朝鮮の住まいについての、ほとんど正確な姿となるでしょう〉

 儒教思想が強いため、王宮よりも高い建物を建てることは許されず、2階建ては存在しなかった。
SAPIO2013年10月号
2013.10.08 NEWSポストセブン
http://www.news-postseven.com/archives/20131008_211493.html




>韓国では、「日本の統治がなければ韓国は今以上に発展していた」との考えが定説となっている。

韓国政府は国民に対して、歴史を捏造して「李氏朝鮮」を美化し、「日韓併合」の真実を教育しないから、韓国人はこのような妄想を信じています。

韓国政府は、江戸時代の李氏朝鮮の外交使節団「朝鮮通信使」についても、「朝鮮の先進文化を日本に伝播する役割も果たした。」と教育しています。



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対馬の日韓交流イベント「仏像」問題


江戸時代の日本は、明らかに朝鮮よりも進んだ国家でした。


江戸時代の朝鮮(左)と日本

古来より現在に至るまで、朝鮮半島が日本列島よりも先進地域だったことは一度もありません。

平安時代も、鎌倉時代も、室町時代も、江戸時代も、朝鮮の技術水準や文化水準が日本より高かったことはありません。

朝鮮半島の李氏朝鮮は、徳川幕府を上回る500年の歴史がありながら、文化文明が停滞したままで、日本の平安時代よりも遅れていました。


日本の平安時代(794年-1185年/1192年頃)の貴族の乗り物だった牛車(復元品)


李氏朝鮮の時代(1392年から1910年)の両班(貴族)の乗り物
木を曲げて実用に耐える車輪を作る技術がなく、両輪を使った車は19世紀に入り文化が流入するまでなかった。


日韓併合までの時代背景を見ると、韓国の宗主国の「清」は改革に失敗し、ロシアが南下してきて朝鮮半島を脅かしていました。

大韓帝国(朝鮮半島)は、ロシアの支配下になるのは目に見えていました。

亡国の危機に大韓帝国はロシアと戦えず、大韓帝国は日韓併合により朝鮮民族の存続を行ったのです。

韓国人は、日韓併合前と併合後の、大韓帝国の初代皇帝「高宗」と第2代皇帝「純宗」の写真をよく見るべきです。

日韓併合後、大日本帝国皇族として徳寿宮李太王、昌徳宮李王と称した当時の写真と比較すれば、大韓帝国皇帝がみすぼらしい身なりだったことは明白です。


大韓帝国初代皇帝「高宗」(李氏朝鮮第26代国王)

徳寿宮李太王(高宗)


第2代皇帝「純宗」(李氏朝鮮第27代国王)

昌徳宮李王(純宗)


韓国が李氏朝鮮の歴史を捏造していることについて、筑波大学大学院の古田博司教授は「韓国の自尊史観がある」と指摘しています。

韓国政府だけではなく、反日親韓のNHKも李氏朝鮮の歴史を捏造して視聴者を騙してきました。

NHKは、2004年10月からBS2で、2005年からNHK総合で、韓国時代劇ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」を放送しました。




※右下クリックで拡大できます。

「宮廷女官チャングムの誓い」は、NHKが放送した初の韓国時代劇で、NHKが放送した韓国ドラマ史上、最も長い期間放送したドラマです。

「宮廷女官チャングムの誓い」は、李氏朝鮮王の主治医になった医女が「大長今」の称号を与えられるまでを描いたドラマです。


NHKは、2012年の大河ドラマ「平清盛」で、皇室を「王家」と連呼して侮辱しました。

そのNHKは、「宮廷女官チャングムの誓い」のNHK版で、「王后さま(王妃さま)」「王太后さま」と訳すべきところを、「皇后さま」「皇太后さま」という言葉を使いました。

しかし、当時の朝鮮は「明」の属藩で、朝鮮の李朝は「王」であり、「皇后さま」などの「皇」という言葉は使えませんでした。

筑波大学大学院の古田博司教授は、「ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、本当は顔料がないので民間に色はない」等、朝鮮の真実を明らかにしています。


■増殖する韓国の「自尊史観」 古田博司

「チャングム」のまやかし

近頃、会合で話をすると10人に1人位は韓国時代劇チャングムのファンがいて、物語をそのまま史実だと思いこんでいることが多いので、正しておきたい。まず朝鮮の李朝では、女子が宮中に出仕すると王様と疑似婚姻関係に入るので一生外に出られない。チャングム女史のように出たり入ったりはできない。

ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので民間に色はない。中国の清朝でも日本の江戸時代でも陶磁器に赤絵があるが、朝鮮には白磁しかないのはそのためで、民衆の衣服が白なのも顔料が自給できないからである。
民芸研究家による「朝鮮の白は悲哀の色」というのも、今では真っ赤なウソである。上流階級だけは中国で交易する御用商人から色のある布を買っていた。

李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年もの統治を可能にしたのであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。19世紀初めの朝鮮の儒者が、「(我が国の拙(つたな)きところ)針なし、羊なし、車なし」(鄭東●『晝永編』)といっている。

針は粗雑なものがあったが、ちゃんと縫うには中国から針を買わねばならなかった。当時の中国針は優秀で、日本も輸入している。羊はモンゴルに征服された高麗にはいたが、いつの間にか滅びた。車は西洋文化が流入するまではない。木を曲げる技術がなかったからである。
だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方に運ぶことすらできなかった。かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。

●=志の士を兪に




>〈あなたは、みすぼらしい茅屋というものを見たことがあるでしょう。ではあなたの知っている最も貧しい茅屋を、その美しさと強固さの程度をさらに落として想像してみて下さい。するとそれが、みすぼらしい朝鮮の住まいについての、ほとんど正確な姿となるでしょう〉


現代の日本人ならヘイトスピーチにされるな^^

>儒教思想が強いため、王宮よりも高い建物を建てることは許されず、2階建ては存在しなかった。


景福宮でさえ2階建だったな^^

朝鮮総督府庁舎建設地にあった景福宮の元来の姿


1657年に「明暦の大火」で消失した江戸城の天守閣(CGによるイメージ)


日韓併合前までの朝鮮人は、糞を垂れ流す犬同然の生活をしていました。

朝鮮が不衛生だったことは、英国人のイザベラ・バード(ビショップ夫人)らが旅行記に書き残しています。


ビショップ夫人著「30年前の朝鮮」より

「市民は地上に瓦または藁を並べた平屋の下に潜り込んで生活している。いや不潔な道路に蠢動していると形容した方が良いだろうか。その道路は広くても二頭の馬が並べるほどではない。狭いところで大きな荷物を担いだ人が通ると、それだけで往来を塞いでしまうほどである。道路のはしには悪臭が辺り一面臭ってくる溝があり、路面は埃まみれの半分裸の子供達と、猛悪な犬とによって占領されている。」

「下水道は、市内の汚水を昼夜絶え間なく城外へと排せつしている。そのため、下水道の泥は真っ黒で、遙かな昔からの汚水によって染められ悪臭を空気中に放散して旅人を悩ましている。」

「ソウルは汚いことと臭いことでは世界一である。」




細井肇 著「漢城の風雲と名士」(『政治史』第77巻、豚犬的生活五)より

「韓国内地を旅行すれば、路傍や街路中に累々たる黄金の花(人糞の比喩)が場所も構わずにあちらこちらに咲き乱れいて、足の踏み場もなく潔癖な人は一目その不潔さと臭気の酷さに驚くのである。・・・(中略)・・・

現に、この国(韓国)の中央都会である京城(ソウル)のような「韓国の帝都」と言われる都市でさえ至る所に人糞や牛馬糞を見ないことはなく、辺りに漂う恐ろしいほどの臭気は人の鼻を襲い目を顰めない人はいない。

さらに京城市内(ソウル市内)を流れている川には、そこに隣接する各家々から排せつされる糞尿が混じり、川の水は黄色に染まり、ドロドロとなっているなど目も当てられない光景であるが、韓国人はその水を洗濯に使っている。全く持ってとんでもない話である。毎年夏期になると京城(ソウル)では伝染病が流行し、その伝染病にかかる患者の殆どが韓国人であり、大流行時には何千人もの患者を出すことも珍しくはない・・・」




1896年、朝鮮の独立新聞は「道ばたの家の窓の外に汚物とおしっこと水を捨てられないようにして、おとなと子供が道端で大小便をしないようにして」と書くほどでした。


日本は、江戸幕府が1694年に全国に発行した「慶安御触書」で、便所を母屋近くや家の隅々に造り、屋根付きの公衆トイレを造るように指示をしました。

江戸時代に来日した外国人の記録にも「路傍の公衆便所に感嘆した」とあるなど、日本は世界的に最も清潔な国でした。
明治時代に来日した学者E・モースは、日本の住まいについて「便所といえど日本家屋では芸術的感性ある職人がこれに注意を払っている」という記録を残しています。

1910年(明治43年)8月22日(調印日:公布29日)、日本と韓国は、「日韓併合条約」(韓国併合ニ関スル条約)を締結しました。

日韓併合により日本は、現在の試算で約20兆円もの莫大な資金を朝鮮半島に投入し、朝鮮の近代化に尽力をしました。

朝鮮は、日本統治前とは比べられないほど、医療・教育・生活などの水準が高まりました。

しかし、1920~30年代になっても朝鮮人が糞尿を垂れ流すことは完全に改善されず、朝鮮総督府は「便所」との戦争を宣言しました。

1920年代、朝鮮では人口が増加し郊外地域が産業化されたので、悪臭と不衛生な糞尿問題について朝鮮に居住している外国人や日本人が問題視していました。

1930年代に朝鮮総督府は「朝鮮市街地計画令」の中で、「居住用建物敷地内にお手洗いを設置するように」と指示をしました。

しかし、朝鮮人の衛生観念不足から改善されないので、朝鮮総督府は居住用のトイレだけではなく、ソウル中心の鍾路(チョンノ)など商業地区の衛生管理を進めました。

1932年7月に鍾路警察署は、鍾路大路の1535戸の商店にトイレがないことを調査・確認して、1カ月以内に設置するように指示しました。

8月31日に警察は、トイレを設置しなかった735戸の商店を摘発し、厳罰に処するという最後通告をした結果、1カ月間に全ての商店がトイレを作り住宅街も近代化されました。


李氏朝鮮や日韓併合の真実を知らない韓国人は、「日本の統治がなければ韓国は今以上に発展していた」と妄想しています。

歴史を捏造する民族に未来はない!



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近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
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1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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