HOME   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイト天皇陛下・皇室  »  フジテレビ『池上彰緊急スペシャル!』昭和天皇「A級戦犯合祀」で靖国神社御親拝されなくなった『富田メモ』を「非常に信憑性のあるメモ」「天皇はA級戦犯に不快感」は嘘「殉国七士廟」間接的ながらも御親拝された
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10月4日、フジテレビ開局55周年特別番組『池上彰緊急スペシャル!』が放送され、池上彰は「神道」「仏教」を中心にニュースと宗教の関係を解説しました。


日々ご訪問を頂いているブログ「メイド・イン・ジャパン!」転載


10月4日
フジテレビ
池上彰緊急スペシャル



全国で戦犯の釈放を求める署名活動が起こる

「一日も早く巣鴨を空に」

巣鴨には第二次世界大戦後、東京裁判の被告人とされた戦犯容疑者を収容した通称「巣鴨プリズン」があった
目標3000万人の署名に4000万人の署名が集まった


池上
「A級戦犯が合祀されていたことが明らかになって以来ここに参拝されなくなった方がいらっしゃいますこちらの方ですね


昭和天皇ですね
昭和天皇は戦後からですね、毎年という訳ではないんですが
靖国神社を参拝されていらっしゃったんですね
ところが、A級戦犯を合祀されていたという事がわかって以降、靖国神社を参拝されていなかったんですね
その理由は明らかではなかったんですが
2006年、こんな新聞記事が出ました
こちら、日経新聞の記事なんですが

昭和天皇が在位中に宮内庁長官だった富田朝彦氏が取っていた
昭和天皇との会話メモ、これが記事になっていましてね
そのメモの中で、昭和天皇は靖国神社参拝について
こう仰っていたと、書かれているんですね昭和天皇は1988年、靖国神社のA級戦犯合祀に強い不快感を示し
だから私はあれ以来参拝していない、それが私の心だ

と、こういう風に富田メモに書かれていた
だから、昭和天皇はA級戦犯が合祀されているから
靖国神社の参拝をとりやめられたのではないか、とこういう記事だというわけですね

この時既に富田元長官も亡くなられていたものですから
さぁ、本当の所はどうなのかというのは、分からない部分もあるんですが


前後に書かれている文章から見ても、非常に信憑性のあるメモではないか
という事で、当時大変話題になったというわけですねで、真相はどうであれ、A級戦犯合祀が明らかになって以来


昭和天皇は一度も靖国神社を参拝されないまま亡くなりましたし
今の天皇陛下も参拝されていない、という事なんですね


275 名無しでいいとも! sage 2013/10/04(金)
まーたこの話か、靖国批判でいつもこれ持ち出すんだ

343 名無しでいいとも! sage 2013/10/04(金)
これ続報ないよな・・・
それに勝手に陛下の御心を忖度するのはだめだろ・・・

348 名無しでいいとも! sage 2013/10/04(金)
これが池上流の世論誘導術や~

356 名無しでいいとも! sage 2013/10/04(金)

のちに信憑性が怪しいとされた

359 名無しでいいとも! 2013/10/04(金)
おいおい、あきらかになってないのに使うなよ

391 名無しでいいとも! 2013/10/04(金)
昭和天皇が参拝最後が75年
A級戦犯合祀78年
発覚79年
あれれ??

413 名無しでいいとも! sage 2013/10/04(金)
富田メモをいまさら紹介するとは思わなかった。めちゃくちゃ嘘くさいのに

481 名無しでいいとも! sage 2013/10/04(金)
崩御と言わずに亡くなるって言ったな・・・。


池上彰は、靖国神社に「A級戦犯合祀」と解説しましたが、事実ではありません。

すでに日本は、A級戦犯も含め戦犯とされた方々の名誉を回復しており、国内的にも国際的にも戦犯は存在せず、靖国神社にA級戦犯は合祀されていません。



【関連記事】

東条英機元首相ら元A級戦犯

いわゆるA級戦犯の靖国神社


池上彰は、昭和天皇が「A級戦犯合祀」により靖国神社に御親拝をされなくなったと世論誘導していますが、これも事実ではありません。

昭和天皇が靖国神社の御親拝を中断されたことは、元A級戦犯合祀が原因ではありません。

元A級戦犯(法務死者)は、1978年(昭和53年)の靖国神社秋季例大祭に合祀され、翌年の1979年4月に報道されました。

昭和天皇と香淳皇后が最後に靖国神社を御親拝されたのは、1975年(昭和50年)11月21日です。


元A級戦犯が合祀される前に、天皇陛下は靖国神社へ御親拝をされなくなっていました。

1975年8月15日、三木武夫首相が靖国神社に参拝しました。

三木首相は、公用車を使わず、肩書きを記帳せず、玉串料を公費から支払わず、閣僚らを同行しないことの4条件を以て、「私的参拝」だと表明しました。

このことを日本社会党の議員が国会で追及するなど、政治問題化しました。

そして、11月21日に昭和天皇・香淳皇后が靖国神社に御親拝されました。


この両陛下の御親拝の前日にも、両陛下の御親拝は私的行為か、公式行為かと国会で議論になりました。

11月20日の参議院内閣委員会で、日本社会党の野田哲、秦豊、矢田部理の3議員が質問に立って厳しく追及しました。

政府委員として答弁した富田朝彦・宮内庁次長(当時)は、天皇陛下の靖国神社御親拝は「私的行為」であると説明しました。

社会党議員からは、公的行為だとか私的行為だとかいった区別はできないのではないか、明日の天皇陛下の御親拝は、「(当時国会で議論されていた)天皇陛下や内閣総理大臣らの靖国神社『公式参拝』に道を開くものであって、『表敬法案』の先取りであり、『憲法20条』に違反する疑いがある、更に、あなた方によれば、私的行為の名のもとに天皇が靖国神社に参拝されるということは、どんな答弁、どんな強弁に接しようともわれわれは断じて認めるわけにはいかない」などといった厳しい批判が加えられました。

追求を受けた吉国一郎内閣法制局長官は遂に、天皇の参拝は、「憲法第20条第3項の重大な問題になるという考え方である」と答えてしまいました。

このような事情から、宮内庁としては天皇陛下の靖国神社御親拝が憲法違反とされたりすれば大変なことになり、また、国民統合の象徴である天皇が政治的に争いのある問題に関わられるべきではないと判断したと考えられます。

つまり、天皇陛下の靖国神社御親拝は、憲法解釈など政治問題となることを避けるために中断されています。

池上彰は、『富田メモ』を「非常に信憑性のあるメモ」と解説しましたが、これも事実ではありません。

2006年7月20日、日本経済新聞は朝刊第1面トップで「昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感」という見出しで『富田メモ』を報道しました、

『富田メモ』の最重要部分、靖国神社についてのお言葉は、1988年4月28日(昭和天皇の誕生日の前日)のメモにありました。


私は 或る時に、A級が合祀され その上 松岡、白取までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから私あれ以来参拝していない それが私の心だ


これは、昭和天皇のお言葉ではなく、元侍従長の徳川義寛が常々話していたことです。

例えば、「私あれ以来参拝していない」という「参拝」ですが、天皇とは天照大神の子孫で、葦原中国(日本国土)において最も上位の神です。

位が上であられる天皇陛下が、神社に出向く場合は「参拝」ではなく「行幸」で、「御親拝(参拝)」は侍従らの言い方です。

つまり、昭和天皇が靖国神社に「参拝」とのお言葉を口にすることは実際にはあり得ないのです。

それに、『富田メモ』によれば、「昭和天皇はA級戦犯に対して不快感をもっておられたらしい」ということになります。

しかし、昭和天皇も今上天皇も元A級戦犯の追悼をされています。

昭和天皇は、1978年に元A級戦犯が靖国神社に合祀された後も毎年、靖国神社の春秋の例大祭には勅使を欠かすことなく差し遣され、元A級戦犯が合祀されている社に奉幣を行われていました。

毎年8月15日、天皇・皇后両陛下をお迎えして、日本武道館で政府主催の全国戦没者追悼式が行われています。


この追悼対象には、A級戦犯とされた方々も含まれているので、昭和天皇も今上天皇も元A級戦犯の追悼をされています。

元A級戦犯の靖国神社合祀自体に問題があれば、天皇陛下は靖国神社への勅使差遣も、皇族のご参拝も、全国戦没者追悼式へのご臨席もやめられたはずです。

愛知県三ヶ根山の頂上に、東條英機大将ら元A級戦犯の墓地建設が決まり、昭和35年に「殉国七士廟」が完成しました。


【関連記事】

七烈士の遺骨を入手し「殉国七士廟」まで辛苦があった


昭和天皇は、昭和54年5月に「殉国七士廟」に、間接的ながらもご親拝されたことがあるそうです。



「昭和天皇の墓参り」

昭和54年5月26日、昭和天皇・皇后両陛下は翌日に愛知県藤岡町で開催される第30回全国植樹祭にご出席されるため、三ヶ根山の高台に建つグリーンホテルにご宿泊されたそうです。しかし、植樹祭にご出席されるには、式典会場からは非常に遠い不便な場所だったといいます。このホテルに御宿泊されたのは陛下の強い御内意によるそうです。
 
 但し、このホテルは高台にあり、東京裁判で処刑された七人の殉国七士廟が一望できる場所でした。植樹祭の当日、早朝六時頃、責任ある方が陛下をご案内しようと部屋に入ったところ、両陛下はこの殉国七士墓の墓碑と戦友の記念碑にお向かいになられて17-18分近く不動のままに佇立されていたといいます。

 若狭氏はこれを「昭和天皇の墓参り」と称しているそうですが、その年の11月8日にも美智子妃殿下と礼宮が同じようにされたといいます。さらに今上天皇も平成の時代になって12月23日のお誕生日、実はこの日に処刑が執行された日ですが、この殉国七士墓に毎年お使者をよせてお墓詣りを欠かさないそうです。
ブログ花うさぎの「世界は腹黒い」転載



つまり、池上彰のいう『富田メモ』が「非常に信憑性のあるメモ」は嘘であり、昭和天皇が元A級戦犯に対して不快感をもっていたとの印象操作です。

これまでにも、池上彰はテレビ番組の解説で、視聴者に対して印象操作や世論誘導をしています。

2012年12月9日にテレビ朝日は、『そうだったのか!池上彰の学べるニュース“総選挙直前 緊急解説SP”』を放送しました。

池上彰は、韓国与党セヌリ党の朴槿恵候補を「朴槿恵氏は日本に友好的」と、野党民主統合党の文在寅候補を「文在演氏は反日」と解説しました。


しかし、大統領選で朴槿恵候補は反日発言を続けていました。

2012年12月4日、韓国大統領選で、朴槿恵候補と文在寅候補らは初のテレビ討論を行いました。

朴槿恵は、日韓関係改善のためには、「日本は正しい歴史認識が必要だ!」と発言しました。


▼大統領になった朴槿恵

【関連記事】

池上彰が参院選について


池上彰の解説は「なるほど」と納得できることもありますが、菅首相がラーメン屋でラーメンを食べたことを称賛するなど世論誘導もしています。

池上彰は真実を解説しろ!



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近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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