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良識ある日本国民の皆様には、千葉県の御宿にある日墨西友好記念碑はご存知だと考えます。

私は本ブログ1月29日に「エルトゥールル号事件」の記事を書き記しましたが、「皆さまのコメント拝見するに、初めて知りましたが多いことに驚きです・・・千葉県勝浦沖でも遭難したメキシコ船員を救助した美談があります」とのご意見を頂戴し、「この美談は何でしょうか?」などのご質問も頂いたので、本日は簡単で申し訳ございませんが「遠くて近い国のメキシコ」をご紹介させて頂きます。




遠くて近い国、メキシコとの友好は4百年前の海難事故から始まった

確かにメキシコは遠い国である。アメリカほど話題になることもない。しかし日本とメキシコとは400年にもわたる深い縁で結ばれていた。その象徴が千葉県は房総半島の九十九里浜の中ほどにある御宿(おんじゅく)にある。北側の岬に7メートルはあろうかという大きな石碑が建っている。「日墨西友好記念碑」という銘が刻んである。建立は昭和3(1928)年というから、もう70年以上前のことだ。石碑が建立された時に、メキシコ公使が述べた祝辞は、その由来を簡潔に示している。

この記念碑に刻まれました日付は1609(慶長14)年9月30日で、フィリピンから当時ノヴィスパニア(新スペイン)と呼ばれていたメキシコに向かってスペインの船サン・フランシスコ号がこの海岸に漂着した日を示すものであります。この不幸な事件は航海者としてのスペイン人の勇気を証明し、日本の土地では驚異の出来事となりました。当時の文明国においてさえ、「漂流者に対する権利」という野蛮なものがあり、かつカトリック宣教師の非常な横暴の結果として、ヨーロッパに対する日本人の反感と嫌悪の情が深く、その数年前に土佐の海岸に漂着して、秀吉の命により積み荷を没収せられ、乗組員の一部が死刑に処せられた前例があるにもかかわらず、サン・フランシスコ号の漂着者は、日本官民によって救助厚遇を受け、大多数はフィリピンに送還せられ、前フィリピン総督ドン・ロドリゴは家康に謁見を許され、家康は彼に新しい船を提供してノヴィスパニアへの航海を続けせしめたのです。

1609(慶長14)年、フィリピン総督ドン・ロドリゴ・デ・ビベロ・イ・ベラスコは、メキシコへの召還命令を受けて、サン・フランシスコ号、サンタ・アナ号、サン・アントニオ号の3隻の艦隊を組んで、7月25日に出発した。金銀香料など現在価値にして200億円もの財宝を積み込んでいた。しかし出航が通常より1ヶ月も遅れたせいで、5回も台風に巻き込まれ、たちまち船団はバラバラになり、サン・フランシスコ号はメイン・マストを切り倒すところまで追い込まれた。さらにマニラを出てから67日目の9月28日夜、海図上ではあるはずもない暗礁に乗り上げてしまった。いまにも沈没しそうな甲板の上で、ロドリゴらは神に祈りながら夜を明かした。

夜が明けると300メートルほど先に陸地が見えるではないか。海図では日本の位置が北に2度ほどずれて記入されており、知らないうちに日本の海岸に乗り上げてしまったのだった。ロドリゴは海図の誤りを指摘しつつも、この陸地を授けてくれたのは神の思し召しかも知れぬ、と後に「日本見聞録」に記している。しかし、ロドリゴは警戒を緩めなかった。13年前にサン・フェリペ号がやはり台風で航行不能になり、土佐に漂着した時には地元民に助けられながらも、秀吉により積み荷をすべて没収され、長崎のポルトガル人やマニラ在住の日本人に助けられて、なんとかマニラに帰る事ができた。この時は、サン・フェリペ号の水先案内人が世界地図でスペイン王国の版図を示して威嚇したために、秀吉は彼らを日本占領の尖兵だと考えたのである。

またロドリゴ自身、2年前にマニラ在住の日本人がスペイン政府の厳しい統治に対して反乱を起こした時に、彼らを日本に強制帰国させていた。日本人はこの事をまだ恨んでいるかも知れない。しかし、その処置を家康に通知すると、家康からは日本人の処分に抗議せず」という返書が来た。もしかしたら家康はロドリゴの処置を寛大なものとして感謝しているのかもしれない、という期待もあった。ロドリゴたちは木の切れ端などにつかまって、上陸した。今の御宿のそばの浜辺である。ロドリゴはこう記している。 「我々の不幸な経緯を述べると、彼らは大いに憐れみ、女性たちは非常に同情深いために涙を流した。そして彼らは進んでその夫らに向かい、キモーネ(着物)と言う綿を入れた衣服を我々に与えてください、と請うたので、夫らは我々に多くのキモーノを与え、また食物を惜しみなく提供してくれた。」 この時に、海女たちが駆けつけて海に潜って遭難者を救出した、あるいは、自分の体温で瀕死の者を温めた、というエピソードも伝えられている。ケンが指揮して、人数調べをすると、乗組員総数376人のうち、溺死者16人、行方不明者43人、救助された人数は317人だった。

やがてオンダキ(大多喜)のトノ(殿様)が家来を引き連れてやってきた。徳川四天王と呼ばれた本多忠勝の息子・大多喜藩主・本多忠朝である。重臣会議では「異人は切って捨てるべし」という強硬意見もあったが、忠朝は厚遇すべしと主張した。村人達はトノの一行を土下座して迎えたが、ロドリゴはそのような習慣がないので、立ったまま迎えた。するとトノはロドリゴの手を取り、接吻したのだった。ロドリゴはトノが自分の国の作法を心得ているのに驚いた。その後、席に着くときにはトノはロドリゴに強いて上席につかせた。さらに驚いた事に、トノは豪華な着物4着、刀一振り、牝牛一頭、果物、酒などの進物まで持ってきていた。ロドリゴの一行約300人は村人達の家に分宿して、37日間もこの村に留まった。その後、ロドリゴはトノの居城まで連れて行かれ、そこで家康からの朱印状(将軍の公文書)を受け取った。その内容は、海岸にて打ち上げられた品々は、すべてロドリゴのものとして良い、家康の居城駿府までの行程の安全と糧食を保証する、というものだった。ロドリゴは家康の寛大さに驚いた。漂着で失ったものは、すべてその地域の支配者のものになる、というのが、当時の世界の暗黙の了解事項だったので、積み荷はすべて諦めていたからである。

ロドリゴは江戸城で秀忠に接見した。秀忠は常に微笑を絶やさず、温かい応対をした。「不幸な体験を経て異国にいるあなたが、なにも不自由を感じないよう手を尽くす」とも言った。ロドリゴがスルンガ(駿河)の家康の居城に行きたいと述べると、4日後には往路万端不自由のないように整えられる、と答えた。駿河の城でロドリゴを接見した家康は、直立して深くお辞儀するロドリゴに対して満面に笑みを浮かべ、着席するよう求めた。「武士は海上の不幸で、気を挫かれてはならない」と慰め、何でも欲しいものがあれば言ってみよ、と聞いた。ロドリゴは3つございます、と答えて、ひとつは、いま日本にいる宣教師の布教活動を自由にしていただきたい。二つ目は平戸港にオランダ人が入港しようとしているが、彼らはわがフェリペ王の敵で、海賊なので退去をもとめていただけませんか。三つ目にルソンから日本に入るスペイン船を保護してくださいませんか。

厚かましい要求だったが、家康は逆にいたく感服した。身一つで異国に打ち上げられた自分のことは一切棚上げにして、祖国の事だけを思っていたからである。「余もこのような臣下を持ちたいものだ」と、側近に嘆声をもらしたという。家康は、宣教師の布教は許し、マニラからの船は優遇すると答えた。しかし、オランダ船の締め出しについては、スペインとオランダの間のことであり、余のあずかり知るところではないと拒絶した。堂々たる外交姿勢である。さらに家康は、わが国には三浦按針(オランダ船リーフデ号の航海士だったイギリス人で、同船が豊後に漂着した後、家康の外交顧問となった)に造らせたガレオン船があるので、それを使って帰国するがよい、と申し出た。提供されたガレオン船は小型なので、乗組員を三分の一に絞り、残りの者は長崎からマニラに戻した。ロドリゴはガレオン船をサン・ブエナ・ベントゥーラ号と改名し、2ヶ月をかけて太平洋を横断し、メキシコに帰国した。

明治21(1888)年11月3日、わが国はメキシコとの通商条約を結んだ。それまでの米国や英国との条約は不平等なものであり、その改正には明治後半までかかるのだが、日墨修好通商条約は、わが国がアジア以外の国と結んだ最初の平等条約であった。当時のアメリカの新聞には、日本の主権を認めたメキシコの態度を賞賛する記事が掲載されたという。のちに不平等条約の改正に成功する背景には、この日墨関係が好影響を与えていると言われる。家康が協定書で希望した日墨の友好と自由貿易は、280年後の日墨修好通商条約で実現し、400年後の現代においてさらに発展した。わが国が国際社会に門戸を開くとき、メキシコは常にその良き相手だったのである。不思議な縁(えにし)と言うべきか。
(日墨友好小史)より抜粋
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog336.html

遠くて近い国のメキシコと日本の友好は400年前のスペイン船サン・フランシスコ号の海難事故救出から始まったのであり、大東亜戦勝終結後の日本は侵略国家との濡れ衣を着させられ、本当の侵略者であった米国の歴史を正義とされては、教育界に巣食う反日左翼や日教組の偏向教育により正しい日本の歴史を否定され続けていますが、今こそ日本は正しい歴史を取り戻すべきです。

良識ある日本国民の皆様、メキシコとの友好についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、イランとイラク戦争で在留邦人がトルコに救出されたのはご存知だと考えます。

私は本ブログ1月17日の「阪神大震災」の記事で、「旧社会党の残党がいる民主党政権は国民を守れるか」と書き記した際に、「朝鮮半島有事など海外の日本人も守れないだろう」とのご意見を頂戴しましたが、当時の社会党の「自衛隊を海外に出す事は侵略戦争につながる」との主張から「自衛隊救援機」も出せず、民間航空会社も乗務員の安全確保が保障されずに「日本からの救援機は出せない」状況で、現地在留邦人は「日本政府から見捨てられた形」となり、どの航空会社も「自国民優先主義」が国際常識ですから「日本人を乗せてくれない」ところへ、「トルコ航空機が日本人の救援に来た」との、「日本とトルコの救出劇」について簡単で申し訳御座いませんがご紹介致します。




エルトゥールル号事件のこと

昭和60(1985)年3月18日の朝日新聞朝刊に「イラン上空飛行すれば攻撃/イラクが民間機に警告」という見出しが躍った。当時はイラン・イラク戦争(1980-1988)の真っ只中であり、長びく戦闘にしびれを切らしたイラクのサダム・フセインは、ついに総攻撃体制に入ったのである。その一環として、あろうことか、テへラン上空を航行する航空機はいづれの国のものであろうと撃墜するという方針に出たのである。期限は日本時間の3月20日午後2時。明けて19日の朝刊トップは「邦人に動揺広がる/脱出路探しに必死」と大書。

外国航空の特別便が一部運航することにはなったものの、自国民優先のため日本人ははじき出されてしまい、邦人一行の不安におののくさまを伝えた。外務省は救援機派遣を日本航空に依頼したが、「帰る際の安全が保障されない」として日本航空側はイラン乗り入れを断念したという。事態はますます深刻度を増した。同日タ刊には「テへラン邦人300人以上待機」という見出しを掲げ、現地に釘付けとなった邦人の孤立状況が続報された。こうして、もはや万事休すと思われた土壇場、翌20日の朝刊に「テへラン在留邦人希望者ほぼ全員出国/トルコ航空で215人」という朗報が載った。

何とトルコ航空機がテへランに乗り入れ、邦人215人を救出してくれたのである。まさに間一髪であった。掲載された写真には無事脱出できた子供たちを含む邦人家族の喜びの顔が写っている。さて、ここで考えなければならないのは、なぜトルコが危険を冒してまで邦人を助けたのかということであるが、この疑問に対して朝日新聞の記事はこうである。すなはち「日本がこのところ対トルコ経済援助を強化していること」などが影響しているのではないかと、当て推量を書いておしまいなのである。

自国の歴史に無知とはこういうことを言う。日本とトルコには歴史的に深いつながりがあるのだ。この記事を書いた記者が知らないだけである。無知だけならまだしも、金目当ての行為であったかのように書くとは冒涜もはなはだしい。トルコは長いあいだ日本に対する親愛の情を育ててきた国である。その証左として、昨(平成9)年一月の産経新聞に載った駐日トルコ大使ネジャッティ・ウトカン氏のコラムを紹介する。これを読むだけでも、トルコが何故日本に親愛の情を寄せるに至ったかの消息が明らかになろう。

それは日露戦争をさらに遡る明治二十三年の出来事に端を発している。勤勉な国民、原爆被爆国。若いころ、私はこんなイメージを日本に対して持っていた。中でも一番先に思い浮かべるのは軍艦エルトゥルル号だ。1887年に皇族がオスマン帝国(現トルコ)を訪問したのを受け1890年6月、エルトゥルル号は初のトルコ使節団を乗せ、横浜港に入港した。三ヵ月後、両国の友好を深めたあと、エルトゥルル号は日本を離れたが、台風に遭い和歌山県の串本沖で沈没してしまった。

悲劇ではあったが、この事故は日本との民間レべルの友好関係の始まりでもあった。この時、乗組員中600人近くが死亡した。しかし、約70人は地元民に救助された。手厚い看護を受け、その後、日本の船で無事トルコに帰国している。当時日本国内では犠牲者と遺族への義援金も集められ、遭難現場付近の岬と地中海に面するトルコ南岸の双方に慰霊碑が建てられた。エルトゥルル号遭難はトルコの歴史教科書にも掲載され、私も幼いころに学校で学んだ。子供でさえ知らない者はいないほど歴史上重要な出来事だ。

ここに挙げられたエルトゥールル号遭難に際して、台風直撃を受けながらも約70人のトルコ人を救助した地元民とは、和歌山県沖に浮かぶ大島の村民である。当時、通信機関も救助機関もない離島のこととて、救助は至難を極めたという。怒涛に揉まれ、岩礁にさいなまれ、瀕死のトルコ人達に対して、大島村民は村長沖周の指揮のもと、人肌で温め精魂の限りを尽くして救助に当たった。さらには非常事態に備えて貯えていた甘藷や鶏などの食糧の一切を提供して精をつけ、彼らの生命の回復に努めたのである。

この事件の詳細な消息は、陣頭指揮をとった沖村長がみずからまとめた「土耳其軍艦アルトグラー號難事取扱二係ル日記」に克明に記されている。知る人も知ろうとする人も少ないだけである。ちなみに、エルトゥールル号遭難4年前の明治19(1886)年には、同じく紀州沖でイギリス貨物船ノルマントン号事件が起こっている。こちらの方は現在も小中高の歴史教科書に掲載されていて、多くの子供たちも周知の史実である。

難破して沈没する船を放置して船長のドレイク以下外国人船員は全員がボートで脱出、乗り合わせていた日本人乗客25名は見捨てられ、全員船中に取り残されて溺死するという無残な結末となった。にもかかわらず、領事裁判権を持つイギリス領事は船長に無罪判決を下した。のち日本政府は船長を殺人罪で告訴したが、3ヵ月の禁鍋程度で賠償は一切却下。まさに不平等条約の非情さを天下に知らしめた事件である。それからまもなくエルトゥールル号の遭難事件は起こった。大島の村民もノルマントン号事件に見られた残酷な仕打ちは知っていたであろう。それでも前述のように異国の人々の救助に献身したのである。

一世紀を経た昭和60年に身の危険をも顧みずトルコがテへランに孤立した日本人を救出したのは、エルトゥールル号事件に対する恩義を背景として培われた親日の行為だったと見てはじめて得心がゆく。じつは、このエルトゥールル号事件のことを授業の教材にすべく、昨年七月にトルコ大使館から貴重な資料を送っていただいた。その際、邦人救出に対して感謝の旨を伝えると、大使は通訳を通じて「いやぁ大したことではありません。当然のことをしたまでですよ」とこともなげに謙遜されたが、忘れ難い言葉である。

今どきの高校生であっても、こうした史実に学ぶと、例えば「明治の人々は、見ず知らずの外国人に広く優しい心で接している。トルコの人も今も変わらず日本人を思っていてくれてジーンとした」と率直な感動を示すものである。一方、経済援助に対する見返り行為だと憶断する朝日新聞の記事に対して、「自分が日本人であることが恥ずかしくなった。感謝することが大事だと思う。経済的にではなく、気持ちで恩返ししたい」と胸のうちを吐露する生徒もゐて頼もしい。
(エルトゥールル号事件のこと)より抜粋
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog102.html



テヘランには「600人を超えるトルコ人ビジネスマン」がいましたが、日本人救援の特別機の他に定期便がもう一機来ていたので「その便で約100名のトルコ人が帰国」し、残る500名近くのトルコ人は猛スピードで飛ばしても3日以上かかる車で帰国しており、トルコは自国民を車で帰国させてまで「外国人である日本人に特別機を提供して救出」したのです。

平成18年に、当時の小泉首相はトルコ公式訪問の事前説明で「トルコ航空によるテヘラン在留邦人救出事件」の話を聞いて感激し、5月17日にテヘランで「トルコ航空の元総裁・元パイロット・元乗務員たち11名の叙勲」を行い、すでにオザル首相は亡くなっていたので未亡人に小泉首相の感謝状が贈られたのです。

エルトゥールル号事件でのトルコ人救出をした日本への恩返しに、テへラン在留邦人の救出をしたトルコと日本の救出劇は、旧社会党の残党がいる民主党政権が朝鮮半島有事の際に邦人を救えるのかを考えさせられる歴史の真実です。

良識ある日本国民の皆様、日本とトルコの救出劇についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、テレビ朝日がアジア杯日韓戦で旭日旗が試合会場にあったと捏造報道したのはご存知だと考えます。

私は本ブログ昨日の記事で、アジアカップカタール2011の日韓戦で「韓国代表の奇誠庸」選手がPKを決めた後に「サルの真似」をして、韓国では「日本人を倭猿と侮辱」していることを書き記しましたが、多くの方々より「日本サッカー協会が抗議をしないことを決めた」とのお知らせを頂戴する中で、「テレビ朝日が捏造報道をして奇誠庸選手を擁護した」とのお知らせも頂きました。

私は本日の朝より、この「テレビ朝日の捏造報道」について各マスコミ報道を調べても「産経新聞」ですら取り上げていませんでしたが、すでにネットの「掲示板」などでは写真などが公開されており、「テレビ朝日のワイドスクランブルが26日に放送した番組内での捏造」だと分かりましたので以下の記事を取り上げます。

テレ朝がサッカー日韓戦での旭日旗を捏造して放送

テレビ朝日がまたもアサヒった。アジアカップサッカー準決勝で行われた日韓戦で、旭日旗が試合会場にあったと画像を紹介したのだが、なんとワールドカップ南アフリカ大会でオランダ対日本戦の写真を使用し、日韓戦の画像として紹介していたのだという。

事の経緯は、韓国代表・奇誠庸(キ・ソンヨン)選手が試合中にPKを決めた後、猿の物真似のパフォーマンスを行ったことから始まる。試合後に批判された奇誠庸(キ・ソンヨン)選手は、Twitterで「観客席にあった旭日旗を見た時は涙が出る思いだった」と発言し、旭日旗があったため日本人を小馬鹿にするようなパフォーマンスを行ったことを発言していた。

この一連の騒動をテレビ朝日はワイドスクランブルで報道。その際に本当に旭日旗はあったのかどうかというところで、わざわざワールドカップ南アフリカ大会の画像を持ってきて、日韓戦の画像だと見せたのだという。

【猿マネ問題】テレ朝川村「健全なナショナリズムの範疇」(動画)http://www.youtube.com/watch?v=bydVppA3zm8&feature=player_embedded




紹介している画像(動画7:30~)では、二階席に掲げられたということになっているが、残念ながら今回日韓戦が行われたスタジアムには二階席はない。そして、画像の近くにオランダの国旗があるのが分かる。明らかに捏造である。ワールドカップ南アフリカ大会で撮られた写真と見比べて欲しい。







同じものである。そして、旭日旗ですらないのが分かると思う。今回の日韓戦の中継権はテレビ朝日が持っており、テレビ朝日はカメラとともに多くのスタッフを会場に派遣していた。当然日本の応援団も撮影していて当たり前である。しかし、旭日旗を映像の中で発見出来なかったため捏造したのだろう。

今回の捏造は、ネット上では数時間もたたずに捏造だとバレてしまった。こんなもので視聴者を騙せると思ったのだろうか。バラエティなどの仕込みならいざ知らず、ニュースでの偽造とはあまりに悪質だ。KYから続く朝日グループの捏造体質はまったく変わっていないということが証明された。朝日グループは報道機関だと名乗るのをもうやめたほうがいい。

ちなみに、これほどまでしてかばおうとした奇誠庸(キ・ソンヨン)選手だが、あっさりと「あのパフォーマンスは日本人に対してではない。(所属クラブの)セルティックでプレーしていて、相手のサポーターからサル呼ばわりされている。そういう差別発言をする人たちに向けてやった」と証言を翻している。惨め以外の何物でもない。
(POP)
http://popup777.net/archives/16388/





↑ 私はテレビ朝日のサイトを調べましたが、すでに「ワイドスクランブル」放送分より「この捏造報道があった26日分のみ削除されています。

「テレビ朝日サイト:ワイド!スクランブル」http://www.tv-asahi.co.jp/onair/list.php?b=scramble

日本サッカー協会は27日に、アジア杯日韓戦で韓国代表の奇誠庸選手がPKを決めた後に「サルのまねをした件」に対して「抗議しない方針」を明らかにしていますが、奇誠庸選手は「観客席の旭日旗」を見て「私の胸中で涙が流れた」・「私は選手である前に大韓民国の国民だ」とコメントしていたのに、日韓戦の中継権を持って放送した「テレビ朝日」が「観客席で旭日旗を発見出来なかった」のですから「奇誠庸選手の発言は矛盾」しています。

掲示板より ~ これまでの「奇誠庸選手」と「テロ朝」の流れ!

奇誠庸「日本戦は戦争だ」と殺る気マンマン! 

奇誠庸「累積警告が消えたから故意反則で本田を潰す」と殺人タックルまで予告!

奇誠庸の"猿パフォーマンス" は「旭日旗にカッとなった」と日本への差別行為と認める!

韓国メディアは「確かにスタンドに旭日旗があった!」・「むしろ日本が悪い!」と主張!

もともと韓国に媚びて、電通支配下の「テロ朝も韓国の主張を支持」するために「スタッフ総出で旭日旗を探す」が見つからない!

それでも、テロ朝は「奇誠庸を擁護」するために、ワイドスクランブルで「オランダ戦の画像を日韓戦の証拠画像」として捏造放送!

スポーツでの人種差別はご法度だと「FIFAからの処分の可能性が出てくる!

あわてた奇誠庸「猿マネは日本向けでなかった」・「欧米人へのあてつけ」と不可思議な弁解

奇誠庸が意味不明な「事情説明」で「謝罪」したので、スポンサーを握る「電通」とトラブりたくない「日本サッカー協会」は公式抗議をせずに一件落着と逃げた!

そして、ハシゴを外されたテロ朝の捏造報道だけが残った.!!←今ココ

私は本ブログで再三再四、韓国の国策で儲ける「電通」により広告収入などを得る「NHKや民放テレビ局」など反日マスコミは、韓国ドラマ・韓国の出稼ぎ芸能人・韓国情報など「韓国に媚びた」報道をしていると批判をしており、テレビ朝日はこれまでにも「反日番組」の放送を続けていますが、本ブログには投稿文字数に制限がありますので「テレビ朝日」による「外国人参政権」や「1000万人移民政策」については本ブログ以下の記事をご覧下さい。

「反日のテレビ朝日に騙されるな、外国人参政権のたけしのTVタックルと1000万人移民政策を取り上げたスーパーモーニングの番組内容は変だ」http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/31439953.html


テレビ朝日は、アジア杯日韓戦で旭日旗が試合会場にあったと捏造してワイドスクランブルで放送したのは、サルの真似をして日本を侮辱した韓国の奇誠庸を擁護するためであり、サル以下のテロ朝は放送免許を返上すべきです。

良識ある日本国民の皆様、捏造報道のテレビ朝日についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、アジアカップカタール2011の日韓戦でサルの真似をした韓国選手についてはご存知だと考えます。

サルのまね韓国選手処分も/アジア杯

韓国代表のMF奇誠庸(キ・ソンヨン、22)=セルティック=が、国際サッカー連盟(FIFA)から処分を受ける可能性が出てきた。奇は25日の日本戦の前半23分にPKを決めた後、カメラに向かって頬を膨らませながら左手で顔をかくなどサルのまねをした。

奇は26日に短文投稿サイト「ツイッター」で、観客席の旭日旗を見て「私の胸中で涙が流れた」と説明し、その5時間後に「私は選手である前に大韓民国の国民だ」とコメント。日本人に向けて意図的に人種差別的なパフォーマンスを行ったことを事実上認めた。26日付の中央日報(電子版)は、旧日本軍が旭日旗を使用していたため、怒りを抑えられなかったとみられると指摘した。

奇はMF中村俊輔(横浜M)も所属していたスコットランドプレミアリーグ・セルティックに在籍。サルのまねは白人が東洋人などを侮辱する際に使うことが多く、FIFAがこれを人種差別行為と認めれば、何らかの処分は避けられない見通し。自身もスコットランドで人種差別行為を受けたことがあり、韓国では「軽率な行動」と批判する意見も出ている。
(1月27日 サンケイスポーツ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110127-00000029-sanspo-socc

>奇は25日の日本戦の前半23分にPKを決めた後、カメラに向かって頬を膨らませながら左手で顔をかくなどサルのまねをした

アジアカップカタール2011の日韓戦で、韓国代表の奇誠庸選手がPKを決めた後に「サルの真似」をしたことは「韓国化するフジテレビ」までもがニュースなどで取り上げましたが、韓国では前々から「日本人を倭猿と侮辱」していますし、本ブログでも記事とした「2006年の第1回WBC」の直前に「日本を代表する」メジャーリーガー「イチロー」選手が、「今後30年間は日本に勝てないと思わせたい」と「各国参加チーム」へ対して発言した際に、この発言を韓国だけが「韓国を侮辱した発言だ」と一方的に受け取り、韓国では「イチローを潰せ」と大炎上をして「イチローの正体は日本猿だ!」と「韓国の新聞」にまで侮辱する写真が掲載されました。




>観客席の旭日旗を見て「私の胸中で涙が流れた」と説明し、その5時間後に「私は選手である前に大韓民国の国民だ」とコメント。日本人に向けて意図的に人種差別的なパフォーマンスを行ったことを事実上認めた

奇誠庸選手は「日韓の歴史の真実」を知らない「馬鹿な韓国人」だから「旭日旗」を見て「私の胸中で涙が流れた」・「私は選手である前に大韓民国の国民だ」とコメントしていますが、日本人に向けて意図的に人種差別的なパフォーマンスを行ったことを事実上認めたのですから、「FIFA」は人種差別として「奇誠庸選手を処分」すべきです。

FIFA懲罰規則

第3条 侮辱的・差別的行為 第58節 差別

1. a) 人種・肌の色・言語・宗教・出自に関する軽蔑的・差別的・中傷的な発言や行為によって, 個人あるいは集団の尊厳を冒した者は, 5試合以上の出場停止とする。加えてスタジアムへの入場禁止と, 20,000スイスフラン以上の罰金を科す。加害者がオフィシャルである場合 罰金は30,000CHF以上とする

私はサッカーには詳しくないのである方にお聞きしましたが、人種差別的行為があった場合には「各国のサッカー協会」が「FIFAに対して調査依頼」を行うとのことですから、良識ある日本国民は「日本サッカー協会」へ処分を要請すべきです。

日本サッカー協会

電話 03-3830-2004

FAX 03-3830-2005

>中央日報(電子版)は、旧日本軍が旭日旗を使用していたため、怒りを抑えられなかったとみられると指摘した

正確には、韓国の中央日報は「旧日本軍が使っていた軍国主義の象徴である旗を見て、怒りを抑えられなかったようだ」と報じていますが、日本は軍国主義ではありませんし「旭日旗」は軍国主義の象徴ではなく、現在も海上自衛隊で使われており、大東亜戦争終結まで「韓国人は日本国民」だったのですから「怒りを抑えられなかった」など非常識な報道です。

>韓国では「軽率な行動」と批判する意見も出ている

昨日より「掲示板」などは炎上気味ですが、韓国人は「旭日旗を使う日本が悪い」とか、昨年10月にソウルの上岩洞(サンアムドン)ワールド杯競技場で行われた日韓代表親善試合の際に「キム・ヨナの悪魔の仮面を使った日本が文句を言うな」などと日本へ対する非難の声が上がっています。

私は本ブログで再三再四、「日本が嫌いな韓国人は、悪い事をする時にだけは日本人になりすます」真実を書き記していますが、「キム・ヨナの悪魔の仮面」を使ったのは日本人サポーターではなく「韓国人(在日韓国人)サポーターが日本人になりすましている」と言われており、日本代表のユニフォーム姿のサポーターの下には「韓国代表の赤い色」が見えますし、この「キム・ヨナの悪魔の仮面」そのものが「韓国で売られた物」で「韓国人が喜んで使っている」のが真実です。











↑ 韓国人は、今回の「アジアカップカタール2011」にも「竹島は韓国の領土」だと「竹島領有権」を持ち出しており、これまでにも韓国は国際スポーツの場に「竹島」問題を持ち込んでいますが、本ブログには投稿文字数に制限がありますので「各スポーツ」で竹島領有権を主張する写真などは本ブログ以下の記事をご覧下さい。

「韓国はバンクーバー冬季オリンピックにまで領土問題の竹島を持ち出すなら帰国せよ、精神疾患の火病の民族にスポーツをする資格はない」http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/31282262.html

日本人サポーターの応援について、保守と思われるブログでは「日本は韓国の様に民度の低い応援はするな」との意見もありますが、この応援も「韓国人による日本人のなりすまし」の可能性は大ですし、仮に日本人だとしても「政治問題まで持ち出す韓国の非常識な応援」に対抗するのは「良識ある日本国民」の証であり、日本人が「日本人サポーターを非難」するなど「これまでの韓国によるスポーツの場での非常識な言動」を知らないのか、偽者の保守・右派ブログがある中で「逆工作員」の可能性も否定出来ません。




韓国は日本人を倭猿と侮辱しているのはWBCのイチロー選手でも行われており、アジアカップカタール2011の日韓戦でもサルの真似をした韓国代表の奇誠庸選手をFIFAは処分すべきです。

良識ある日本国民の皆様、サルの真似をした韓国代表の奇誠庸選手についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、菅首相が官邸執務室からのテレビ演説を検討しているのはご存知だと考えます。

テレビ演説を検討=米大統領を参考、発信強化狙う―菅首相

菅直人首相が重要政策について国民に説明し、理解を求めるため、官邸執務室からのテレビ演説を検討していることが25日、分かった。民主党政調幹部が明らかにした。

執務室からのテレビ演説といえば、米大統領の定番。内閣支持率の低迷が続く首相は最近、「自分の考えが国民に伝わらない」とこぼしており、大統領の演説が頭に浮かんだようだ。玄葉光一郎国家戦略担当相(党政調会長)も、政権としての発信力不足を痛感しており、同氏の主導で福山哲郎官房副長官、馬淵澄夫党広報委員長ら4人からなる政府・民主党の広報チームを設置。首相のテレビ演説を含め、PR強化に取り組む。
(時事通信 1月25日)より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110125-00000167-jij-pol

>執務室からのテレビ演説といえば、米大統領の定番。内閣支持率の低迷が続く首相は最近、「自分の考えが国民に伝わらない」とこぼしており、大統領の演説が頭に浮かんだようだ

菅首相は支持率低迷の昨年11月に「内閣支持率が1%になっても辞めない」と発言していましたが、内閣支持率の低迷が続くのは「自分の考えが国民に伝わらない」との「コクミンガー(国民が)」に責任転嫁するとは、まるで「鳩山前首相の辞任時」と同じような発言であり、「数々の政権公約詐欺」をした民主党政権へ「怒っている国民の声が菅首相に伝わらない」のが事実ですから、菅首相は「米国大統領の執務室からのテレビ演説」を真似しても無駄なだけです。




↑ 2010年9月1日に、大統領執務室からテレビを通して米国民にイラクでの戦闘任務の終了宣言をするオバマ大統領

>4人からなる政府・民主党の広報チームを設置。首相のテレビ演説を

菅民主党の「4人からなる広報チーム」には、菅首相のテレビ演説が「国民に不人気」なのを理解出来ていないようですが、内閣支持率に関係なく「現役の首相が報道番組に生出演」すれば視聴率は上がるのは普通なのに、これまでにも「菅首相をテレビに出すと視聴率が下がって困る」と各テレビ局では頭を抱えています。

5日に「菅首相が出演」したテレビ朝日「報道ステーション」では「平均視聴率が6.9%」となり、「前4週の平均視聴率14.7%」の「半分以下」に落ち込んで、テレビ朝日の関係者は「菅首相が画面に登場した瞬間、ガクッと視聴率が落ちた」と話しており、改めて「菅首相の不人気ぶり」が裏付けられました。(同時間帯では、日本テレビの「ザ!世界仰天ニュース 命をかけた女性の大変身ビューティー祭り第2部」は18.8%)




↑ 2011年1月5日に、テレビ朝日の報道ステーションに生出演した菅直人首相は「平均視聴率6.9%」




↑ 2007年7月10日に、テレビ朝日の報道ステーションに生出演した安倍晋三首相は「平均視聴率16.7%」

菅首相は野党時代に出演した、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」で「テレビは読まなくてもポーンと頭に入ってくるんです。だからワイドショー政治というのは、・・・(略)・・・1億白痴化となっていますよ!」と発言し「日本国民を白痴」だと侮辱しているから「テレビ演説」を検討しているのです。

「菅直人総理が国民を侮辱」(動画)http://www.youtube.com/watch?v=ITuYMWR6c5g



私は本ブログの記事中で、新聞報道による「菅首相の贅沢な食生活」を取り上げましたが、その際の「民主党の応援部隊である反日テレビ局」の動画と以下の記事などをご覧頂ければ、菅首相は「庶民派ではない」との真実が理解できます。

庶民派はウソだった! 菅、夜な夜な“ホテル通い”

同級生に「ラーメンを食べようと思っても出られない」とボヤくなど、「庶民派」を自負する菅直人首相(63)にそぐわない「意外な素顔」が明らかになってきた。参院選惨敗後、夜の高級ホテル通いが目立ち始めているのだ。首相就任から2カ月余り。その足取りを調べてみると、連夜のバー通いが批判された麻生太郎元首相(69)にも負けず劣らずのホテル通いが浮き彫りに。麻生氏に対して「感覚そのものが問われる」とまで批判していた菅首相だが…。

「参院選直後から『ホテルニューオータニ』で会食する機会が増えている。よく使うのは、中華料理の『タイカンエン』や、ミシュランガイドで星を獲得した日本料理の『なだ万』など、高級店ばかり。出席者は民主党関係者や首相補佐官ら“お友達”が圧倒的。伸子夫人が同伴することも多い」(永田町関係者)

首相はホテル暮らしの期間を除き計16回だが、このうち「ニューオータニ」の利用は10回と飛び抜けている。ちなみに、参院選後の利用は7回に上る。一国の首相ともなれば、「警備の関係上、ホテルでの会食などやむを得ない」との指摘もあるが、永田町では、首相の一連の行動は「言行不一致」との批判も多い。永田町有力筋はこう指摘する。

「2008年当時、麻生首相が高級ホテルのバー通いを指摘された際、『感覚そのものが問われている』と、こき下ろしたのがほかでもない菅氏だった。それが自分が首相になった途端、ホテル通いをしていたのでは、本末転倒もいいところだ。そもそも麻生氏がホテルに通っていたのは、番記者に知られないように、経済人や要人など様々な人物と会うためだ。しかし、菅首相の場合は“お友達”との食事が目立つ」

実際、首相は麻生氏がバー通いで猛バッシングを浴びていた際、「安いところで酒を飲むと言うと、われわれの感覚では焼き鳥屋だ」と断言。それが、高級店で料理に舌鼓を打っているとなれば、矛盾を指摘されても仕方がない。庶民派の化けの皮がはがれ、またもや自らの発言がブーメランのように返ってきている。
(zakzak)より抜粋
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20100809/plt1008091626002-n2.htm




↑ 動画と比べて下さい。

「菅首相の贅沢な食生活」

8月1日 ホテルニューオータニ 日本料理店 なだ万
8月5日 グランドプリンスホテル広島 日本料理店 羽衣
8月6日 広島エアポートホテル宴会場 楓/日本料理店 つきじ植むら 山王茶寮
8月7日 赤坂 叙々苑 游玄亭
8月8日 東銀座 築地寿司店 樹太老
8月15日 ホテルニューオータニ 日本料理店 岡半
8月16日 溜池山王 聘珍樓
8月17日 皇居で天皇・皇后両陛下と夕食
8月18日 ホテルニューオータニ 日本料理店 紀尾井町藍泉
8月19日 南青山 焼肉 よろにく
8月20日 ルース駐日大使と帝国ホテルで夕食
8月22日 ホテルオークラ 鉄板焼 さざんか
8月23日 赤坂 日本料理 黒座暁楼
8月24日 六本木 日本料理 さかなや富ちゃん
8月26日 ホテルニューオータニ 鮨屋久兵衛

8月27日 ラーメン屋で1300円の夜食←大ニュースとして報じられ「庶民派宰相だ!」と反日マスコミは応援!!

9月1~14日は民主党代表選

9月14日 ホテル ザ・プリンスパークタワー東京
9月15日 日本料理店 山里
9月17日 すし店 赤坂 鮨金ちゃん
9月19日 すき焼き店 岡半
9月20日 インターコンチネンタル ホテル東京 中国料理店 花梨
9月21日 鹿児島黒豚専門料理店 黒福多
9月26日 日本料理店 すき焼やまもと
9月28日 赤坂・ 日本料理店 七福神 環

菅首相は米大統領の真似をして官邸執務室からのテレビ演説を検討するのは日本国民を白痴だと馬鹿にしているからであり、反日マスコミが応援しても菅首相の庶民派の化けの皮は剥がれているのです。

良識ある日本国民の皆様、菅首相の官邸執務室からのテレビ演説についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、国際人権団体が国連事務総長を批判したのはご存知だと考えます。

「中国には何も言わない」 国際人権団体が国連事務総長を痛烈に批判

【ニューヨーク=松尾理也】国際的な人権監視団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(本部ニューヨーク)は24日、「“対話”や“協力”の美名の下に、圧制国家への国際的な圧力が急速に失われつつある」との年次報告書を発表した。なかでもやり玉に挙げられたのが、潘基文国連事務総長。「人権侵害を繰り返す国々に対して圧力をかけるのをことさらにいやがることで有名」と、その姿勢を強烈に批判した。

 報告書は潘氏について「国際的な地位がそれほどでもない国々に対しては強い批判を口にするものの、中国のような大国については何も発言しない」と指摘。ノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家、劉暁波氏に対する弾圧など同国の人権問題に関して、訪中の際に口をつぐんだことなどを挙げ、潘氏の指導者としての能力に疑問を呈した。
(1月25日 産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110125/chn11012509030016-n1.htm

>「国際的な地位がそれほどでもない国々に対しては強い批判を口にするものの、中国のような大国については何も発言しない」と指摘。ノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家、劉暁波氏に対する弾圧など同国の人権問題に関して、訪中の際に口をつぐんだ

私は本ブログで再三再四、韓国が世界大統領と呼ぶ「国連の潘基文事務総長」について記事としていますが、すでに世界各国の有識者からも「歴代の国連事務総長の中で最低・最悪・無能」などと批判されており、3日付の米紙「ニューヨーク・タイムズ」は社説で「中共を訪問中の潘基文国連事務総長」が1日に「北京で胡錦濤国家主席と会談」した際、ノーベル平和賞受賞が決まった服役中の民主活動家「劉暁波氏に対する弾圧」など「中共の人権問題」に触れなかったことを「恥ずべき沈黙」と厳しく非難しています。

国連事務総長の立場であれば、中共による「劉暁波氏に対する弾圧」や「チベット・ウイグルに対する弾圧」など「中共の人権問題に抗議」するのが当然ですが、「韓国人」の潘基文事務総長では「親である中共に文句」は言えませんし、中共外務省の洪磊副報道局長は18日の定例記者会見で「潘総長の再選出馬に関する質問」に対し「国連はここ数年間、世界平和の維持や共同発展の促進、国際協力の拡大に貢献してきた。われわれは潘総長のこうした努力を常に支持し、協力しており、今後も引き続きそうするつもりだ」と述べ、中共は「潘基文国連事務総長の再任を支持する立場を表明」しているのですから、潘基文国連事務総長は中共に媚びるだけです。

潘基文国連事務総長は「韓国の立場」で考えるのも有名であり、昨年起きた「韓国海軍哨戒艦が北朝鮮の魚雷攻撃で沈没したとされる事件」でも、韓国軍と民間合同調査団の調査結果を「否定し得ないもの」と支持した上で「北朝鮮の容認しがたい行為は、地域の平和と安定を促す国際努力に反する」と北朝鮮を厳しく非難し、「韓国国民の焦燥感と怒りが十分に理解できる。国連事務総長としても、一人の韓国国民としても、非常に心が痛む。私の気持ちがわかるでしょう」と述べ「私の祖国だ」とまで付け加えましたが、国連事務総長が出身国に対する感情を吐露するのは異例のことです。




「世界で最も危険な韓国人、潘基文」http://newsweekjapan.jp/stories/world/2009/06/post-234.php


私は本ブログで再三再四、「潘基文国連事務総長による国連の日本批判」を書き記しており、昨年6月には「児童の権利委員会」が採択した日本に対する文書に「歴史教科書が、歴史的事件に関して日本の解釈のみを反映しているため、地域の他国の児童との相互理解を強化していないとの情報を懸念する」とあり、昨年6月16日付の「韓国」の聯合ニュースは「国連子どもの権利委員会」が日本の歴史教科書に対して「アジア太平洋地域の歴史的事件に対しバランスの取れた視角を示せるよう、教科書を公式に再検討することを政府に勧告する」など「日本の教科書を批判」しましたが、国連子どもの権利委員会とは韓国人の「李亮喜」(イ・ヤンヒ)氏が「委員長」なのですから、「歴史を捏造する韓国」が「国連」の立場を悪用して「日本の教科書是正を勧告」したのは明白です。

2009年7月23日に「女性差別撤廃委員会」は「日本軍慰安婦」問題で「法的に解決済み」との主張を繰り返す外務省に対し、委員からは「何度も同じ説明を繰り返しているが、それでは不十分だ。日本政府は、この歴史的問題を避けずに、誠実に正面から取り組むべきだ」と強烈な日本批判がされ、2006年に設立された「国連人権理事会」は日本政府に対し「日本の人権状況に関する報告書」の中で「慰安婦(日本軍性奴隷制)問題に関する完全な解決」を日本政府に対し要求しましたが、国連が韓国が捏造した「従軍慰安婦」で日本叩きをする理由とは「韓国人が世界大統領」と呼ぶ「国連事務総長」の言動を見れば分かります。

潘基文国連事務総長、米下院レントス議員との会談で慰安婦決議案の採択必要性強調

<アンカー> 日本政府の公式謝罪を促す日本軍慰安婦決議案が来週に米下院に上程されます。潘基文(バン・ギムン)国連事務総長が決議案通過を助けるためにアメリカに飛びました。ワシントン、ワン・イルフィ特派員がお伝えします。

<記者> バン・ギムン国連事務総長とトム・レントス米下院外交委院長がワシントンで会いました。バン総長とレントス委員長は昼食を兼ねて一時間の会議を持ちました。国連人権制度改善法案が主要議題でした。バン総長が日本軍慰安婦決議案に対する新聞記事を見せて決議案の採択の必要性を強調しました。国連も人権次元で米下院の決議案処理を関心をもって見守っていると言いました。

「バン・ギムン国連事務総長 : 慰安婦問題に対して決議案を提出する意志を明らかにしたと言うことで、平素からレントス議員が人権保護と関わって積極的な立場を取って来たことをありがたく思っています。」
(2007年6月21日 SBSニュース:韓国語)




潘基文氏が国連事務総長に就任して1年目となる2008年の「複数の国連公式文書」によると、ニューヨークやジュネーブなどの国連事務局に勤務する「韓国人職員数が急増」して就任前に比べて「25%増加」(秘書などの事務職やプロジェクトごとの契約職員も含めた韓国人の職員数(1年以上の雇用が対象)は2006年6月末の時点で51人が就任後の07年6月末時点で64人に増加)していることが報告されました。

国連の政策決定に直接関与できる「最高幹部クラスの事務次長補」(ASG)以上の韓国人職員は2人から潘氏自身や平和維持活動(PKO)分野も含めて「5人」に増えており(前任のアナン氏(1997~2006年、ガーナ出身)の下では自国出身幹部(ASG以上)は就任前の2人から就任2年後に1人に減少、その前任のガリ氏(1992~96年、エジプト)の下では2人から2人へと横ばい、さらにその前のデクエヤル氏(1982~91年、ペルー)の場合は就任前、就任後8カ月の時点とも、ASG以上の自国出身幹部はいない)「潘流の採用や登用は縁故主義」だと国連内でも反発されています。







↑ 2009年の国連分担金「日本は2位」で「分担金405,0百万ドル:分担率約16%」、国連事務総長の母国「韓国は11位」で「分担金52,9百万ドル:分担率約2%」、「GDP世界2位と騒ぐ中共は9位」




2007年10月24日の「国連の日」に、毎年この日に恒例行事として国連本部で行われる事務総長主催のコンサートが開催され加盟192カ国の大使や外交官ら約1600人が出席しましたが、潘事務総長の意向によって母国のソウル・フィルハーモニー・オーケストラが公演を行い、このコンサートの場において「韓国国連代表」が作成した「Welcome to KOREA」と題された「日本海」を「東海」などと表記した「英文のパンフレット」が式次第とともに配られました。

韓国が世界大統領と呼ぶ潘基文国連事務総長がいる限り国連は反日組織であり、中共の人権問題に抗議出来ずに反日抗議ばかりの国連分担金は無駄で、名目GDP世界2位と騒ぐ中共へ負担させるべきです。

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良識ある日本国民の皆様には、TPP参加に反対や慎重を求める意見書が31道県議会で可決されたのはご存知だと考えます。

TPP参加反対・慎重意見書 31道県議会に広がる 本紙集計 市町村議会では980超

例外品目なしに100%の貿易自由化をめざす環太平洋連携協定(TPP)への参加を計画している菅内閣に対して、「参加に反対」「慎重な対応を求める」意見書が31道県議会で可決されていることが、本紙のまとめでわかりました。

「交渉への参加は断じて行わないこと」とした滋賀県議会の意見書には民主党会派だけが反対。「慎重な検討を求める」とした石川県議会の意見書は、民主党系会派の抵抗で「不参加」の文言が削除されました。

三重県議会では、日本共産党と自民党が「TPP参加に慎重な対応を求める意見書」を共同提案。民主系会派がTPP参加を求める立場から「第1次産業のいっそうの構造改革を求める意見書」を提出し、いずれも否決されました。

茨城県議会は参加協議を前提にした意見書を自民・民主・公明・みんなの党などの賛成多数で可決、日本共産党は反対しました。
(1月23日 しんぶん赤旗)より抜粋
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2011-01-23/2011012301_01_1.html

>例外品目なしに100%の貿易自由化をめざす環太平洋連携協定(TPP)への参加を計画している菅内閣に対して、「参加に反対」「慎重な対応を求める」意見書が31道県議会で可決

菅民主党政権は「TPP参加」を目指していますが、すでに「参加に反対」・「慎重な対応を求める」との意見書は、北海道・青森・岩手・宮城・秋田・山形・神奈川」・富山・石川・福井・長野・静岡・滋賀・兵庫・和歌山・鳥取・島根・岡山・山口・徳島・香川・愛媛・高知・福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄の31道県議会で可決しています。

>「交渉への参加は断じて行わないこと」とした滋賀県議会の意見書には民主党会派だけが反対。「慎重な検討を求める」とした石川県議会の意見書は、民主党系会派の抵抗で「不参加」の文言が削除

菅民主党には「TPP参加反対・慎重論の議員」も一部いますが、私は本ブログでも述べたように、菅首相は財務官僚の毒饅頭を食べたことから、「財界が求めるTPP参加」を支持する官僚主導となっているので、菅民主党政権は財界に媚びてTPP参加を目指している「財界と官界の飼い犬」です。




↑ 2010年10月にTPPへの参加をめぐって政府・与党内の意見が割れていることに、「TPPに参加しないと日本は完全に世界の孤児になる。政府関係者には国益をよく考えてほしい」と述べた、米倉弘昌日本経団連(売国連)会長

>三重県議会では、日本共産党と自民党が「TPP参加に慎重な対応を求める意見書」を共同提案

>茨城県議会は参加協議を前提にした意見書を自民・民主・公明・みんなの党などの賛成多数で可決、日本共産党は反対

衆院では「民主党」など与党が過半数の議席を有し、参院では「自民党」など野党が過半数の議席を有する、「ねじれ国会」となっていますが、TPP参加について「自民党は地方でねじれ」となっており、これは、自民党など各政党が国益重視のTPP参加の議論を尽くしていない証で、次期衆院選で政権奪取の自民党も財界に媚びていると言えます。

菅民主党政権が6月を目途に参加をするとの、例外品目なしに100%の貿易自由化をする「環太平洋連携協定(TPP)」については、多くの日本国民が関心を示しており、私は一民族主義者ですが経済問題も取り上げているからか?「意見を聞きたい」と多くの方々よりブログへのコメント・電話・メールが寄せられていますが、方々に共通するのは「反日マスコミがTPP参加は良い」とする報道による信頼出来る情報不足と、政府が公表しているTPPの影響試算での、内閣府・経産省・農水省による試算データの違いだと考えます。




私は、経済産業省産業構造課課長補佐等を勤めて、現在は京都大学大学院助教の「中野剛志」氏の「TPPについての動画」を拝見していましたが、先週末より「掲示板」などでは、中野氏の「TPPはトロイの木馬」とのインタビュー記事に、賛否両論で過熱状態となっており、本ブログには投稿文字数に制限がありますので、中野氏の「動画」をご紹介、TPPはトロイの木馬のインタビュー記事は一部のみ抜粋しますので、全文は以下のアドレスクリックでお読み下さい。

《インタビュー》「中野剛志:TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる」~「livedoorニュース」http://news.livedoor.com/article/detail/5286192/

─TPPの問題点は

「保護されている」と言われる農産品はというと、農産品の関税率は鹿野道彦農水相の国会答弁によればEUよりも低いと言われています。計算方法は様々なので一概には言えませんが、突出して高いわけではありません。それどころか日本の食糧自給率の低さ、とりわけ穀物自給率がみじめなほど低いのは日本の農業市場がいかに開放されているかを示すものです。何をもって保護と言っているかわかりません。そんなことを言っていると、本当に「世界の孤児」扱いされます。

「TPPに入ってアジアの成長を取り込む」と言いますが、そこにアジアはほとんどありません。環太平洋というのはただの名前に過ぎません。仮に日本をTPP交渉参加国に入れてGDPのシェアを見てみると、米国が7割、日本が2割強、豪州が5%で残りの7カ国が5%です。これは実質、日米の自由貿易協定(FTA)です。TPPは"徹底的にパッパラパー"の略かと思えるぐらい議論がメチャクチャです。




─TPPの問題は家庭の食卓にも迫ってくるわけですね

1970年代の石油危機がありましたよね。石油の問題はみなさん心配されますが、石油よりも危険なのは食料です。中東の石油は生産量のほとんどを輸出用に回していて、外国に買ってもらわないと経済が成り立たないため、売る側の立場は意外と弱いものです。ところが穀物の場合は、輸出は国内供給のための調整弁でしかなく、不作になれば売らないと言われかねません。

穀物はまず国内を食わせて余剰分を輸出します。当然不作になれば輸出用を減らして国内へまわすものです。もともと農業は天候に左右されるため量と価格が変動しやすく、特に輸出用は調整弁なので変動が大きいのです。変動リスクが大きいから、穀物の国際先物市場が発達したのです。日本のトウモロコシはほぼ100%米国に依存しているので、僕らは米国の調整弁になっているということです。不作になったら安く売ってもらえなくなります。




私は本ブログで再三再四、「食料自給率」の問題を書き記していますが、TPPで考えるのは農水省の試算では「食料自給率が14%まで低下」するので、日本は、食料自給率約40%を向上させなければ、外国に食料を依存する日本は更に危険になることで、TPP参加は農業だけではなく漁業にも影響するとの問題もあるのです。




財界が求めて政官界が動くTPPに参加するには、食料自給率向上を考えなければ危険であり、地方議会で民主と自民が反対で対立したり賛成で手を組んだりするのは、国益第一との議論がされていないからです。

良識ある日本国民の皆様、TPPについてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、一色正春・元海上保安官がTBS番組で単独インタビューに答えたのはご存知だと考えます。

「裁判で決着つけるべき」尖閣ビデオ事件の元保安官が検察を批判

沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突をめぐる映像流出事件で、国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検され、起訴猶予処分となった一色正春・元海上保安官(44)=依願退職=が22日放送のTBS系列の番組で単独インタビューに答え、「(映像は)秘密にあたらない。裁判で決着をつけるのが法治国家のあり方だが、(起訴猶予処分で)検察はその道を避けた」と批判した。

 また、映像流出発覚の翌日には妻に投稿を告白していたといい、「やるべきことはやった。後悔はない」と説明。「sengoku38」のハンドルネームの意味については「誰にも話していない。伏せておく」と述べた。
(産経新聞 1月23日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110123-00000501-san-soci

>一色正春・元海上保安官(44)=依願退職=が22日放送のTBS系列の番組で単独インタビューに答え、「(映像は)秘密にあたらない。裁判で決着をつけるのが法治国家のあり方だが、(起訴猶予処分で)検察はその道を避けた」と批判した

私はTBSが22日に放送した番組の「一色正春・元海上保安官」の単独インタビューを見ましたが、番組によると一色・元保安官は不起訴処分となった21日夜に約2時間のインタビューに応じたとのことで、「刑事事件で起訴すれば99%勝つと言われる検察」としては「国家公務員法の守秘義務違反で起訴しても負ける」と判断して「逃げた」のです。

>映像流出発覚の翌日には妻に投稿を告白していたといい、「やるべきことはやった。後悔はない」と説明

一色・元保安官は「映像流出発覚の翌日には妻に投稿を告白していた」だけではなく、政府が公開に消極的なことから昨年11月4日に「自分しかやれる人間はいない」・「自分がやらないと」と決意して動画投稿サイトに投稿したと話し、映像流出の目的については「あの海域で起きていることは一般の人は知らない。見て考えてほしかった」・「公務員はこんなことしたらあかんという人もいるが、一日本人、一国民としてやった」などと話していましたが、本ブログには投稿見字数に制限がありますので「一色・元海上保安庁職員の独占インタビュー」は以下の動画をご覧下さい。(すでに動画は削除されました・・・)


>「sengoku38」のハンドルネームの意味については「誰にも話していない。伏せておく」と述べた

仙谷前官房長官は記者会見で、ネット流出のビデオ映像投稿者が「ハンドルネーム」に「sengoku38」と仙谷氏の名前を使ったことに不快感を示し、「『うその三八』でsengoku38なのかな」と周囲に漏らしたとの報道があり、私はその際に「うその三八」をネットで調べて本ブログの記事にも書きましたが、『家康が江戸に入部した際、三河の八部と呼ばれた連中を伴って江戸の治安をまかせたが、これらは質が悪く、自分の気に入らぬものをどんどん捕まえて、拷問で自白させ、罪に処したため、「うその三八」という言葉ができたそうです。』などとあり、「一色・元海上保安庁職員」が知った上かは謎でも「仙谷前官房長官」にはピッタリでした。

仙谷前官房長官は、尖閣沖衝突事件のネット映像流出について「刑事事件捜査は密行性をもって旨とするというのは、刑事訴訟法のいろはの『い』だ」と述べ、「この映像記録が、刑事訴訟法47条に規定する訴訟に関する書類に該当するのは間違いないのではないか」などと述べて、法務省の西川克行刑事局長は参院法務委員会で「証拠品という扱いはしていないが、捜査の資料として提供を受けたものだから、当然のことながら(刑事訴訟法)47条の訴訟に関する書類には該当してくるだろう」と答弁して、「菅民主党政権は全てのビデオ映像非公開」を続けています。

私は本ブログで再三再四、「刑事訴訟法47条」では「公益上の必要が認められる場合」は証拠書類の公開を認めているのですから「日本に有利」なビデオテープの公開を「公益にかなわない」と判断した「仙谷前官房長官は間違いだ」と反論を続けて来ましたが、「一色・元海上保安庁職員」と「中共人船長」が「不起訴処分(起訴猶予処分)」になったのですから、すでに「ビデオ映像は訴訟に関する資料ではなくなった」のであり「菅民主党政権はビデオ映像全面公開」をすべきです。

一色・元海上保安庁職員によりネットで公開されたビデオ映像は、海保職員が撮影した「4本のテープ」のうち「2本を編集したもの」で、「中共人船長らを逮捕するシーンは残りの2本に収められている」と言われ、この残りの2本のビデオ映像には「中共人船長を逮捕する際に、海保職員が海に落下して命を落とすような、危険にさらされたシーンが収められている」との情報があります。




菅民主党政権が「ビデオ映像全面公開」をすれば「日本」だけではなく、中共との領土問題がある「アジア近隣諸国」や「世界各国」に「中共の非道行為」を証明出来るのであり、日本国民としては真実を「知る権利」があるのです。

仙谷前官房長官は、中共漁船に衝突された「海保巡視船の修理費を中共に要求する」と述べていましたが、海保巡視船は「国民の血税」で造船され保持されている「国民の財産」ですから、「中共へ修理費用を要求」するのは「財産権を侵害」されたとの「国民の権利」です。

日本国民の権利として、「菅民主党政権」と「与野党」に「中共人船長逮捕時を含むビデオ映像全面公開」と「中共への海保巡視船の修理費請求」を求めましょう。

「首相官邸・ご意見募集」https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html

「民主党・ご意見・ご感想」https://form.dpj.or.jp/contact/

「自民党・ご意見」http://www.jimin.jp/jimin/goiken/index.html

「公明党・ご意見・ご要望」https://www.komei.or.jp/contact/

「みんなの党・ご意見」https://www.your-party.jp/contact/mail.cgi

「たちあがれ日本・ご意見・ご要望」https://www.tachiagare.jp/contact.php

「首相官邸」 03-3581-0101

「民主党」 03-3595-9988

「自民党」 03-3581-6211

「公明党」 03-3353-01111

「みんなの党」 03-5216-3700

「たちあがれ日本」 03-3582-8111

sengoku38こと一色・元海上保安官の単独インタビューで考える事は国民の知る権利であり、尖閣衝突事件での中共人船長逮捕のビデオ映像全面公開と、国民の財産権を侵害した中共への海保巡視船の修理費請求を与野党に求めましょう。

良識ある日本国民の皆様、ビデオ全面公開と中共への修理費請求についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、茨城県で日教組の教研集会が始まったのはご存知だと考えます。

日教組教研集会始まる=3000人が参加-茨城

60回目となる日教組の教育研究全国集会が22日、茨城県で始まった。3日間の日程で、全国から集まった約3000人の教員らが26の分科会に分かれ、教育方法や学校現場が抱える問題について報告する。

 同県ひたちなか市で22日午前に開かれた全体集会で、中村譲委員長は「『貧困と格差』という負の遺産の解決を図り、子どもたちの学習権を保障しなければいけない」とあいさつした。

 午後から開かれる分科会では、いじめや貧困の問題、4月から小学校で完全実施される新学習指導要領などについて話し合う。
(時事通信 1月22日)より抜粋
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011012200135

>日教組の教育研究全国集会が22日、茨城県で始まった。3日間の日程で、全国から集まった約3000人の教員

今年の日教組の教研集会は茨城県で「22~24日」の3日間の日程で始まりましたが、24日は平日ですから「全国から集まった約3000人の教員」は生徒を見捨てた「職場放棄」をするのですから「教員免許を剥奪」すべきであり、これまでにも日教組は地方公務員である教職員が「地方公務員法第37条」により「いかなる争議行為も禁じられている」のにストライキを行っており、日教組の強い地域は学力の低下が問題となっています。(↓ 2008年度調査で、日教組の牙城であるH20と呼ばれる北海道・広島・大分はワースト争いの実態)




>中村譲委員長は「『貧困と格差』という負の遺産の解決

>午後から開かれる分科会では、いじめや貧困の問題

私は本ブログで再三再四「日本教職員組合(日教組)」の問題を書き記しており、「貧困と格差」という負の遺産や「いじめや貧困の問題」などは「日教組が産みの親」であり、文部科学省は13日に「公立学校の教職員」のうち「日教組に加入している教職員の割合」(昨年10月時点)は、「前年比0.5ポイント減の26.6%」で1977年から34年連続で低下したと発表しましたが、「公立学校の教職員」の「4人に1人は日教組の教職員」ですから「日教組を解体」しなければこれらの問題は解決できません。

「いじめを実践している日教組教師に、いじめは解決出来ない」

何よりもおかしいのは、「学校でのいじめ」は、子どもたちだけではない、という事実です。日教組の組合員ではない先生が、日教組の先生に話しかけました。大切な授業のことを尋ねたそうです。しかし日教組の先生はこれを無視しました。何を話しかけても、組合員でない先生からの問いかけには一切答えない。「組合員になれば話をしてやる」というのです。無視は、いじめの中でも特に陰湿なものです。

こんな教師が、いじめを実践している教師が、どうして子どものいじめ問題を解決することができるでしょうか。

教育格差を広げる日教組=民主党

平成11年に広島県で、 1人の校長先生が自殺しました。石川敏浩・広島県立世羅高校校長。広島県の日教組(広島県教職員組合)は、卒業式での国旗・国歌の実施に激しく反対しました。石川校長は苦悩の末、ついに自殺という道を選ばざるを得なかった。そこまで日教組は石川校長を追い詰めたのです。日教組による、良心的校長への常軌を逸した「いじめ」。広島県だけではありません。全国各地で類似の問題がたくさん起きているのです。

「教育の自治」という美名を楯に、教育を放棄して政治闘争する日教組。彼らは力で、言うことを聞かない先生や校長に弾圧を加え、一方であきれた仕事ぶりを黙認させるのです。日教組の支援で党勢を拡大している民主党は、日教組によって失われつつある公教育への信頼を、どう取り戻すつもりなのか。このまま日教組の暗躍を黙認していたら、私学受験がますます盛んになり、「教育の格差」が広がる悪循環から立ち直ることはできないのです。公教育不信を招いている日教組の全面的支援を受ける民主党に、教育格差を論ずる資格はまったくないのです。
(あきれた教育現場の実態)より一部引用
https://youth.jimin.or.jp/iken2/index.html




2009年度に児童相談所における「児童虐待相談の対応件数は4万4210件」で前年度比5%増加と「過去最悪を更新」しており、法務省の地方組織の一つである「全国の法務局」が平成21年に救済手続きを始めた人権侵害のうち「児童虐待」は「前年比15.6%増」の725件と「過去最多」となっており、「法務省人権擁護局」によると「人権侵害」の「暴行」・「虐待」は5099件と最も多く「家族による児童虐待」は4年連続で増えたとの事ですが、日教組は「権利」と「自由」ばかりを主張してその影響を受けた子供たちは「義務」や「責任」を知らずに育ち、「日教組」の偏向教育を受けた子供たちが「親」となり「児童虐待」をしているのです。




日教組は常日頃「人権」を主張するのに「北朝鮮の国家的テロ犯罪」である「日本人拉致被害者問題」には抗議もせず、日教組は「北朝鮮を地上の楽園」と仰いでおり「北朝鮮系」の教師も多いのです。

元教師が語る日教組の実態

最近、横浜の中学で教師をしていた元日教組のN女史と会う機会があった。彼女は神奈川県日教組が年々腐敗、堕落していく現状を見て退職した人だ。彼女の話によると神奈川県の日教組では在日北朝鮮系教師たちの勢力が拡大しているという。

朴甲東氏(金日成時代の元幹部)によると、毎年北系の若い在日が万景峰号で北朝鮮に送り込まれ、徹底した反日教育を受けているという。洗脳された若い在日が北系のコネで年々教師に採用され、日本の一部勢力は将来巨大な反日勢力になると指摘した。

日教組に朝鮮総連

数年前、逗子で行われるはずの櫻井よしこ氏の講演会が日教組の横槍で中止になった経緯がある。K.S社長は櫻井氏の講演会を楽しみにしていただけに、中止に対して不満であった。彼は早速横浜の日教組に電話を入れ、高橋事務局長に抗議した。彼の質問に答えきれなくなった高橋氏は「今、朝鮮総連の人がいるから代わります」と言った。

朝鮮総連の某氏は従軍慰安婦、創氏改名、強制連行など、「過去の日本が犯した悪徳」をK.S社長に説いた。しかし歴史に詳しいK.S社長の反論に答えられず、今度は「同和の人に代わります」と言った。何故日教組に朝鮮総連や同和の人達がいるのか。K.S社長は驚きを隠せなかったと述懐する。
(山本善心の週刊「木曜コラム」)より一部抜粋
http://www.fides.dti.ne.jp/~shinwa/column/shuukannkoramu/75.htm




日教組の政治組織である「日本民主教育政治連盟」は、輿石民主党参院議員会長など所属9名のうち8名が「民主党議員」であり「日教組は民主党の支持母体」で、一昨年の「日教組」の「新春の集い」で「輿石参院議員会長」は「教育の政治的中立などと言われても、そんなものはありえない。日教組とともに戦っていくことをお誓いし、永遠に日教組の組合員であるという自負を持っております」と教員の選挙運動を勧める暴言を吐き、これは「国家公務員法」に準拠している「教育公務員特例法」が定める公立学校教員が禁止されている「政治的行為」に抵触するかの発言でした。

日教組の加入者数は約29万人ですが、仮に組合費を毎月1千円で計算しても年間約35億円もの資金源となり、日教組の財務は非公開とされているので資金の流れが分からない怪しい反国家団体で、北朝鮮を地上の楽園と仰ぎ朝鮮総連との関係もある赤い悪魔の日教組を解体し、いじめと格差の元凶である日教組の教研集会に参加した教職員は職場放棄をしたのですから教職員免許を剥奪すべきです。

良識ある日本国民の皆様、日教組についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、韓国人らが突然呼び出されて日本に強制連行されたとの報道はご存知だと考えます。

朝鮮人強制連行:突然の呼び出し、日本に連行 作家・野添さん、体験者に聞く

戦時中に県内に強制連行された朝鮮人の労働の実態を調べている民間団体「県朝鮮人強制連行真相調査団」の事務局長で能代市在住の作家・野添憲治さんが昨年12月に訪韓。生存している当時の労働者4人と会い、過酷な労働環境について聞いた。

このうち八峰町にあった旧大日本鉱業発盛精錬所に連行された3人によると、当時の朝鮮の役場に突然呼び出され、汽車と船で日本に連行された。精錬所では鉱石運搬や破砕などに従事。労働者の寝食の場である飯場は5、6棟あったが冬でも暖房を使わず、食事も極めて少なかった。「疲労や空腹で倒れると、棒で殴ってきた日本人監督がいた。名字を今でも覚えている」と語った男性もいたという。

同精錬所付近では、野添さんらが朝鮮人労働者の墓を確認している。3人は「直接死者を見たことはないが、僧侶がよく来てお経を上げていた。墓地は見たことがない」と証言した。

野添さんによると、旧厚生省が1946年に作成した名簿では同精錬所での朝鮮人労働者は計201人。その中に今回聞き取りをした3人は含まれていない。
(毎日新聞 1月20日)より抜粋http://mainichi.jp/area/akita/news/20110120ddlk05040003000c.html

>「県朝鮮人強制連行真相調査団」の事務局長で能代市在住の作家・野添憲治さんが昨年12月に訪韓

作家の「野添憲治」氏についてネットで調べても少ない情報しか見つかりませんでしたが、反日勢力が捏造した「朝鮮人強制連行」を信じて実態調査に「韓国まで行く」人物ですから「反日左翼」でしょう。

>連行された3人によると、当時の朝鮮の役場に突然呼び出され、汽車と船で日本に連行された

私は本ブログ2009年7月の記事で「川崎市平和館に在日コリアンの戦争体験」とのビデオコーナーが設けられた際に、在日朝鮮人1世の「徐類順」氏の「(自分の)おじさんが畑仕事の時、強制徴用された」・「当時は家族も徴用の事実を知らされなかった」との証言を書き記しましたが、「徴用」されたのであれば「勤務先」などは家族にも分かるのであり、徐類順氏は1940年に家族と14歳で来日したなど「過去の発言」と大きく食い違っている「大嘘つき」でしたから、突然呼び出され連行されたとの「この韓国人3人も大嘘つき」です。




↑ 徴用令書(従事すべき場所や出頭すべき日時など記載)

1944年11月末に徴用令を受け取った「鄭忠海」氏は、日本で出版した著書「朝鮮人徴用工の手記」の中で、「…後を振り返りながら、別れの言葉もそこそこに集合場所である永登浦区庁前の広場に向かった。広場は出発する人、見送る人で一杯だった。徴用者の点呼が終わると一同は隊伍を組んで商工会議所の前に集まり、各地から動員された人々と共に壮行会が催された」と書いています。

>冬でも暖房を使わず、食事も極めて少なかった。「疲労や空腹で倒れると、棒で殴ってきた日本人監督がいた。名字を今でも覚えている」

本当に棒で殴られた日本人監督の名字を今でも覚えているなら、「日本を恨む韓国人」なのですから堂々と言えるでしょうが、1944年に広島の軍需工場に徴用された鄭忠海氏は「朝鮮人徴用工の手記」の中で、「新築の寄宿舎で新しい寝具が準備され、食事も十分で満足でき、仕事は日本人女子挺身隊員といっしょであり、女性たちとの恋だの愛だのということに心をうばわれているようで、工場内の風紀は言葉にならないほどだった」と書いています。

>3人は「直接死者を見たことはないが、僧侶がよく来てお経を上げていた。墓地は見たことがない」と証言

>旧厚生省が1946年に作成した名簿では同精錬所での朝鮮人労働者は計201人。その中に今回聞き取りをした3人は含まれていない

僧侶がお経を上げていたのは知っていても「死者も墓地も見た事はない」とは・・・^^、厚労省の作成した名簿には「3人は含まれていない」とは・・・(笑)、私は本ブログ2010年11月の記事で「丹波マンガン記念館」について書き記しましたが、設立者の在日朝鮮人1世の「李貞鎬」氏は「1933年(昭和8年)生まれで1歳の時」(本人の記憶が曖昧で日本で生まれたとの発言もあり、在日2世の可能性もあります)に「日本で仕事を求める父親と一緒に来日」しているので「強制連行」ではありませんし、「朝鮮から日本へ食えなくなってきた者も強制連行だ」と話して「出稼ぎ労働者も強制連行」としており、「朝鮮人は大嘘つき」ばかりです。

「1910年」(明治43年)に「日韓併合条約」(韓国併合ニ関スル条約)が終結して「朝鮮」は正式に「日本国朝鮮地方」となり「貧しさを極める朝鮮」から「豊かな日本」に渡ってくる朝鮮人が激増し、昭和14年に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、昭和20年には約200万人となり「増加した100万人」のうち「70万人は自分から進んで日本へ職を求めてきた個別渡航者」と「日本で生まれた者」で、「残りの30万人も工鉱業・土木事業の募集に応じて来た者」であり、強制連行ではありません。




↑ 民・官斡旋と徴用(強制ではない)の労務動員の実態




↑ 労務動員前・中でも「自由意志」での渡航者が多い実態

1938年の「国家総動員法」に基づき、朝鮮では39年「朝鮮人労働者募集要項」(民募集方式)、42年「朝鮮人内地移住斡旋要綱」(官斡旋方式)がありましたが、これらは強制連行ではなく「朝鮮人の自由意志」でしたし、1939年の「国民徴用令」(徴用方式)は日本内地では実施されても「朝鮮への適用」はさしひかえ、44年9月に朝鮮で徴用が行なわれましたが「翌年3月までのわずか約半年間」だけであり、これも強制連行ではなく「日本国民の義務」でした。(国民徴用令とは、工場や炭鉱などに国民を勤労動員することを可能にする法律で、当時の朝鮮は「日本国朝鮮地方」であり、当時の「朝鮮人は日本国民」なのですから「日本人」と同じく「徴用に応じる義務」がありました)

炭鉱などの開拓史は「過酷な労働の歴史」とも言われ、「一旗上げよう」と考えた「日本人」や「朝鮮人」の就労希望者が多かったのであり、1944年頃の九州の炭坑では「朝鮮人の月収は150~180円」で「巡査の月給(45円)のおよそ3~4倍」・「大卒事務系初任給」(75円)の2倍以上」の金を稼いでおり、炭坑や鉱山での仕事は過酷でも「労働環境が厳しい分給与が厚遇」されて「朝鮮人の就労希望者は多かった」のですが、朝鮮人は「日本への出稼ぎ労働者」なのに歴史を捏造しては「日本へ強制連行された」と言います。

強制連行されたとの韓国人の証言では、「農作業中などに無理矢理トラックに乗せられて日本内地へ送り出された」などがありますが、これを実行したのは日本人ではなく「朝鮮人」ですし、1965年に「朝鮮人強制連行の記録」を出版した「朝鮮総連」の活動家である「朴慶植」という人物が「強制連行」を捏造したのであり、引用した「鎌田澤(沢)一郎」氏の著書「朝鮮新話」の320ページ「但(ただし)総督がそれまで強行せよと命じたわけではないが、上司の鼻息を窺ふ朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけたのである。」の部分を「わざと省いた」のです。







韓国は、もう歴史を捏造して出稼ぎ労働者を日本に強制連行されたとの大嘘は通じないと自覚すべきで、徴用を強制連行にしたのは朝鮮人であり、朝鮮総連の活動家である朴慶植の朝鮮人強制連行の記録も大嘘です。

良識ある日本国民の皆様、強制連行されたとの韓国人についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、朝鮮総連がNHKに謝罪を求めたのはご存知だと考えます。

主権国家への許しがたい冒とく NHKに謝罪求める

NKHは、15日放送の解説番組「ニュース深読み」のなかで、朝鮮の経済状況や選挙制度、延坪島砲弾事件などに言及しながら、事実をわい曲した悪質な報道を流し、「北朝鮮は、とんでもない駄々っ子」、「民主主義のない独裁国家」などと、あらゆる下劣な表現で朝鮮を冒とくした。 

この報道と関連し、総連中央常任理事会と各団体の代表らは17日、NHK本社(東京・渋谷)を訪ね関係者に抗議した。

また、教職員を代表して参加した役員は、「過去の事例が示しているように、こうした悪質な報道によって、朝鮮学校に通う子供たちに危害が加わるようなことがあれば、誰が責任をとるのか」と生徒らの安全を危惧した。
(朝鮮新報 1月19日)より抜粋
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2011/02/1102j0119-00001.htm

>朝鮮の経済状況や選挙制度、延坪島砲弾事件などに言及しながら、事実をわい曲した悪質な報道を流し、「北朝鮮は、とんでもない駄々っ子」、「民主主義のない独裁国家」などと、あらゆる下劣な表現で朝鮮を冒とく

これまでNHKは、事実をわい曲した悪質な「反日報道」を繰り返しているのは事実で「多くの日本国民」が怒っていますが、北朝鮮も「事実をわい曲した悪質な反日報道」を繰り返しているのであり、私から見れば「反日NHK」と「反日総連」との「仲間割れ」ですから「反日組織は共倒れ」すべきです。

>この報道と関連し、総連中央常任理事会と各団体の代表らは17日、NHK本社(東京・渋谷)を訪ね関係者に抗議した

この報道と関連し・・・、「総連」など「北朝鮮」を支持する在日朝鮮人らの「反日団体」は、NHKが15日に放送した「ニュース深読み」だけではなく、本ブログでも再三再四書き記したように「韓国の国策で儲ける電通」と深い関係の「NHK」が、「韓国ドラマ」・「韓国情報番組」だけではなく「出稼ぎ韓国芸能人の少女時代」をトップニュースで放送しては「第2の韓流ブーム」を捏造していることに怒っているのです。

私は本ブログで再三再四「反日放送局のNHK」の問題を書き記しており、NHKとは国が直接運営する「国営放送」ではなく「総務省所管の特殊法人」として、「公共放送」との形式により「視聴者」(受信契約者)から強制的に「受信料」を取り立てて運営していますが、NHK自体は法的に営利活動が出来ないから「法の抜け道」として「関連団体に営利企業を持ち、天下りや多額の利益を上げている」との批判があり「電通との深い関係」も指摘されています。




株式会社総合ビジョンとは、NHKエンタープライズの「小野直路」代表取締役社長が「取締役 (非常勤)」で「㈱電通 取締役専務執行役員」もおり、「株主」は「株式会社NHKエンタープライズ」・「株式会社 電通」ですし、「取引先」には「日本放送協会(NHK)」・「株式会社 電通」とあり、「ご挨拶」には「当社はNHKグループおよび電通グループの一員として・・・」と書かれているので「NHKと電通が深い関係」にある会社です。「株式会社総合ビジョン」http://www.sogovision.co.jp/com/index.html

>教職員を代表して参加した役員は、「過去の事例が示しているように、こうした悪質な報道によって、朝鮮学校に通う子供たちに危害が加わるようなことがあれば、誰が責任をとるのか」

教職員とは「朝鮮学校」の教員でしょうが、「在日朝鮮人」は悪い事をする時には「日本人になりすます」だけではなく、これまでにも「朝鮮学校の生徒」たちが「チマ・チョゴリが切り裂かれた」・「通学中にキムチが盗まれた」など「自作自演」により「日本人に同情」をさせるのでも有名です。




朝鮮学校へ通う在日朝鮮人の「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の「自作自演」疑惑を追及した、在日朝鮮人3世のフリーライターは報道直後に「不審死」をしましたが、当時の記事はアドレスクリックでお読み下さい。「チマ・チョゴリ切り裂き事件」の疑惑(宝島30 1994年12月号) 金武義(きむ・むい) http://senmon.fateback.com/hantou/kimu_mui/km_chima.html

私は本ブログで再三再四書き記したとおり、反日教育を行う日本全国の「朝鮮学校」を管轄する「在日本朝鮮人総連合会」(朝鮮総連)は「資金面」で金正日政権を支えており、北朝鮮の国家的テロである「日本人拉致事件」へのさまざまな関与も明らかとされ、朝銀信用組合やパチンコ業界による送金・脱税の不正会計問題もあり、「北のマタ・ハリ」こと「脱北者を装い韓国でスパイ活動をして検挙された女工作員」が日本に入国した際の協力者には「朝鮮総連」傘下組織の幹部の名前が起訴状に書かれるなど「朝鮮総連こそは北朝鮮の対日工作機関」です。




TBSと同じで「在日採用枠」があると言われるNHKですが、TBSが朝鮮支配テレビ局になったのも「総連」の圧力に屈したのですから「NHK」も経緯は同じでしょうし「石原都知事」の著書からも想像が出来ます。

【コピペ】TBS窓際放送局社員の独り言

(1)1960年代~  

テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかいの問題 (例えば「朝鮮民主人民共和国」を“北朝鮮”と呼んでしまった、など)に対して、朝鮮総連から会社及び経営幹部の自宅に対して脅迫に近い抗議行動が繰り返される。

抗議行動に対する「手打ち」として、採用枠に“在日枠”が密かに設けられる。総連幹部の子弟を中心に入社試験無し(カタチだけの面接)での採用が毎年続く。在日枠の密約を所轄官庁に対して内密にしてもらうよう局側から総連に「お願い」をしてさらに弱みを握られるなど、素人のような甘い対応で身動きがとれなくなっていく。

【国家なる幻影】 わが政治への反回想  石原慎太郎

議員になってからもう一つ、政治家としての、これはテレビでの発言が元になって思いがけぬ脅迫に遭った。当時北朝鮮は、実質的に国家・政府と一体である労働党の規約にその頃になっても「日本軍国主義」を打倒するなどといった大時代的な文言を掲げ、なおかつ中共とも手を組んだ執拗な日本攻撃を繰り返していた。

朝鮮半島問題について語った折に私がそれに触れ、こうした国との友好はその限りで不可能だし、彼等が日本に何かを望むならばまずすみやかに日本を敵国視することをいわば国是としているような異常な状態を改めるべきだといったらたちまち日本在住の北朝鮮人たちから抗議が殺到し、ある日突然逗子の家に彼等の代表なる男たちが約束もなしに押しかけてきた。

居留守を使うのも姑息だし、家に上げるつもりもなく、玄関から出て門内の前庭で会った。彼等の抗議は激しいというよりいかにも口汚く、中の一人がちょうど玄関先の庭で三輪車を漕いで遊んでいた、今は代議士になった長男を指して、「お前が謝らなければ、そこにいる息子を殺してやるから覚悟しろ」 とまでいった。

そう聞いた途端私もかっと来て、「お前さんたちがもしそんなことをしたら、この俺に投票してくれた三百万余の日本人たちだけでなく、多分ほとんどの日本国民が貴様らを許さないだろう。いや、本気でそういうなら今ここでそうしてみろ。誰かが息子に指一本かけただけで、即座に警察を呼んでぶちこんでやる。するならしてみろ」

本気でいったら一人冷静な男がいて私にはわからぬ言葉で周りをとりなしていた。

「俺はあくまで事実をいっただけのことで、それが違うというなら、違うという事実を見せて抗議をしたらどうだ」といったら相手が話をそらせて過去の日本の植民地支配がどうのこうのというから、そんな話ならもっと公開された場所でしたらどうだ、私の発言もテレビでのことだし、その気があるならテレビでの機会を作ってやるから誰かしかるべき代表が出て来てすべき主張をしたらいい。

断わっておくがこの日本はお前たちの国とはちがって言論に関してはあくまで開かれているのだからな、といってやったら形勢不利と見てか、いずれ出直してくると言い置いて帰っていった。




↑ NHKが2010年8月25日の「ニュースウオッチ9」で、大々的に「韓国の出稼ぎアイドル」である「少女時代」と「KARA」の宣伝を!

朝鮮総連がNHKに謝罪を求めるのは韓国の国策で儲ける電通との深い関係に怒ったからであり、TBSと同じで在日採用枠があると言われるNHKと総連は仲間割れで共倒れすべきです。

良識ある日本国民の皆様、反日テレビ局のNHKに抗議する反日組織の総連についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、韓国が天皇陛下ご訪韓の招待文を送り民主党政権が検討しているとの報道はご存知だと考えます。

日朝交渉の再開、金外交通商相「韓国との協議前提」

韓国の金星煥(キム・ソンファン)外交通商相は13日、聯合ニュースとのインタビューで、前原誠司外相が日朝交渉の再開に意欲を見せたことに関して「日本が韓国との協議なしに北朝鮮と対話することはないだろう」と述べた。

天皇陛下の韓国訪問については「すでに招待文を送った。日本側もどのように訪韓するか検討しているようだ」と指摘し「訪韓が実現すれば歴史問題を処理するのに相当役立つと考える」との認識を示した。
日本経済新聞
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9381959FE3E1E2E0E08DE3E1E2E3E0E2E3E39C9CE2E2E2E2

>天皇陛下の韓国訪問については「すでに招待文を送った。日本側もどのように訪韓するか検討しているようだ」と指摘し「訪韓が実現すれば歴史問題を処理するのに相当役立つと考える」

私は本ブログで再三再四書、反日国家の「韓国」では「天皇陛下」を「日王」と呼び続けて「侮辱」していながら「天皇陛下のご訪韓」を求めていることを書き記しましたが、韓国の金星煥外交通商相の「すでに招待文を送った。日本側もどのように訪韓するか検討しているようだ」とは初めて聞きましたし、「訪韓が実現すれば歴史問題を処理するのに相当役立つと考える」とは、「韓国が捏造」した「日韓強制併合」・「従軍慰安婦」・「強制連行」などの歴史問題を、正式に日本に認めさせる目的で「天皇陛下を政治利用」することです。

鳩山民主党政権は、2009年11月の「中共の習近平国家副主席」来日の際には「中共の要求」に屈して「宮内庁の30日ルール」を破ってまでも「天皇陛下との特例会見」を行い「天皇陛下を政治利用」していますし、1910年(明治43年)に終結した「日韓併合条約」を「韓国は強制併合により無効」・「人類の歴史上最も残忍な帝国主義侵略勢力だった日帝による支配」などと歴史を捏造していますが、菅民主党政権は昨年8月10日に「日韓併合100年の菅首相謝罪談話」を出して「反日国家の韓国に土下座」しています。

1965年の「日韓基本条約」と同時に締結された「文化財及び文化協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」により「韓国の日本への文化財請求権は解決済み」ですが、韓国は宮内庁保管の「朝鮮王室儀軌」(李氏朝鮮時代の王室行事等を記録した図書)などを「日本が不当に取得した韓国の文化財」として日本に返還を求めて、菅民主党政権は昨年11月14日に「日本政府が保管する朝鮮半島由来の貴重な図書を韓国政府に引き渡す」との「日韓図書協定」を合意し、これは「韓国に日本が引き渡しを求めるべき貴重な図書の引渡し」を要求しないとの「不平等協定」です。

私は本ブログで再三再四書き記していますが、民主党は野党時代から「韓国第一」の反日政党で、民主党の支持母体である「民団」(在日韓国人)が求める「永住外国人への地方選挙権付与」は1998年の「民主党結党時からの基本政策」の一つに掲げられ、「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」(慰安婦と名乗り出た韓国人に謝罪と賠償金を支払う)の成立まで目指しており、2003年2月12日に「岡崎トミ子」前国家公安委員長が「ソウルの日本大使館前」で反日勢力が捏造した「従軍慰安婦」との日本軍人相手の「売春婦」たちが「日本政府へ謝罪と賠償」を求める「水曜集会」(反日デモ)に参加しています。




前原外相は2日の韓国紙に「次期総理候補」と持ち上げられた上で「日本は過去の歴史について反省すべきことは反省すべきだ」と発言し、昨年7月に「仙谷由人」前官房長官は「日韓請求権協定で消滅した個人の請求権」について「政治的判断で個人補償を行うべきだ」との考えを示し、昨年7月に「岡田幹事長」は韓国紙とのインタビューで「国を奪われ、民族の自尊心を傷つけられた人々の心情をよく理解する」と語り、「小沢元代表」も2009年12月に訪韓した際に「現代史の中で不幸な時代があった。日本国と国民として、謝罪しなければならない歴史的事実だ」と語っており、民主党は歴史を捏造する「韓国へ謝罪」している「韓国第一の売国政党」です。

私は本ブログで再三再四書き記しましたが、韓国は「日韓併合条約」より「100年目」である昨年に「天皇陛下」へ対して「韓国へ来て、ひざまずいて謝るべきだ」との暴言を吐き「天皇陛下のご訪韓」を求めて、小沢元代表は一昨年の訪韓中に「韓国の皆さんが受け入れ、歓迎してくださるなら結構なことだ」と「天皇陛下のご訪韓」を快諾したかの発言をしました。

英国のタイムズ紙が2008年11月11日、「李明博、明仁天皇が謝罪しなければならない」とのタイトルで「李明博大統領は『ヴィリー・ブラント元ドイツ首相は、ポーランド国民全体とヨーロッパ人の世界の心の琴線に触れた。明仁天皇が戦後のドイツの事例に応じてアジア侵略行為に対して厳粛に悔恨な姿勢を示さなければならない』と語った」・「ポーランドのユダヤ人を殺害するための記念碑の前にひざまずいた事と比較した」と韓国の李大統領とのインタビュー記事を報道し、11月12日には人民網日本語版でも報道されました。

韓国大統領府側は、「謝罪という直接的な表現はなかった」・「大統領はヨーロッパの歴史を見れば、戦後のヴィリー・ブラントドイツ首相がポーランドを訪問した時にポーランド国民に感動を与え、第2次大戦の被害国に感動を与えた」とし「『韓国国民は日本の天皇が来ることを受け入れるだけの姿勢はなったが、日本の天皇が来てどうするかによって、両国の発展に大きな影響を与えることは考慮したほうがいい』と言われたものだ」と訂正をしましたが、結局はドイツのヴィリー・ブラント元首相がポーランドを訪問した際にユダヤ人犠牲者の記念碑へ「ひざまずいて謝った」事を「韓国は天皇陛下」にも求めているのです。




↑ポーランドのゲットー英雄記念碑の前でひざまずくヴィリー・ブラント元ドイツ首相

韓国は「ドイツと日本」を比較すること自体が誤りで、「ナチス・ドイツがポーランドを占領」していた事と「日本が韓国を併合」していた事や、「ドイツによるユダヤ人の虐殺」と「日本による韓国人の保護」では「国際法上」・「人道上」でも全く異なるのは明白で、「日本は韓国に感謝される立場」であり「韓国に謝罪する歴史」は一つもありません。

韓国が「ドイツとポーランド」を引き合いに出したもう一つの理由として「オーデル・ナイセ線」を悪用して「日本の固有領土」である「竹島」と「対馬」を「韓国領」にしようと企んでいるのかもしれません。(オーデル・ナイセ線とは、現在のドイツ連邦共和国とポーランド共和国の国境線でオーデル川とその支流のナイセ川によって構成されており、1945年にナチス・ドイツが敗北するまではドイツの一地方と認識されていましたが、国境変更を求められたドイツはこの地域をポーランド領土と認めました)







↑ 「日本王アキヒトを大韓民国国民の名において厳重膺懲し、火に投じて裁く」と、天皇陛下の御真影を焼き捨てる韓国人の反日抗議




↑ 民主党の支持母体である「日教組」の教員により、韓国の独立運動記念公園で「日帝侵略と植民地蛮行を謝罪する文章」を朗読させ、居並ぶ韓国人に向かって膝をつかせて謝罪させた広島県立世羅高校の修学旅行(世羅高校の校長は連日連夜、国旗掲揚・国歌斉唱の中止を求める日教組や部落解放同盟との交渉(いじめ)に追われて心労から「自殺」しました)




↑ こんな反日国家の韓国へ「天皇陛下ご訪韓」はない!!

菅民主党政権は、韓国から天皇陛下ご訪韓の招待文を受け取り検討しているのかを日本国民に説明すべきであり、日本は韓国が捏造する歴史問題を処理する必要はなく、韓国第一の民主党は天皇陛下を政治利用するなど認められません。

良識ある日本国民の皆様、菅民主党政権への天皇陛下ご訪韓の招待文についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、阪神大震災より16年となったのはご存知だと考えます。

阪神大震災から16年、鎮魂の朝に黙とう

6434人が亡くなった阪神大震災から17日、丸16年となり、兵庫県内の被災地は鎮魂の朝を迎えた。
(読売新聞 1月17日)抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110117-00000116-yom-soci

1995年1月17日午前5時46分にマグニチュード7,3の地震が発生し、被害は兵庫県内を中心に死者6434人、負傷者約4万4千人にのぼる「戦後最大の自然災害」が起きてから16年となりましたが、「多くの犠牲者を出した」のは「村山元首相」や「旧社会党」など「反日左翼」であり、その「反日左翼」が否定する「天皇陛下」と「自衛隊」が「被災者の方々を救った」のが真実で、旧社会党の残党が多数いて「不敬な議員」や「自衛隊を暴力装置と言う議員」までいる「民主党政権」が国民を守れるのかは大きな疑問なので、本日は「阪神大震災」を簡単で申し訳御座いませんが取り上げます。




阪神大震災-真実は非常の時にあらわれる

自衛隊の初期出動が遅れて被害が拡大したという批判があったが、それは事実ではない。約2万6千人の中部方面隊は地震発生から43分後の6時半には「部隊の全部を行動可能な態勢に置く」という第三種非常勤務態勢に移った。7時14分には観測用ヘリコプターが飛び立ち、自治体からの出動要請を待たずに、7時58分には阪急伊丹駅での人命救助に48人、8時20分には206人を西宮市に送っている。

それに比して行政側の反応はあまりに鈍かった。兵庫県知事が自衛隊に出動要請したのはようやく10時であった。災害時の自衛隊派遣要請は、被災地の市町村長の求めに応じて知事が行うと決められているが、通信が途絶し、「早急に応援を要請しなくてはと考えていたが、決断に踏み切るだけの詳しい情報がなかった」と貝原知事は語っている。8時10分には逆に自衛隊側からの要請督促があったが、決断できずにいた。

しかし自衛隊に応援を求める事自体が、それほどの「決断」なのだろうか。その2年前の北海道南西沖地震では、発生18分後に最大の被災地である奥尻島との連絡がとれないまま、北海道庁は自衛隊に派遣要請を行い、多くの人命救助を果たした。今回とまったく同じ状況である。北海道の18分と兵庫県の4時間13分との差に隠された「真実」がある。

関西には地震がないと言われていたが、自衛隊の準備に怠りはなかった。京阪神地域で震度5~6の地震を想定して、被害状況を推定する調査書を作成している。それによると、特に神戸市などは木造家屋の密集している地域が多く、建物の倒壊と火災により兵庫県全体で被災者38万5千人と予測している。今回の被災者数は31万6千人であり、大災害は正確に予見されていたのである。

さらに調査書では兵庫県の災害救助の体制が不備であることを指摘し、冬季には40万枚必要な毛布が2万3千枚しかないこと、煮炊き不要の食料備蓄がほとんどないこと、給水車や緊急病院の能力不足など、具体的な問題点を列挙している。自衛隊はこの調査書をすぐに関西地区の各自治体に直接持ち込み、協議を提案したが、黙殺されている。

自衛隊の松島中部方面総監はある週刊誌とのインタビューでこう語っている。「やるべきことは全部やって、その上でこれしかできなかったというなら、ある意味であきらめもつきます。だけどね、やることもやってなくて・・・と思うと、死んだ方に対して人間として申し訳ないと思ってしまうんです。特に人命救助というのはですね、助けに行った人間が痛切に助けてやりたいと思うんです。そして現場にいて助けてやれなかった時、さらにもう少し早く着くことができればと思える時、どうしても悔しさがこみあげてくるものなんです。」

村山首相の「全力をつくした」という言葉のそらぞらしさと対照すべきである。ひたすらに自衛隊を黙殺し、国家権力を縛ることが、民主主義であり、平和主義であるとする社会党的妄想が、中央官庁や自治体に浸透し、それが災害に対する準備を怠らせ、被害を大きくしたというのが今回の大震災の「真実」であった。政府の無防備・無策ぶりに「国民の命をしっかりと守らない政府なら、納税を強制されるのは不当である」という素朴な、しかし根源的な問いかけがなされた。旧社会党の主張してきた非武装平和主義とは、いざという時には国民を見殺しにする冷酷な無防備傍観主義に他ならない。阪神大震災という非常時にこの事が明らかになったのである。

無策の政府、自治体の代わりに人々を守ったのは、自衛隊や、企業や市民・学生ボランティアによる救援活動、それに被災者相互の助け合いであった。まず自衛隊の活躍を挙げなければならない。「救援物資」と大きく表示されたカーキ色の巨大なトラックが陸続と被災地に向かう様を見ると、これこそ国民を救おうという国家意思のあらわれであると、頼もしく思われた。震災発生後一週間に動員されたのは、延べ約10万5千人、2万35百車両、艦艇110隻、航空機910機にのぼった。

区役所のガレージに泊まり込んで被災者同様の生活を続けながら、救援活動を続けている隊員もいた。ある避難場所では自衛隊の一隊が交代で去る時に、「自衛隊の皆さん、ありがとう」と大書された垂れ幕を掲げて見送った。不自由な避難生活で資材を見つけるのも大変だったはずだが、これが被災者の率直な気持ちであろう。

1月31日には天皇皇后両陛下が被災地のお見舞いをされた。米国の週刊誌タイムは泣き崩れる若い女性を優しく抱かれた皇后陛下の写真を掲載して、こう報道した。「被災地の人々は村山首相の視察には冷淡であったが、天皇皇后を希望の象徴としてお迎えした」

「国民統合の象徴」たる両陛下を「希望の象徴」としてお迎えしたというのは、同胞感に基づく国民の助け合いこそ、国家を守り、発展させていく真実の力であるからであろう。日本という温室を作り、発展させてきたのは、この力ではなかったか。

大震災直後に、陛下は次のような御製を詠まれている。 「なゐ(地震)をのがれ戸外に過ごす人々に雨降るさまを見るは悲しき」 一刻も早く被災地をお見舞いされたいと思われたのであろう、2週間後に両陛下はヘリコプターで現地入りされた。その時のことを被災地の人々は座談会で次のように思い起こしている。

中山 「バスが一台来まして、警察の方がたくさん立っておられましたので、どうなさったんですか?って聞いたら、今、天皇皇后両陛下がお越しいただいていますと。それでちょうどアーケードの焼けたところで皇后陛下が水仙の花を持ってそうっと手向けてくださっているんですよ。そこで手を合わされていました、あの時は、わぁーとこう心に伝わるものがあってね。いやこれは頑張らねばあかんねっていう気持ちをもったのが、私、今だにわすれられませんわ。・・・」 小畑 「後に皇居で秋篠宮妃殿下にお会いした時に、「あれはお堀の側の水仙を摘んで持って行かれたんですよ」ってお聞きしたのです。自ら摘んで持ってきていただいたということでまた感動でした。」

この年以降、陛下はお誕生日前の記者会見で必ず被災者の身の上を案ずるお言葉を述べられるようになった。 「遺族や、今も厳しい不自由な生活をしている被災者、特に高齢の人を思うと本当に心が痛みます。」(平成8年) 「間もなく三年を迎えようとしている阪神・淡路大震災の被災者が、まだ二万所帯以上仮設住宅に住まっていることを思うにつけても、日本の厳しい自然を年頭に置き、自然災害に対する備えが一層充実していくことを願ってやみません。」(平成9年)

陛下の被災者へのお言葉は、仮設住居の入居者が完全になくなる平成11年まで5年間、続けられた。この間、平成13(2001)年4月には復興状況ご視察に来県されている。さらに皇太子同妃両殿下、秋篠宮同妃両殿下、紀宮様、常陸宮同妃両殿下も加えると、震災後10年間で17回と、まさに皇室をあげてのお見舞いがなされた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog020.html



被災者を救ったのは反日左翼が否定する天皇・皇后両陛下と自衛隊であり、今すぐに大災害が起きたら旧社会党の残党がいる民主党政権は国民を守れるのかは大きな疑問で、ここに阪神大震災の犠牲者の方に心より追悼の意を表します。

良識ある日本国民の皆様、阪神大震災についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、児童養護施設に伊達直人の名前で寄付がされるタイガーマスク運動が全国に広がっているのはご存知だと考えます。

最初に「児童養護施設」に寄付をした人が「タイガーマスク」の正体である「伊達直人」の名前を使い「伊達直人が孤児院に寄付をしていたという話」から、児童養護施設に伊達直人の名前で寄付がされる「タイガーマスク運動」が全国に広がっていますが、私はこの報道を聞く度に「大正時代に日本がポーランドの孤児たちを慈しんだ」との話しを思い出しており、本日は「大和心とポーランド魂」を簡単で申し訳御座いませんがご紹介させて頂きます。




大和心とポーランド魂

シベリアは長い間、祖国独立を夢見て反乱を企てては捕らえられたポーランド愛国者の流刑の地だった。1919年、ポーランドがロシアからようやく独立した頃、ロシア国内は革命、反革命勢力が争う内戦状態にあり、極東地域には政治犯の家族や、混乱を逃れて東に逃避した難民を含めて、十数万人のポーランド人がいたといわれる。その人々は飢餓と疫病の中で、苦しい生活を送っていた。

とくに親を失った子供たちは極めて悲惨な状態に置かれていた。せめてこの子供達だけでも生かして祖国に送り届けたいとの願いから、1919年9月ウラジオストク在住のポーランド人によって、「ポーランド救済委員会」が組織された。しかし翌20年春にはポーランドとソビエト・ロシアとの間に戦争が始まり、孤児たちをシベリア鉄道で送り返すことは不可能となった。救済委員会は欧米諸国に援助を求めたが、ことごとく拒否され、窮余の一策として日本政府に援助を要請することを決定した。

救済委員会会長のビエルキエヴィッチ女史は20年6月に来日し、外務省を訪れてシベリア孤児の惨状を訴えて、援助を懇請した。女史の嘆願は外務省を通じて日本赤十字社にもたらされ、わずか17日後には、シベリア孤児救済が決定された。独立間もないポーランドとは、まだ外交官の交換もしていない事を考えれば、驚くべき即断であった。日赤の救済活動は、シベリア出兵中の帝国陸軍の支援も得て、決定のわずか2週間後には、56名の孤児第一陣がウラジオストクを発って、敦賀経由で東京に到着した。

それから、翌21年7月まで5回にわたり、孤児375名が来日。さらに22年夏には第2次救済事業として、3回にわけて、390名の児童が来日した。合計765名に及ぶポーランド孤児たちは、日本で病気治療や休養した後、第一次はアメリカ経由で、第2次は日本船により直接祖国ポーランドに送り返された。習慣や言葉が違う孤児たちを世話するには、ポーランド人の付添人をつけのがよいと考え、日赤は孤児10名に1人の割合で合計65人のポーランド人の大人を一緒に招くという手厚い配慮までしている。

日本に到着したポーランド孤児たちは、日赤の手厚い保護を受けた。孤児たちの回想では、特に印象に残っていることとして以下を挙げている。ウラジオストックから敦賀に到着すると、衣服はすべて熱湯消毒されたこと、支給された浴衣の袖に飴や菓子類をたっぷ入れて貰って感激したこと、特別に痩せていた女の子は、日本人の医者が心配して、毎日一錠飲むようにと特別に栄養剤をくれたが、大変おいしかったので一晩で仲間に全部食べられてしまって悔しかったこと、、、

到着したポーランド孤児たちは、日本国民の多大な関心と同情を集めた。無料で歯科治療や理髪を申し出る人たち、学生音楽会は慰問に訪れ、仏教婦人会や慈善協会は子供達を慰安会に招待。慰問品を持ち寄る人々、寄贈金を申し出る人々は、後を絶たなかった。腸チフスにかかっていた子供を必死に看病していた日本の若い看護婦は、病の伝染から殉職している。

1921(大正10)年4月6日には、赤十字活動を熱心に後援されてきた貞明皇后(大正天皇のお后)も日赤本社病院で孤児たちを親しく接見され、その中で最も可憐な3歳の女の子、ギエノヴェファ・ボグダノヴィッチをお傍に召されて、その頭を幾度も撫でながら、健やかに育つように、と話された。

このような手厚い保護により、到着時には顔面蒼白で見るも哀れに痩せこけていたシベリア孤児たちは、急速に元気を取り戻した。日本出発前には各自に洋服が新調され、さらに航海中の寒さも考慮されて毛糸のチョッキが支給された。この時も多くの人々が、衣類やおもちゃの贈り物をした。

横浜港から、祖国へ向けて出発する際、幼い孤児たちは、親身になって世話をした日本人の保母さんとの別れを悲しみ、乗船することを泣いて嫌がった。埠頭の孤児たちは、「アリガトウ」を繰り返し、「君が代」を斉唱して、幼い感謝の気持ちを表した。神戸港からの出発も同様で、児童一人ひとりにバナナと記念の菓子が配られ、大勢の見送りの人たちは子供たちの幸せを祈りながら、涙ながらに船が見えなくなるまで手を振っていた。子どもたちを故国に送り届けた日本船の船長は、毎晩、ベッドを見て回り、1人ひとり毛布を首まで掛けては、子供たちの頭を撫でて、熱が出ていないかどうかを確かめていたという。その手の温かさを忘れない、と一人の孤児は回想している。

95年10月、兵藤長雄ポーランド大使は、8名の孤児を公邸に招待した。皆80歳以上の高齢で、一人のご婦人は体の衰弱が激しく、お孫さんに付き添われてやっとのことで公邸にたどりついた。私は生きている間にもう一度日本に行くことが生涯の夢でした。そして日本の方々に直接お礼を言いたかった。しかしもうそれは叶えられません。しかし、大使から公邸にお招きいただいたと聞いたとき、這ってでも、伺いたいと思いました。何故って、ここは小さな日本の領土だって聞きましたもの。

今日、日本の方に私の長年の感謝の気持ちをお伝えできれば、もう思い残すことはありません。と、その老婦人は感涙に咽んだ。孤児たちは70年前以上の日本での出来事をよく覚えていて、別の一人は、日本の絵はがきを貼ったアルバムと、見知らぬ日本人から送られた扇を、今まで肌身離さずに持っていた、と大使に見せた。同様に離日時に送られた布地の帽子、聖母マリア像の描かれたお守り札など、それぞれが大切な宝物としているものを見せあった。

シベリア孤児救済の話は、ポーランド国内ではかなり広く紹介され、政府や関係者からたくさんの感謝状が届けられている。そのひとつ、極東委員会の当時の副会長ヤクブケヴィッチ氏は、「ポーランド国民の感激、われらは日本の恩を忘れない」と題した礼状の中で次のように述べている。

日本人はわがポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本はわがポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。しかも、わが不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、われわれポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。・・・われわれの児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までもとってポーランドの子供たちに与えようとした。こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。・・・

ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。日本人がポーランドの児童のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。・・・ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることを伝えしたい。
(大和心とポーランド魂)より抜粋
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog142.html



この「何時までも恩を忘れない国民である」は実証され、「阪神大震災」での「震災孤児30名」がポーランドに招かれて各地で歓待を受け、帰国する「お別れパーティ」には、歩行もままならない高齢者の4名のシベリア孤児の方が「75年前の自分たちを思い出させる可哀想な日本の子どもたちがポーランドに来たからには、是非、彼らにシベリア孤児救済の話を聞かせたい」と出席して、涙ながらに薔薇の花を震災孤児一人一人に手渡した時に会場は万雷の拍手に包まれ、75年前の我々の父祖が「地球の反対側」から来たシベリア孤児たちを慈しんだ「大和心」に、恩を決して忘れない「ポーランド魂」がお返しをしたのです。

日本全国の児童養護施設に伊達直人の名前で寄付がされるタイガーマスク運動は大和心であり、大正時代に日本がポーランドの孤児たちを慈しんだ大和心とポーランド魂を継承すべきです。

良識ある日本国民の皆様、タイガーマスク運動についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、菅第2次改造内閣で与謝野馨氏が経済財政担当相に就任したのはご存知だと考えます。

与謝野担当相 税の改革「10年来の仕事」実現に強い意欲

与謝野馨経済財政担当相は14日夜の就任会見で、税と社会保障の一体改革について「この10年来、私が心血を注いできた仕事。関係者は多数いるので、一歩ずつコンセンサス(合意)づくりに努めたい」と語り、改革の実現に強い意欲を示した。

「(昨年の)参院選前に菅直人首相が消費税に触れたことを意気に感じ、閣僚に就任した」と、入閣を決意した理由を語った。
(毎日新聞 1月15日)より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110115-00000002-maip-pol

>「(昨年の)参院選前に菅直人首相が消費税に触れたことを意気に感じ、閣僚に就任した」と、入閣を決意した理由を語った

14日に行われた「菅第2次改造内閣」についてはすでに多くのブログで取り上げていますので、私の意見は「与謝野馨経済財政担当相」について簡潔に述べますが、与謝野馨経済財政担当相と藤井裕久官房副長官といえば「消費税増税論者」として有名であり、過去記事でも書いたとおり「菅首相は財務省の毒饅頭を食べた」結果として、「政治主導」ではなく「消費税率引き上げ」を目論む「官僚主導」の人事です。

与謝野&藤井のロートルペア 増税へ“フルスロットル”♪

菅再改造内閣で注目されるのが、与謝野馨経済財政担当相(72)と藤井裕久官房副長官(78)だ。ともに70代という高齢議員というだけでなく、筋金入りの消費税増税論者なのだ。

「昨夜、(菅直人首相の副長官打診を)お受けいたしました。(消費税改革は)与謝野さんとの関係も重要。1人でできる仕事ではない」藤井氏は14日昼、官邸で記者団にこう語った。古希を超えた与謝野、藤井両氏の、消費税増税への強い意欲が垣間見えた。

「永田町のユダ」と揶揄される与謝野氏だが、自民党時代から「財政改革研究会」の会長を務め、「消費税10%こそ救国の策」といった論文を執筆するなど、政界屈指の増税論者として知られる。一方の藤井氏も、元大蔵官僚で、民主党で消費税問題を検討する「税と社会保障の抜本改革調査会」の会長を務める人物。「数字は一切出さない」とこちらは慎重だが、近い将来の増税を目指しているのは確実だ。

菅首相は13日の党大会で、消費税を含む税制と社会保障制度の一体改革に向けた超党派の協議を呼びかけた。与謝野、藤井両氏の「増税コンビ」の着任こそ、その意気込みのあらわれといえる。ただ、「民主党が日本経済を破壊する」(文春新書)という著書まである与謝野氏の入閣について、菅首相が連携を熱望する公明党幹部も「立ち枯れ効果、倍増だ。今のタイミングでは、消費税や社会保障の議論のためには逆効果」と切り捨てる。

そもそも、民主党が2009年衆院選で300議席を超える圧勝をし、政権交代が実現できたのは、マニフェストなどで「脱官僚」「無駄遣い削減の徹底」「4年間は消費税を上げない」と約束したから。勝手に増税路線にシフトするなら、国民にもう一度、信を問うべきではないのか。
(zakzak)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110114/plt1101141634008-n1.htm




↑ 第一生命経済研究所の「消費税の引き上げで暮らしや経済にどんな影響が出るか」の試算によると、税率10%の場合は「平均的世帯で年間16、5万円の負担増」となることが報告され、現行5%の税率を10%とすれば「年間の消費税支払総額は34万6千円」まで膨らみます。

低所得層ほど相対的な負担は大きく、「年収250万円以下の世帯」の消費税支払額が「年収に占める割合は8・1%」・「年収1500万円以上世帯」の消費税支払額が「年収に占める割合は4・2%」と約2倍となる見込みで、「住宅や自動車など大きな買い物は「増税前の駆け込み需要」が起きても、その後は「家計の負担増で消費が冷え込む」と予測し、「1%のアップで初年度の消費が0・16%減り、実質国内総生産(GDP)が0・11%下がる」としています。


私は本ブログで「自民党政権」より「消費税の増税」が議論される度に、長引く不況による「財政難」と「少子高齢化社会」の日本の現状を考えれば「消費税」は「一般税率」と「特定品目の低減税率」に分けるべきで、新たに「贅沢税」の導入をすべきだと書き記しており、これを行わないのは無能な「政治家」と「官僚」の怠慢だと非難して来ましたが、本ブログには投稿文字数に制限がありますので「イギリスの消費税」(付加価値税)の標準税率は「20%」と訂正して本ブログ以下の記事をご覧下さい。

「消費税率引き上げの増税は一般税率と特定品目の低減税率に分けろ、食料品などは0%にして物品税復活改正との贅沢税を導入すべきだ」http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/31874063.html




<選挙直後> ↓ に向かって読んでください。

民主党:待ちに待った日がやってまいりました!

有権者:在日に選挙権をあげたりする?

民主党:そんなことはありません!

有権者:財源はちゃんと確保されているよね?

民主党:当然です!

有権者:投票した人たちを裏切ったりする?

民主党:いいえ、決してそんなことはいたしません!

有権者:景気をよくして、増税もしないで雇用も所得も増やすでしょう?

民主党:もちろんです。どんどん増やしますよ!

有権者:赤字国債は発行するの?

民主党:永遠にありえません!

有権者:日本人が住みやすい国にしてね?

<現在> ↑ に向かって読んでください。





日本は長引く不況下で財政難であっても、本ブログでも再三再四書き記している「濡れ手に粟」の商売をする「テレビ局の電波利用料」など増税すべきものは多くあり、子ども手当や高校無償化などの無駄も多いのですから、このような日本の経済状況での消費税増税は「更なるデフレ」となり「日本はますます不況」となるだけです。

菅第2次改造内閣の与謝野馨経済財政担当相就任は政治主導ではなく官僚主導で、消費税率引き上げの増税路線とは「4年間は消費税を上げない」との民主党が国民を騙すのであり、菅首相は衆院解散して民意に問うべきです。

良識ある日本国民の皆様、菅首相の消費税増税路線についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、一色元主任航海士と中共人船長が不起訴処分になるのはご存知だと考えます。

尖閣衝突 元海上保安官、起訴猶予へ 来週にも、中国人船長も

沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突を巡るビデオ映像流出事件で、東京地検は来週にも、第5管区海上保安本部の神戸海上保安部に所属していた一色正春・元主任航海士(44)=依願退職=を不起訴処分(起訴猶予)とする方針を固めた。警視庁は国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検したが、地検は「流出映像は秘密性が高くなく、処罰が必要とは言えない」と判断したとみられる。また、石垣海上保安部に公務執行妨害容疑で逮捕され、処分保留で釈放された中国漁船の船長についても、那覇地検が起訴猶予とする見通し。
(毎日新聞 1月14日)より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110114-00000005-maip-soci

>一色正春・元主任航海士(44)=依願退職=を不起訴処分(起訴猶予)とする方針を固めた。警視庁は国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検したが、地検は「流出映像は秘密性が高くなく、処罰が必要とは言えない」と判断した

私は本ブログで再三再四、「尖閣諸島沖で中共漁船が海保巡視船に衝突した事件」の問題を書き記し、昨年9月7日の事件発生時から「世界中にノーカットでビデオ映像を公開すべきだ」と述べており、「尖閣衝突の真実」をネットに映像流出した投稿者「sengoku38」こと「一色・元海上保安庁職員」は「内部告発者」として「国家公務員法」・「国家公務員倫理規程」・「公益通報者保護法」などにより「無罪」だと述べましたが、東京地検が「流出映像は秘密性が高くなく、処罰が必要とは言えない」と判断して「国家公務員法(守秘義務)違反容疑」で起訴せずに「不起訴処分(起訴猶予)」としたことは「一定の評価」をします。




↑ 最高裁は1977年、「国家公務員法(守秘義務)違反」に問われた税務署職員の裁判では「漏らした情報」が(1)「一般人が知らない」・(2)「秘密として保護するべき」との「2つの条件を満たす場合にのみ守秘義務の対象になる」という判例を示しており、行政機関が形式的に秘密扱いにしていただけでは情報を漏らしても犯罪には当たらないことになっています。

一色・元海上保安庁職員の場合(1)の「一般人が知らない」では、尖閣衝突事件は「中共人船長逮捕時にマスコミ報道」で一般に知られ「国会議員(約30人)に映像公開がされた感想」や「衝突状況はCG映像」なども一般人に知れ渡っていますし、(2)の「秘密として保護するべき」では、「盗撮された」と騒いだ「仙谷官房長官」自身の「厳秘資料」でも「公開するメリットは日本の立場を良くする」としたように「秘密」にしたことにより「日本の国益」が損なわれていますから、(1)・(2)ともに条件を満たさず「無罪」なのです。




尖閣沖衝突事件のネット映像流出について「仙谷官房長官」は「明らかな犯罪だ」・「責任を問うべきでないという人は不健全な国民」・「国家公務員法の職務上知り得た秘密に該当するのではないか」と延べ、検察当局と警視庁が「国家公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕しない方針」を決めた際にも「重ねて守秘義務違反に当たる」として、「この映像記録が、刑事訴訟法47条に規定する訴訟に関する書類に該当するのは間違いないのではないか。国家公務員法第100条の職務上知り得る秘密に該当するのではないか」と述べていました。

私は少々ですが「法学を学んだ者」であり「愚息は法学部」在学中の大学生で、「東大在学中」は「全共闘の闘士」と言われて来たのに「東大紛争の際は弁当運び」をしただけで「司法試験」の勉強をして「弁護士」になった「仙谷官房長官」とは法的知識は比べものにはならないと書き記しましたが、仙谷官房長官が「刑事事件捜査は密行性をもって旨とするというのは、刑事訴訟法のいろはの『い』だ」と述べ「映像公開をしない」事にも、「刑事訴訟法47条」では「公益上の必要が認められる場合」は証拠書類の公開を認めているのですから「日本に有利」なビデオテープの公開を「公益にかなわない」と判断した「仙谷官房長官は間違いだ」と指摘した、「良識ある日本国民の判断が正しかった」のです。




一色・元海上保安官が「起訴」された場合には「弁護人になる」と名乗り出た「弁護士」出身の「自民党の丸山参院議員」が「100%無罪」との主張に対し、「民主党の横粂衆院議員」は「弁護士」として「有罪です。海保職員全員が映像を見られたとしても、機密性はある」・「主観でなく、法に基づいた客観的な判断が必要。無罪となれば、今後の国家の運営ができなくなる」と述べていましたが、検察が「起訴しない」と判断したのですから「仙谷官房長官」と「横粂衆院議員」には「弁護士の資格がない」だけではなく「法治国家を否定した」のも同じであり「議員辞職」すべきです。

>石垣海上保安部に公務執行妨害容疑で逮捕され、処分保留で釈放された中国漁船の船長についても、那覇地検が起訴猶予とする見通し

私は本ブログで再三再四、「公務執行妨害で逮捕」した「中共人船長」を「日中関係重視」などとして「処分保留で釈放」した「菅民主党政権」についても「中共に土下座した国辱外交だ」と批判して来ましたが、「那覇地検が巡視船乗組員にけががない」ことなどを考慮して「中共人船長を起訴猶予」とするのは「法治国家として間違った判断」であり、例えば「車両進入禁止区域に不審車両を発見した警察のパトカーが、その車両に停止を命じたらパトカー2台に衝突して、逃走した運転手を事実上無罪」にするなどあり得ないのです。

那覇地検は「中共人船長を起訴すべき」であり、検察としては「すでに処分保留」で釈放して帰国した「中共人船長」を日本へ連れ戻して「裁判を行う」など無理との判断でしょうが、海上テロリスト「シー・シェパード」の「アディ・ギル号元船長」が「第2昭南丸」の船内へ侵入した「事件」で、昨年4月30日に「海上保安庁」が「一連の犯罪行為を指揮していた疑いが強まった」として「傷害」・「威力業務妨害」・「器物損壊」などの容疑で「ワトソン」代表の「逮捕状」を取り、「国際刑事警察機構(ICPO)」により「国際指名手配」しました。

日本は「ワトソン」容疑者について、「国際情報照会手配書(青手配書)」との「犯罪に関連していないか追加情報の提供を求める」ものだったので「オーストラリア」は「ワトソン容疑者の身柄確保」をしなかったのですが、「中共人船長」を「国際逮捕手配書(赤手配書)」との「即時の逮捕・身柄拘束を求める」ものにすれば、日本と中共は「犯罪人引渡し条約」を終結していなくても「中共人船長の身柄を確保」しないで「日本に送還させない中共」に対して、「日本は対中強硬外交」が出来るのです。




↑ 米国人の外交官で1931年上海副領事として中共に行き「満洲事変」に伴う第一次上海事変などを体験した「ラルフ・タウンゼント」氏の1933年の著書「暗黒大陸中国の真実」(田中秀雄・先田賢紀智共訳)は、大東亜戦争前の中共での体験を記してその内容は現在の中共にも当てはまり「日本が学ぶ」ことです。

『暗黒大陸中国の真実』抜粋

◎本文の一部24 『軍艦を盾に賠償金を取った田村総領事』 (以下大意)昭和七年の上海事変の直前のこと。福州でも収奪目的の学生秘密結社がたくさんあり、ある日本人教師夫妻が脅されていた。そこで日本の田村総領事は、福州当局や警察に警備を依頼した。中国人の顔を立てたのである。ところが、警備にあたった中国兵は、ある日とつぜん姿を消し、日本人夫婦はたちまち殺されてしまった。グルになっていたとしか思えない。

田村総領事は「これは重大な過失である。遺族に五万ドルの賠償金を払うべきだ」とした。ところが中国当局は言を左右してまともな返事をしない。そこで田村総領事は、日本海軍に打電して軍艦を向けてくれと頼み、それを中国側に話した。そうしたら急に五万ドルを持ってきた。・・・・・日本海軍は実際に来た。中国人には田村式が一番である。それ以後、福州では日本人殺害や反日行動がピタリと止んだ。日本人は最高の扱いを受けるようになった。
(オロモルフの論考)より一部抜粋
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/ankoku_tairiku.htm

尖閣の真実を公開したsengoku38こと一色元主任航海士を有罪だと言った仙谷官房長官と横粂衆院議員には弁護士の資格はなく議員辞職すべきで、日本は中共人船長を起訴して田村式で対中強硬外交になるべきです。

良識ある日本国民の皆様、一色元主任航海士を有罪だと言った仙谷官房長官と横粂衆院議員についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、蓮舫行政刷新担当相が都知事選出馬に意欲ともとれる発言をし始めたのはご存知だと考えます。

蓮舫氏、都政に意欲 民主の救世主?石原氏を批判

蓮舫行政刷新担当相(参院東京選挙区)が4月の東京都知事選出馬に意欲ともとれる発言をし始めた。これまで、出馬の可能性についてきっぱりと否定してきたが、11日の講演で「都政」に強い関心を示したのだ。

「都政にも、まだまだ刷新すべきお金の使われ方があると力強く思っている。民主党から今言った観点を公約する候補者が出てくれると確信している」
(産経新聞 1月12日)より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110112-00000102-san-pol

>蓮舫行政刷新担当相(参院東京選挙区)が4月の東京都知事選出馬に意欲ともとれる発言をし始めた

蓮舫行政刷新担当相は、4月の東京都知事選への出馬について明言をしていませんが、「民主党」では統一地方選の象徴で「日本の首都」である「東京では絶対に負けられない」と、先の参院選(東京選挙区)で約170万票を獲得した「蓮舫行政刷新担当相の都知事選出馬」を推す声が上がっており、すでに蓮舫議員の夫の「村田信之」氏が東京都目黒区議選に「民主党公認で出馬」するので、蓮舫議員が都知事選出馬に意欲とも取れる発言をし始めたのは「仙谷官房長官による蓮舫夫婦共闘」の可能性は否定できません。

平成16年に「参議院議員選挙で初当選した蓮舫議員」ですが、「初陣に臨む蓮舫へ仙谷由人官房長官が200万の寄付」をしていますし、「蓮舫議員の参院選出馬を口説いたのも仙谷官房長官」でしたから「蓮舫議員は仙谷チルドレン」なのです。




蓮舫氏 政界転身のきっかけは「仙谷官房長官からの育毛剤」

東京都目黒区の池尻大橋駅前で、演説をするスキンヘッドの男性。民主党公認で東京・目黒区議選への出馬を表明した、蓮舫行政刷新担当大臣(43)の夫でジャーナリストの村田信之氏(44)だ。2人は1993年に結婚し、現在、中学1年生の双子の子供がいる。キャスターとして活躍していた蓮舫氏の政界進出は、当時、話題を呼んだが、実はその転身には村田氏の“頭髪問題”が一役買っていた。

「6年前、蓮舫さんを担ぎだしたのは私です。渋る蓮舫をどう口説き落としたか。あそこに村田信之という蓮舫の配偶者がいるが、この人に育毛剤をプレゼントして、口説き落としたのが真相です」  仙谷由人官房長官が昨年6月に行なわれた蓮舫大臣のパーティでこう明かしたのだ。辻立ちを終えた村田氏に話を聞くと、スキンヘッドを手でなでながら、当時の経緯を明かした。村田氏はジャーナリストの田原総一朗氏のスタッフをしており、仙谷氏とも顔見知りだったという。

「カミさんが出馬を決意する前のこと。仙谷さんがテーブルの上にドーンと育毛剤のボトルを置いて、『村ちゃん、これエエらしいで、使おてや』と。何を考えてるんだ、このオッサンと思いましたけど、それに転ぶ僕も僕ですね。頑なに断わっていたカミさんを『そろそろ出てもいいんじゃないの?』と説得したんです。カミさんも育毛剤の話を聞いて大爆笑し、『そのやり方はすごい』と絶賛してました。仙谷さんはなかなか策士ですよね(笑い)」
 
その商品は『蘭夢』なる薬用育毛剤。ラン科の一種、シンビジウムのエキスを主成分にしたものだという。村田氏は仙谷氏にもらったものを使い切ったきりゆえか、自身への効果は「?」という。とはいえ、蓮舫大臣誕生の秘薬だったとすれば、効果は絶大だったということか。
※週刊ポスト2011年1月21日号
http://www.news-postseven.com/archives/20110111_10039.html

私は本ブログで再三再四「仕分けの女王と呼ばれる蓮舫行政刷新担当相」について記事としており、台湾人(父親)と日本人(母親)のハーフである「蓮舫参院議員」(本名は村田蓮舫)にはさまざまな問題がありますが、本ブログには投稿文字数に制限がありますので「蓮舫議員」(誕生時の本名は謝蓮舫)一族の「黒い霧の台湾バナナ事件」と呼ばれる「日台に中共」も絡むと言われる「政・官界疑惑」などは本ブログ以下の記事をご覧下さい。

「蓮舫行政刷新担当相は黒い霧の台湾バナナで中共と台湾の背景があるのに尖閣を日本領だと言えるのか、国民意識と違い中共人船長釈放がベストなら議員辞職せよ」http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/33378843.html


「蓮舫議員の実態」(動画)「障害者の子供を持つと言われる猪口大臣」へ「あなたはだいたい障害児を育てている親の気持ちなんかまったくわからないような人ですからね」との「蓮舫議員の非人間的発言!」http://www.dailymotion.com/video/xdlui3_yyyyyyy_news#from=embed?start=1(





蓮舫議員といえば、鳩山政権の「事業仕分け」で「スパコン開発」を進める独立行政法人「理化学研究所」に「世界1位を目指す理由は何ですか。2位じゃだめなんですか!」との発言で有名ですが、これは「日本のスパコンが中共を抜くのを阻止」するのが目的とも取れる発言であり、事実として世界のスーパーコンピュータの性能ランキングである「TOP500」(2010年11月公表)では、「中共の天河一号の改良版である天河一号Aが1位」となり「中共のシステムとしても初めての1位」となったのですし、「3位も中共のNebulae(星雲) 」で「日本は4位TSUBAME 2.0」でした。




蓮舫行政刷新相は「中共漁船による尖閣衝突事件」について、「いずれにしても領土問題なので、私たちは毅然とした日本国としての立場を冷静に発信すべきだ」と述べましたが、日本は「尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題はそもそも存在しない」を公式見解としているのですから「蓮舫」行政刷新相の言う「領土問題」は存在しませんし、「菅内閣」が中共の圧力に屈して「中共人船長釈放」をした事にも「今回の対応策はベストだったと思っている」と述べており、蓮舫議員は「中共」の立場で考えています。




まるで異国?! 定住化進む池袋チャイナタウン

200軒以上の中国系店舗がひしめく池袋駅周辺。中華料理店、不動産会社、携帯電話店、カラオケ店…。一帯を歩くと聞こえてくる言葉には中国語が目立つ。一瞬にして、異国の空間に飛び込んだようだ。

平成15年ごろまでは違法風俗店が乱立し、治安が悪化していた。警視庁が地元と協力して取り締まりを強化し、徐々に落ち着きを取り戻した。街角には中国語で「客引き禁止」と書かれた当時の看板が残る。

池袋で中国語新聞を発行する「日本新華僑通信社」の蒋豊編集長(50)によると、池袋の中国人は1978(昭和53)年以降の改革開放路線により80年代から増えたという。蒋さんは「日本は住みやすく治安がいい。80年代に来日した中国人が生活基盤を築き、彼らを頼って親族や知人が次々と来日している。その結果、定住化、永住化が進んだ」と話す。

こうした中、数年前には、池袋駅の半径500メートルを中華街と呼ぶ「池袋チャイナタウン構想」が中国人側から提案された。しかし、マナー違反などをめぐり日本人住民との関係は良好とはいえず、「時期尚早」と保留になった。同様の構想は仙台市でも中国の投資ファンドにより提案されたが、「街にふさわしくない」「治安が悪化する」といった声が上がり頓挫している。
(産経新聞 3月14日)より抜粋
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100314/trd1003142248013-n2.htm

蓮舫行政刷新担当相のこれまでの言動を考えると、蓮舫議員の祖母である「陳杏村」が大東亜戦争後に「台湾で漢奸(売国奴)として起訴されたが、中国国民党の地下工作員であったので無罪となった」などと報じられているのは「真実」だと考えられ、蓮舫議員は「台湾の大学ではなく中共の大学(北京大学)へ留学」して「日中友好議員連盟」の議員でもあるのですから、東京都に居住する「多くの在日中共人」が問題となっている状況で「蓮舫議員が東京都知事」になるのは危険です。

蓮舫行政刷新担当相が東京都知事選出馬へ意欲ともとれる発言をし始めていますが、蓮舫議員には中共の影があり中共に媚びる仙谷チルドレンを都知事にするのは危険で、このまま泥舟の菅内閣で海の底へ沈めるべきです。

良識ある日本国民の皆様、仙谷チルドレンの蓮舫行政刷新担当相についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、韓国のサムスン電子会長が日本に追いつくにはもっと学ぶべきと発言したのはご存知だと考えます。

李健煕三星会長「日本に追いつくにはもっと学ぶべき」

李健煕(イ・ゴンヒ)三星(サムスン)電子会長は11日、「日本部品企業に追いつくためには、まだ多くのことを学ばなければならない」と明らかにした。李会長はこの日、金浦(キンポ)空港から日本へ向けて出国する前、「三星が日本を抜いたと言われるが、日本企業から学ぶことは何か」という記者の質問を受け、このように答えた。 

李会長は「外見では三星がリードしているように見えるかもしれないが、中身(部品)で日本に追いつくためには、まだ多くの時間と研究が必要だ。学ぶべきことは多い。ずっと学んでいかなければいけない」と再び強調した。
(中央日報 1月11日)より抜粋
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=136551&servcode=300§code=300

>「日本部品企業に追いつくためには、まだ多くのことを学ばなければならない」

韓国最大手の総合家電など韓国最大の企業である「サムスン電子」会長の発言を「謙虚」な姿勢だと受け取る方がいると聞きましたが、一昨年より「サムスン電子に学べ」・「韓国企業に学べ」・「韓国に経済で追いつかれる」などと主張する「怪しい経済評論家」と同じで「大嘘」であり、「サムスン電子」会長は現実を知った上での「本音」の発言です。

私は本ブログで再三再四、「韓国の外貨準備高」や「日韓通貨スワップ協定」など「韓国経済」問題を書き記し、「サムスン」の2009年12月期の本業の儲けを示す「営業利益は8736億円」で「日本企業」(ソニー・パナソニック・日立・東芝・シャープなど大手9社)の「営業利益は合計6400億円」(2010年3月期見通し)と「日本の電機メーカー大手9社の合計」が「サムスン1社」に負けていたのは事実ですが、すでに「国策企業」と言われるサムスンの業績は悪化を続けています。




>「外見では三星がリードしているように見えるかもしれないが、中身(部品)で日本に追いつくためには、まだ多くの時間と研究が必要だ。学ぶべきことは多い。ずっと学んでいかなければいけない」

韓国知識経済省が1月1日に発表した「2010年の貿易収支(暫定値)」では、「417億2300万ドル(約3兆3800億円)の黒字」となり「過去最大を更新」した一方で、「対日貿易赤字348億8000万ドル(約2兆8300億円)」(2010年12月20日まで)と「過去最大」となり、「輸出は前年比28.6%増」の4674億400万ドルで「輸入は前年比31.8%増」の4256億8100万ドルです。

対米ドル「円高」だけではなく「中共の人民元操作」と同じく「韓国はウォン操作」をして「ウォン安」での「貿易黒字」を出していますが、「輸出が過去最大の黒字」になれば「対日貿易赤字も過去最大」となるのは「日本からの資本財や部品の輸入」がなければ「韓国企業は製品を作れない」との、韓国経済が「鵜飼いの鵜(う)」=『「鵜」(韓国)の首に「紐」(部品素材輸入代金)が結ばれているため「魚」(完成品輸出代金)を飲み込んでも「主人」(日本)に渡す』との構造が変わっていない証明です。

韓国は、前年比で「輸出」より「輸入」が上回って「貿易黒字」が拡大するという典型的な「不況型黒字構造」(不況型黒字構造とは、経済規模そのものが循環的に縮小して、消費者物価上昇・雇用減少などとなる悪循環構造)ですし、「国際通貨基金(IMF)」や「経済協力開発機構(OECD)」など主要国際機関が共同で作成した「G20主要経済指標(PIG)」によると、「韓国の昨年の国内総生産(GDP)」に占める「輸出の割合は43.4%」(日本11.4%)・「輸入の割合は38.8%」(日本10.8%)と、「韓国経済の輸出入依存度は主要20カ国・地域(G20)で最も高い」ので「世界経済危機」のような場合に「韓国経済が急激に悪化する可能性が高い」としています。

韓国の外交通商部が5日に発表した「2010年輸入規制対応現況および成果」では、「反ダンピング」などにより「韓国製品輸入規制措置が20ヶ国」と報告しており、韓国企業は「特許権侵害」などの賠償問題や「価格談合」などの制裁金もありますが、「怪しい経済評論家」が基とする「日韓輸出額データ」も「日本の輸出額には2009年」を使って「韓国の輸出額には2010年」を使うとの大嘘が多く、2009年は「サブプラ破綻による世界金融危機」の影響で「日本も韓国も輸出額が減少」した年です。

平成21年度の「財務省貿易統計」によると「輸出総額は54兆1706億円」ですから、現在のレート(1ドル=83.20円・1ドル=1124.00ウォン)で換算すると「日本約6670億7000万ドル」となり「韓国3230億8452万ドル」と半分以下が正しい比較数値で、韓国の「輸入依存度」を考えれば「日本が不況」でも「サムスン電子に学べ」・「韓国企業に学べ」・「韓国に経済で追いつかれる」などの「主張は大嘘」であり、日本と韓国の「国際収支」を見れば分かります。




↑ 2000年よりの日韓の「国際収支」比較(国際収支とは、一定期間における国の対外経済取引(財・サービス・所得の取引、対外資産・負債の増減に関する取引、移転取引)を記録したもの。貿易収支だけではなく、投資収支や外貨準備増減なども含まれる。 「2009年度 韓国42.67:日本141.75」~「2010年度予測値 韓国26.04:日本166.46」(US10億億ドル)と、日本に追いつくとの韓国は「国際収支が下がる」実態




↑ 2010年「全世界国際カルテル罰金順位現況」で米国が価格談合などの国際カルテルの取り締まりを強化した1999年以降に「米国に支払った制裁金が多い企業10社」のうち「韓国企業が4社」も含まれています。「LGディスプレー」(2位)、「大韓航空」(4位)、「サムスン電子」(6位)、「ハイニックス半導体」(8位)で「制裁金合計:11億8500万ドル」(約1兆6000億ウォン=約1200億円)




↑ 韓国の国会議員が調べた半導体の非メモリー分野での核心部品の「韓国の国産化比率」では、「携帯用・AP」(マルチメディア):ゲーム、音楽、ビデオファイルなどを作動させる「国産化率27%」・Modem:音声をデジタル信号化し、また人が聞き取れるように変換する「国産化率0%」・PMIC: 電源管理チップ「国産化率0%」・RFIC:基地局~携帯間の信号を増幅させる「国産化率12%」・Wireless Connectivity「国産化率0%」~「デジタルTV用」・MPEGデコーダー:MPEGエンコーディングされた信号を受信して元の映像にデコーディングする機能「国産化率0.8%」・スケーラー:デコーディングされた放送映像をテレビ画面に合わせる役割「国産化率10%」・MPRT:映像の動きを滑らかにする「国産化率0%」~「自動車用」・パワートレイン・インフォテインメント・センサー各「国産化率0%」

         , - 、    なぜウリだけが魚獲っても
         ,'  ゚,=-- 、 永遠に赤字ニダ・・・
          l::::r'''"" ̄""  ,,,,,,,,,
       ノ三i`ヽ、     i::鵜::l
      /:::::::::)  `ヽ、 |::匠:::|  そうだね^^
     <;#`Д>     `ヽ、(ω・` ;)   さあ、今日も頑張ってお魚獲ろう!
     /:::ヽ )つ      (,,i `y´/)
     ,ゝ,、ツ/         人iiiiiiiiiiiノ
    (;;;フ;;;:_フ        し (_,,)

韓国企業に日本人技術者が働き「日本の頭脳が買われている」から「韓国企業が日本と同レベル」の製品開発を出来るとの主張も大嘘で、「韓国の労働時間は日本より長く(韓国年2000時間以上:日本1800時間)」で「雇用条件も悪い」ので、韓国ソウル近郊にある「サムスン電子研究所」で働く「サムスン日本人会」には、「日本企業の早期退職に応じた」中高年など100人以上の日本人が土日もなく働いていますが「半分以上は2~3年で退職」しており、日本の「サムスン横浜研究所」には日本人社員が約200人在籍し「20~30代」が増えても「就職難で日本企業に採用されなかった」者がほとんどと言われ、日本の電機メーカーの幹部によれば「優秀で有望な人材流出はない」との見方がされています。

韓国のサムスン電子会長が日本に追いつくにはもっと学ぶべきと発言したのは、謙虚な姿勢ではなく現実を知った上での本音で、怪しい評論家の韓国企業に学べと言う主張は嘘であり、韓国は対日貿易赤字でも鵜飼いの鵜の構造は変わらないのです。

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良識ある日本国民の皆様には、上杉謙信公と上杉鷹山公はご存知だと考えます。

一昨日の「上杉謙信」公の「義」に続き、上杉米沢藩第9代藩主である「上杉鷹山」公の「知」についてです。(前記事はアドレスクリックでお読み下さい)「国民不在の政争を繰り返しては政治家を商売と考える売国議員は上杉謙信公・上杉鷹山公の「義」と「知」を学べ、「己の利を求めず、義を尊ぶ」のが日本の美徳ある武士道精神だ(1)」http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/34104314.html

「上杉鷹山の行った行財政改革」

上杉家は関が原の合戦で石田三成に味方したため、徳川家康により会津120万石から米沢30万石に減石された。さらに3代藩主が跡継ぎを定める前に急死したため、かろうじて家名断絶はまぬがれたものの、さらに半分の15万石に減らされてしまった。収入は8分の1になったのに、120万石当時の格式を踏襲して、家臣団も出費を削減しなかったので、藩の財政はたちまち傾いた。年間6万両ほどの支出に対し、実際の収入はその半分ほどしかなく、不足分は借金でまかなったため、その総額は11万両と2年分近くに達していた。

ちょうど、現代の日本のような深刻な財政破綻におちいっていた。江戸時代の各藩、すなわち大名家は、それぞれが小国家で、その経営は各藩独自の方針に基づいて堆進されていた。よって経営者たる藩主の資質・力量によって、その経営内容は大きく左右された。もっとも、どの藩も貧しく徳川幕府でさえ、財政危機の連続であった。財政の基盤は米を中心とした農業生産物であり、その年の天侯に左右されることが多く、各藩の経済はきわめて不安定であった。

江戸時代を通じて、幕府以下どの大名家も、慢性的な不況にあえいでいたが、固定化された体制では、殆ど変わりようがなく、悪化した経営を建て直すことはまず不可能に近かった。そうした中で、上杉鷹山は、行政改革に成功し財政危機を乗り越えて経営改革を成し遂げたのである。明和4年9月、鷹山は大倹執行の命令を発する。短期間に大幅な収入増が見込めぬ以上、できるだけ出費を切りつめなければならないからであった。しかし、低禄の家臣や領民の貧困をよそに、永年特権の上にあぐらをかいてきた藩上層部は、当然若き新藩主の方針に不満たらたらであった。

しかし鷹山は、自らが率先して倹約することで、大倹を断行した。藩主の生活費のすべてである江戸における年間仕切料は、これまで千五百両であったが、これを二百九両余まで圧縮した。実に七分の一という大幅節減である。日常の食事は一汁一菜、衣服は綿衣とし、五十人もいた奥女中は九人に減らした。安永2年から3年にかけて、新田の開発、河川の改修、橋の掛け替え、籾倉の建設など家中あげての労役奉仕による大規模な開発事業が行われた。武士たちが農民と共に賊役とされた労働に従事するなど、これまでは考えられないことであった。

「上杉鷹山による、天明の大飢饉をしのいだ扶助・互助」

藩政府による「扶助」は、天明の大飢饉の際に真価を問われた。天明2(1782)年、長雨が春から始まって、冷夏となった。翌3年も同じような天候が続いた。米作は平年の2割程度に落ち込んだ。鷹山が陣頭指揮をとり、藩政府の動きは素早かった。藩士、領民の区別なく、一日あたり、男、米3合、女2合5勺の割合で支給し、粥として食べさせる。酒、酢、豆腐、菓子など、穀物を原料とする品の製造を禁止。比較的被害の少ない酒田、越後からの米の買い入れ。鷹山以下、上杉家の全員も、領民と同様、三度の食事は粥とした。それを見習って、富裕な者たちも、貧しい者を競って助けた。

全国300藩で、領民の救援をなしうる備蓄のあったのは、わずかに、紀州、水戸、熊本、米沢の4藩だけであった。近隣の盛岡藩では人口の2割にあたる7万人、人口の多い仙台藩にいたっては、30万人の餓死者、病死者が出たとされているが、米沢藩では、このような扶助、互助の甲斐あって、餓死は一人も出なかった。それだけでなく、鷹山は苦しい中でも、他藩からの難民に藩民同様の保護を命じている。江戸にも、飢えた民が押し寄せたが、幕府の調べでは、米沢藩出身のものは一人もいなかった、という。米沢藩の業績は、幕府にも認められ、「美政である」として3度も表彰を受けている。

「上杉鷹山の行った福祉政策」

鷹山は、老人や病人、妊婦などの弱者を重視する福祉政策の充実をはかり、それを実現させた。医者が余りにも少ない時代で、病気になっても医者にかかる事ができない者が多く、鷹山は藩内各地に官選の医師をおき、彼らに宅地を与えるとともに優遇した。これによりどれほど多くの人が助けられたかは言うまでもない。江戸時代にあってこの当時、悲しくも堕胎いわゆる間引は日常化していた。その要因は、結局子供を生んでも育てられない生活の貧しさにあった。鷹山は熟慮と協議を重ねた結果、種々やりくりし六千両の育児資金をつくり出し、子供を育てられない窮民にこれを与えることにした。

こうして前後約三十年の努力を傾注した結果、遂に米沢藩において堕胎間引の根絶に成功するのである。実に容易ならざる事業であったが、鷹山の「誠と愛と知」を傾けた尽力がこれを成就せしめたのである。さらに当時、生活苦のため働けなくなった老人は、「口減らし」のためしばしば野山に捨てられた。鷹山はこの忌まわしき悪習の絶滅のため次なる方策を講じた。それは九十歳以上のものはなくなるまで食べてゆける今でいう年金を与え、七十歳以上のものは村で責任をもっていたわり世話することを決めた。

それのみならず鷹山は、老人を大切にいたわる孝子を褒賞するとともに、自ら敬老を実践するのである。こうして鷹山自ら誠意の限りをつくした敬老養老の実践は、堕胎とともにこの悪習をも根絶せしめることに成功したのである。鷹山の半世紀にわたる粒々辛苦の尽力は遂に米沢藩を変貌せしめ、この地上の歴史の中に最も価値ある理想の国をつくり上げることに成功したのである。

「上杉鷹山の隠された人となり」

米沢城外の松川にかかっていた福田橋は、傷みがひどく、大修理が必要であったのに、財政逼迫した藩では修理費が出せずに、そのままになっていた。この福田橋を、ある日、突然二、三十人の侍たちが、肌脱ぎになって修理を始めた。もうすぐ鷹山が参勤交代で、江戸から帰ってくる頃であった。橋がこのままでは、農民や町人がひどく不便をし、その事で藩主は心を痛めるであろう。それなら、自分たちの無料奉仕で橋を直そう、と下級武士たちが立ち上がったのであった。「侍のくせに、人夫のまねまでして」、とせせら笑う声を無視して、武士たちは作業にうちこんだ。

やがて江戸から帰ってきた鷹山は、修理なった橋と、そこに集まっていた武士たちを見て、馬から降りた。そして「おまえたちの汗とあぶらがしみこんでいる橋を、とうてい馬に乗っては渡れぬ。」と言って、橋を歩いて渡った。武士たちの感激は言うまでもない。鷹山は、武士たちが自助の精神から、さらに一歩進んで、「農民や町人のために」という互助の精神を実践しはじめたのを何よりも喜んだのである。鷹山はまた、郷村をよく巡覧し、農業生産の実を上げた代表者に褒賞を与えた。そして、代官の世襲を廃止し、優秀な人材を代官に登用したのである。




「上杉鷹山公の名言」

※なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり
(やろうと思えば何でもできます。できないのはやろうと思わないからです。やろうとすることは他人のためではなく、自分のためになるのです。)

※国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれなく候
(国家は先祖から子孫に伝えるところの国家であって、自分で身勝手にしてはならないものです。)

※人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれなく候
(人民は国家に属している人民であって、自分で勝手にしてはならないものです。)

※国家人民のために立たる君にし君のために立たる国家人民にはこれなく候
(国家と人民のために立てられている君主であって、君主のために立てられている国家や人民ではありません。)

※受けつぎて国の司の身となれば忘るまじきは民の父母
(藩主としての自分は、父母の心になって、領民を一日も早く、精神的にも物質的・経済的にも豊かにして、その生活を安定させてやりたい。)

政治家とは「国民へ奉仕する立場」であり「国益を第一と考える」のが当然ですが、政治家を商売と考える「政治屋」たちは「利」ばかりを求め「義」を忘れ去り、「国民不在な政争」を繰り返しては「日本を亡国の道」へと歩ませており、「己の利を求めず、義を尊ぶ」、これが日本の美徳ある武士道精神であり、売国議員は上杉謙信公・上杉鷹山公の「義」と「知」を学ぶべき事です。

良識ある日本国民の皆様、美徳ある日本の武士道精神についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、成人の日はご存知だと考えます。

1948年(昭和23年)に公布された「国民の祝日に関する法律」で「成人の日」は、「1月15日は、おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます日」と定められ、2000年に制定された「ハッピーマンデー法」に基づき「1月の第2月曜日」に改正され「成人式」を行う地域も多い日ですが、平成生まれの新成人や若い皆様には「日本の平和を守る」ことを考えて頂きたく、本日は「20歳で日本のために殉じられた宮川三郎少尉(軍曹)」と「多くの特攻隊員の面倒をみて特攻の母と呼ばれた鳥浜(鳥濱)トメさん」を簡単で申し訳御座いませんがご紹介させて頂きます。




蛍帰る

ラジオが9時を告げて、ニュースが始まった。その時、わずかに開いた表戸の隙間から、一匹の大きな源氏蛍が光る尾を引きながら、すーと店に入ってきたのであった。娘たちはほとんど同時に気がついた。お母さーん、宮川さんよ。宮川さんが帰ってきたのよ。

娘たちの叫びに、奥から出てきたトメは娘たちの指さすほうを見た。暗い店の中央の天井。その梁にとまって明るく光を放っている蛍を見つけた時、トメは息が止まるかと思った。部屋の隅にいた兵士たちも集まって、蛍を見上げた。「歌おう」とだれかが言った。みな肩を組み、涙でくしゃくしゃになりながら、「同期の桜」を歌った。歌はトメの好きな第3連に進んだ。

貴様と俺とは 同期の桜 離れ離れに 散らうとも 花の都の 靖国神社 春の小枝で 咲いて逢うよ

昭和20年6月6日、鹿児島県は薩摩半島の中程、知覧町にある富屋食堂でのことである。知覧で出撃を待つ特攻隊員たちはこの食堂に出入りし、なにくれと世話をやく女主人鳥浜トメを母親のように慕っていた。明日は死に行く少年たちのために出来ることと言ったら、母親代わりになって優しく甘えさせてやるしかない、そう思ったトメは私財をなげうって、特攻隊員たちに尽くしていた。

その前日、6月6日は宮川三郎軍曹の20歳の誕生日であった。トメは心づくしの料理を作って、誕生日を祝うと同時に、明日に控えた出撃のはなむけとした。途中、空襲警報が鳴って、みなで防空壕に入る。防空壕の中で、宮川は幽霊のまねをして、トメの娘礼子たちを怖がらせた。

防空壕を出ると、星のない暗い夜がそこにあった。街の灯りも灯火管制のために消されている。食堂の横には小川が流れ、藤棚とベンチがしつらえてある。漆黒の闇の中、小川の上を大きな源氏蛍が飛び交っていた。宮川の声がした。

小母ちゃん、おれ、心残りのことはなんにもないけれど、死んだらまた小母ちゃんのところに帰ってきたい。そうだ、この蛍だ。おれ、この蛍になって帰ってくるよ。

「ああ、帰っていらっしゃい」とトメは言った。そうよ。宮川さん、蛍のように光輝いて帰ってくるのよ、と心の中で言った。宮川は懐中電灯で自分の腕時計を照らして言った。9時だ。じゃあ明日の晩の今頃に帰ってくることにするよ。店の正面の引き戸を少し開けておいてくれよ。「わかった。そうしておくよ。」とトメが答えた。

おれが帰ってきたら、みんなで「同期の桜」を歌ってくれよ。それじゃ、小母ちゃん。お元気で。 トメには別れの言葉がない。死にに行く人を送る言葉なんてこの世にあるのだろうか。宮川軍曹の後ろ姿は暗い夜道に消えていった。


昭和17年、知覧に飛行学校(大刀洗陸軍飛行学校知覧分教場)が出来て、富屋が軍の指定食堂となった時、女主人トメは数え年41歳であった。指定食堂と言っても、健全で清潔で安心して軍人が立ち寄れる所だと推薦してくれるだけの事だった。過酷な訓練に明け暮れ、たまの日曜日に外出しても、何の娯楽もない少年兵たちに、富屋はたちまち大人気のオアシスとなった。少年兵たちが壁にかかったメニューを見ていると、小母さんが中から出てきて「何か食べたいものはあるかね。」と聞く。

食べたいものなら、何でも作ってあげるよ。そのために日曜日には材料を用意してみんなの来るのを待っているんだからね。何でも言ってごらん。少年たちがもじもじしていると、アンコロ餅はどうか、と聞く。少年兵たちの顔が緩むと、さっそく1個作って、この大きさなら何個欲しい、と聞く。「3個!」「おれも!」 ためらいながら「天ぷら」と言う少年兵には、「おとといあたりから海がしけていて、白身のいい魚がないから、イカとエビと野菜だけで我慢してくれる?」

「でも」 「でも、なあに」 「おれ50銭しか持ってないんだ。エビって高いんだろ」 「アハハ」とトメは笑う。「男はおカネの事は言わないの」 着物や家財道具を売りながら、少年兵たちに食べさせてやるので、トメの家は少しづつ広くなっていった。時には、「本日休業」の札を出して、少年兵たちに貸し切りにしてしまう。少年兵たちは畳の部屋に寝そべったり、トランプや将棋に興じたり、郷里に手紙を書いたり、小母さんの手料理に舌鼓を打つ。風呂で背中を流して貰うこともあった。

戦争が終わり、年が変わって昭和21年。知覧飛行場で最後の特攻機が燃やされた際、トメは近くに落ちていた棒杭を地面に立てて、娘たちにこう言った。 さ、これがきょうからあの人たちのお墓の代わりだよ。たった一つしかない命を投げ打って死んでいったんだよ。それを忘れたら罰が当たるよ。日本人なら忘れてはいけないことなんだよ。特攻隊を称えるだけで「軍国主義者」のレッテルを貼られる時代だった。墓など作ったらすぐ壊されてしまう。こんな棒杭なら壊しに来る人はいないだろう。その代わりに毎日お参りにくるから許してくださいね、とトメと娘たちは手を合わせた。

昭和25年、朝鮮戦争の特需で経済復興も始まり、特攻隊への逆風が静まっていた。トメは毎日の棒杭参りを続けながら、昔なじみの知覧町長のもとに通っては特攻隊員たちのための観音像建立の請願を続けた。自分の費用で建てれば、すぐにでも実現できたが、それでは慰霊が私的なものになってしまう。特攻隊員たちはお国のために命を捧げたのだから、その慰霊は公に行われなければならなかった。

昭和30年9月28日、知覧飛行場の一角に観音像が完成し、その除幕式の日にトメは像の前の手水鉢を寄進した。それからトメは毎日ガムやキャンデーを持って、観音像の所へ行き、遊んでいる子供たちを集めては、一緒の掃除をする。それから「はい、それでは観音様のお下がりをいただきましょう」と言って、ガムやキャンデーを配る。こうすることによって、自分の死後も、この子供たちの中から、観音像をお守りしてくれる人が育つだろうと考えていたのだ。さらにトメは観音像に至る道に石灯籠を寄進する運動を進めていった。

昭和62年2月、特攻隊の生き残りでトメに励まされた人々の努力によって、知覧特攻平和会館が開館した。修学旅行など参観者は多く、たとえば平成12年には54万人にも及んだ。

平成4年4月22日夕刻、トメは90歳直前で一生を終えた。「特攻の母、鳥浜トメ死す」のニュースは新聞やテレビに流れ、富屋は弔問客や取材陣でごった返した。通夜の夜、ようやく遺族が一息入れた所に、一匹の蛍が光る尾を引いてトメの柩のある部屋をスーッと横断していった。

「見たか」 「見た」 「蛍だったよな」 「そうだったよな」4月の下旬に蛍が飛ぶはずがない。それも部屋を横切っていくなんて。しかし、居合わせた人々は確かに見たのである。

それは蛍になった宮川軍曹が「小母ちゃん」を迎えにきた姿なのだろうか。それともトメ自身が蛍となって、息子のように可愛がっていた大勢の特攻隊員たちのもとに飛んでいったのだろうか。
(特攻隊員の母、鳥浜トメ~蛍帰る)より抜粋
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog253.html



↑ 明日の日本を担う若者よ、英霊に感謝し涙を流せ!

成人の日には日本の平和を守ること考えるべきで、20歳で日本のために殉じられた宮川三郎少尉と、多くの特攻隊員の面倒をみて特攻の母と呼ばれた鳥浜トメさんの蛍帰るに、明日の日本を担う若者は涙を流して英霊に感謝すべきです。

良識ある日本国民の皆様、成人の日についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、上杉謙信公と上杉鷹山公はご存知だと考えます。

本日の記事は、当時の「自民党政権」での政争を糾弾するために、同志の方々より上杉家所縁の一族の子孫である私に、戦国大名が天下統一との野望を抱く中で「上杉謙信」公は「朝廷を敬い民のみを考えた義」や、上杉米沢藩第9代藩主である「上杉鷹山」公による「当時としては画期的な数々の業績の知」こそが「無能な政治家には必要である」との御教授を頂戴したものですが、「菅民主党政権」の政争糾弾にと過去記事を再アップさせて頂きます。(加筆しましたが前にお読み頂いた方には申し訳御座いません)

「上杉謙信とは」

「越後の龍」と称される戦国時代屈指の戦術家。軍事面では圧倒的なカリスマ性を誇っていたが、一方では和歌に通じるなど、繊細でナイーブな側面も併せもっていた。越後の守護代・長尾為景の末子として生まれる。謙信は幼い頃から春日山林泉寺の天室光育に預けられ僧侶として育つことになる。本来は家督を継ぐべき立場になかったが、病弱な兄に代わって跡取りに。戦国時代には珍しく「利」ではなく「義」を行動の指針としていた。その姿勢は「一切の私欲を断つ」徹底ぶりだったという。家臣たちが「利益にもならない戦い」に文句一つ言わず従ったのは「自分たちが義を行っている」という強い信念をもっていたからだと言われている。

「上杉謙信の野心なき戦」

越後の上杉謙信(1530~1578)といえば、甲斐の武田信玄とともに戦国時代の屈指の名将として有名である。また一方では、今川、北条、織田、武田などの戦国武将が天下統一との野望を持つ中、上杉謙信だけは「天下は朝廷(天皇)のみにある」との考えから「己の私利私欲」を捨てて、ただただ朝廷を敬い、朝廷より下賜された「関東管領の職」のみにまっとうした、この時代には珍しい戦国武将であった。

私見だが、恐らく彼は戦国最強の武将であったと思われる。無双の名将、源義経を範とした上杉謙信の戦術は天才的であり、自らが陣頭指揮を取るその軍団は、常に士気が高く、迅速で、疾風のように関東各地を席巻した。彼の天才的な戦術は、武田信玄を川中島で一度ならず破り、北陸に進出した織田軍を完膚なきにまで叩きのめしている。家臣より「今こそ天下統一を」との進言にも、謙信は「野心を捨てよ、我は民の為にのみ戦をする」と嗜めたそうである。もし、上杉謙信が他の戦国武将と同じく天下統一を目指していれば、この国の歴史は大きく変わっていただろう。このような天才戦術家「上杉謙信は、どこかナポレオンを彷彿とさせる」のである。

「領土を奪ってくる敵国に塩を送った」

有名な逸話だが、武田信玄が駿河(静岡)の今川氏真と敵対していた頃、甲斐に塩を送るのを禁じた。北条側にも甲斐の武田の力を押えようと塩を送るのを禁じさせた。甲斐は山国のため生活に必要な塩が入手できず悩んでいたが、上杉謙信が「塩を絶つとは卑劣で武士の恥であり、相手の国の力を弱めようとする行為自体が、相手に対し恐れをもっている証拠だ」、「それで一番困るのは甲斐の国の民である、そんな事は出来ない」と言い、敵国である武田家に塩を通常の価格で売ったという。尚、高い値段で塩を売りつける者がいるのなら連絡せよとのことだった。




「上杉謙信と毘沙門天」

上杉謙信が仰いだのが「毘沙門天」であった。毘沙門天(別名:多聞天)は、仏法で世界の中心にあるとされる須弥山の北方を守護する神で、「財宝」・「子宝」・「戦勝」の加護があるとされた。もちろん上杉謙信は、三番目に挙げた「戦勝の加護」があるとして、すなわち「武神」として毘沙門天を信仰したのである。上杉謙信の毘沙門天信仰への入れ込みようは大変なもので、自らの居城「春日山城」にわざわざ「毘沙門丸」と呼ばれる区域を設け、そこに「毘沙門堂」を置き「毘沙門天画像を祀った」といわれる。この画像には「甲冑を着し、左手に宝塔、右手に矛を持ち、足下に赤青二邪鬼を踏みつけ、憤怒の形相で直立する毘沙門天」が描かれている。

謙信は、出陣に際してこの毘沙門堂に籠もって戦勝を祈願し、ひたすら毘沙門天の神意を得ようとした。そして必勝の作戦を得たと悟ると、彼は神前に供えた花瓶の水を水筒(腰筒)に入れ、「昆」と一文字が書かれた軍旗を先頭に、春日山城を進発したという。さらに戦場にあって謙信は、毘沙門天を信じて兜をつけず、白布で頭を包んだ僧衣姿で陣頭指揮を取った。それでも不思議と矢玉が当たらなかったというから「毘沙門天のご加護」もまんざらではない。

神がかり的な戦勝を重ねるにつれて、上杉謙信はやがて「自らを毘沙門天の化身」と考えるようになったようである。彼はある時家臣に言っている。「我あればこそ毘沙門天も用いられる。我なくば毘沙門天もありえない。我を毘沙門天と思い、我が前で神文(誓約)せよ」、このような「毘沙門天=上杉謙信」に対する崇拝は兵士の間にも広まり、彼らは謙信が陣頭に立ち「昆」の軍旗が翻れば、必勝を期して勇猛果敢に戦ったという。「戦国最強を謳われる上杉軍」はこうして出来上がったのである。

「自らの利のために、領土を拡大しようとしなかった」

今川義元が織田信長に討たれると、武田信玄は武田・北条・今川による三国同盟を破棄し今川領土を攻めることにした。上杉家では信玄がいないうちに、武田の領土・信濃を狙えば領土拡大を狙えたが、襲おうとしなかった。また武田信玄の死去を知ると、上杉家の家臣達は今が好機と知り出陣を謙信に進言したが、謙信は「若い勝頼が継いだばかりに襲うのは大人気ない行為だ」と言い兵を出さなかった。長篠の戦では武田家が織田家から敗れると、家臣達は今が攻め時と進言したが、謙信は「人の落ち目を見て攻め取るのは不本意だ」と言い、やはり攻め立てようとしなかった。

小さな小競り合いは何度も有り、戦に勝利しても上杉謙信は決してその領土を奪ったり自分の領土にはしなかったという。また好戦的に、自ら戦を仕掛けることもなかったようだ。武田信玄は死の床で、跡継ぎの勝頼に、「あんな勇猛な男と戦ってはならん。謙信は、頼むと言えば嫌とは言わぬ。謙信を頼み、甲斐の国を存続させよ」と遺言し、また北条氏康も、「謙信は請け負えば、骨になっても義理を通す。若い大将の手本にさせたいものだ」と語っていたとされる。




「上杉家、家訓16か条 」

心に物なき時は心広く体泰なり
(自分を見失わないでいられる時は、心が広々として、体もゆったりするものだ)

心に我儘なき時は愛敬失はず
(我儘に振舞うことがなければ、人に接するときも柔らかくなり、敬えるものだ)

心に欲なき時は義理を行ふ
(貪欲な気持ちがない時は、どんな人に対しても思いやりの気持ちが持てるものだ)

心に私なき時は疑ふことなし
(私心がなければどんなことに対しても、疑う気持ちは起きないものだ)

心に驕りなき時は人を敬ふ
(偉ぶるような心がなければ、人の真価を認め敬うことができる)

心に誤りなき時は人を畏れず
(やましい気持ちがないのであれば、人をおそれることはない)

心に邪気なき時は人を育つる
(偏った見方や考え方がない時は、その生き様を周囲が見ておのずと育っていく)

心に貧りなき時は人に諂うことなし
(がつがつした気持ちがなければ、人の機嫌を取らなくてもすむ)

心に怒りなき時は言葉和らかなり
(怒りの気持ちがなければ、言葉も柔らかくなり、人も耳を傾ける)

心に堪忍ある時は事を調う
(どんなことにも耐え忍ぼうとするときは、物事を整えることができる)

心に曇りなく時は心静かなり
(心が晴れ晴れとしていて清々しいときには、心も穏やかになるものだ)

心に勇みある時は悔やむことなし
(困難を乗り越え実行するには勇気が必要。思い切れば悔やむこともない)

心いやしからざる時は願い好まず
(いやしくないときは無理な願望を持たず、耐え、努力することでつかむことができる)

心に孝行ある時は忠節厚し
(本当に尽くそうと心がける時は、自ら主君に仕えようとする気持ちが深いはずだ)

心に自慢なき時は人の善を知り
(うぬぼれの気持ちがない時は、人の良さ、素晴らしさを実感することができる)

心に迷いなきときは人を咎めず
(しっかりとした信念があれば、人を怪しんだり責めたりしないものだ)



政治家とは「国民へ奉仕する立場」であり「国益を第一と考える」のが当然ですが、政治家を商売と考える「政治屋」たちは「利」ばかりを求め「義」を忘れ去り、「国民不在な政争」を繰り返しては「日本を亡国の道」へと歩ませており、「己の利を求めず、義を尊ぶ」、これが日本の美徳ある武士道精神であり、売国議員は上杉謙信公・上杉鷹山公の「義」と「知」を学ぶべき事です。

良識ある日本国民の皆様、美徳ある日本の武士道精神についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、中共が北朝鮮へ20億ドルの最大規模の投資を合意したのはご存知だと考えます。

中国、北朝鮮に20億ドル投資=羅先経済特区開発で合意―韓国紙

【ソウル時事】7日付の韓国紙・中央日報は、中国の国有企業が北朝鮮北東部の羅先経済特区に20億ドル(約1670億円)を投資することで北朝鮮側と合意したと報じた。これまでに公表された中国による北朝鮮への投資額としては最大規模だという。

同紙が入手した資料によると、中国国有企業「商地冠群投資有限公司」(北京市)は昨年12月20日、北京で北朝鮮の「朝鮮投資開発連合体」と10項目の投資合意書を締結した。
(時事通信 1月7日)より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110107-00000047-jij-int

>中国の国有企業が北朝鮮北東部の羅先経済特区に20億ドル(約1670億円)を投資することで北朝鮮側と合意したと報じた。これまでに公表された中国による北朝鮮への投資額としては最大規模

私は本ブログで再三再四、多くの日本人を拉致している「北朝鮮はテロ国家」であり、「核問題」で日本や国際社会が北朝鮮へ経済制裁など「制裁措置」を強める中で、北朝鮮の鉱山や港などに莫大な投資を実施している「中共はテロ支援国家」だと書き記しましたが、中共が北朝鮮へ20億ドルの最大規模の投資を合意した「北朝鮮北東部の羅先経済特区」とは「日本海」に面した地区で「タンカー専用埠頭」などインフラ整備により「北東アジア最大の工業特区」にするのは、「中共による日本海への軍事力強化」の可能性は大です。




>中国国有企業「商地冠群投資有限公司」(北京市)は昨年12月20日、北京で北朝鮮の「朝鮮投資開発連合体」と10項目の投資合意書を締結

中共と北朝鮮が投資合意書を締結したのは「昨年12月20日」と言う事は、昨年11月23日に北朝鮮が韓国西方沖の延坪島を砲撃した「延坪島砲撃事件」の後であり、私は本ブログで「菅政権が韓国政府の立場を全面的に支持」した際に「北朝鮮へ経済支援をする中共へ抗議すべきだ」と書き記しましたが、本ブログには投稿文字数に制限がありますので「韓国」が海上軍事境界線と定める「北方限界線」と「北朝鮮」が主張する「海上軍事境界線」の違いや「中共が北朝鮮支援をやめない事情」などは本ブログ以下の記事をご覧下さい。

「韓国と北朝鮮との砲撃事件で韓国を全面的支持する菅政権は間違いだ、反日国家の兄弟喧嘩に口を出すなら竹島返還や拉致被害者救出が最優先で経済制裁は中共へ抗議せよ」http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/33780380.html




↑ これまでの「中共と北朝鮮の貿易」を見れば、テロ国家の北朝鮮への最大の支援国である「中共はテロ支援国家」の実態!


中共による「移民」という名の「人口侵略」は世界各国で問題となっており、日本でも年々増加する「在日中共人」による「トラブル」や「犯罪増加」が起きています。

ブランド王国イタリアを食いモノにする中国移民

イタリアと言えば、グッチの鞄、ルイ・ヴィトンのハンドバック、フェラガモのネクタイ、バリーの靴、ディオールの宝飾品と、有名メーカーがひしめくブランド王国である。そんなイタリアの古都、フローレンスの隣りにあるプラト市は繊維産業のメッカ。ブランド品で世界中に有名だが、今やこの町はチャイナ・シティに変貌している。

プラトには一九八〇年代から中国人が入り込み、最初は目立たなかったが、いつの間にか数百、数千の単位で増え始め、ついには地元工場を買い取り、あるいは新工場をつくって中国から輸入した生地で生産を始めた。中国人の不法労働者を使って夜中まで労働し、メイド・イン・イタリーとして世界中に輸出、イタリアの主要産業を奪ってしまった形だ。フェラガモ、グッチなどの高級ファッションの偽物も平然とプラトで作っているという。

イタリア企業が、お縫子、ミシン女工として賃金の安い中国人を雇用するうちに、彼らは技術と商売のノウハウを覚え、いつの間にか自前で工場を建て、顧客をかすめ取り、町の産業を乗っ取ってしまったのだ。その工場数、なんと三千二百!

二〇〇九年六月にはベルルスコーニ首相が視察し、一〇年六月に百社の中国人経営の企業を一斉手入れした。脱税、マネーロンダリング、偽造、売春、不法就労、密輸などの容疑で二十四人を逮捕、一日平均で百七十万?が中国へ送金されていたことも判明したという。
(情報スクランブル10月号)
http://www.elneos.co.jp/1010sc1.html

まるで異国?! 定住化進む池袋チャイナタウン

200軒以上の中国系店舗がひしめく池袋駅周辺。中華料理店、不動産会社、携帯電話店、カラオケ店…。一帯を歩くと聞こえてくる言葉には中国語が目立つ。一瞬にして、異国の空間に飛び込んだようだ。

平成15年ごろまでは違法風俗店が乱立し、治安が悪化していた。警視庁が地元と協力して取り締まりを強化し、徐々に落ち着きを取り戻した。街角には中国語で「客引き禁止」と書かれた当時の看板が残る。

池袋で中国語新聞を発行する「日本新華僑通信社」の蒋豊編集長(50)によると、池袋の中国人は1978(昭和53)年以降の改革開放路線により80年代から増えたという。蒋さんは「日本は住みやすく治安がいい。80年代に来日した中国人が生活基盤を築き、彼らを頼って親族や知人が次々と来日している。その結果、定住化、永住化が進んだ」と話す。

こうした中、数年前には、池袋駅の半径500メートルを中華街と呼ぶ「池袋チャイナタウン構想」が中国人側から提案された。しかし、マナー違反などをめぐり日本人住民との関係は良好とはいえず、「時期尚早」と保留になった。同様の構想は仙台市でも中国の投資ファンドにより提案されたが、「街にふさわしくない」「治安が悪化する」といった声が上がり頓挫している。
(産経新聞 3月14日)より抜粋
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100314/trd1003142248013-n2.htm




↑ 住人33%が中国人になった埼玉県「チャイナ団地」現地報告(週刊新潮2010年03月18日号)




警察庁の「来日外国人犯罪の検挙状況」(平成21年確定値)を見れば、日本の治安を悪化させる「中共人」による犯罪の検挙状況が理解できます。

警察庁「国籍等別総検挙状況:総検挙人員」(平成21年確定値)

1位「中共」36.3% 2位「韓国」12.4% 3位「フィリピン」10.2%

(1)来日中国人犯罪組織等の動向

平成21年中の来日外国人犯罪の検挙を国籍別に見ると、中国は、刑法犯、特別法犯を合わせた総検挙件数の45,2%、総検挙人員の36,3%、また、刑法犯検挙件数の49.2%、刑法犯検挙人員の38,2%を占め、他の国籍外国人と比較して、最も高い割合を占めている。さらに、過去10年間(平成12年から平成21年まで)でも、総検挙人員に占める中国人の割合は、一貫して4割程度を維持している。
警察庁・来日外国人犯罪の検挙状況」(平成21年確定値)より一部引用
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm#kokusaihanzai

本ブログでも取り上げた「中共の国防動員法」については、以下の「櫻井よしこ」氏の記事をお読み頂き、関連記事として本ブログ以下の記事もご覧下さい。

「櫻井氏 在日中国人が本国命令でテロや争乱起こす危険性指摘」http://www.news-postseven.com/archives/20101201_6641.html

「木村拓哉のドラマで誤解するな、人民元切り上げ問題で中共に進出している日本企業は損して得すると考え世界の工場の中共より撤退すべきだ」http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/32515952.html

中共の北朝鮮羅先経済特区開発への最大規模投資は、中共による日本海への軍事力強化の可能性は大であり、テロ国家の北朝鮮を支援する中共はテロ支援国家で、年々増加する在日中共人も危険です。

良識ある日本国民の皆様、中共による北朝鮮羅先経済特区開発投資についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、韓国人歌手の漫画に韓国が激怒しているのはご存知だと考えます。

K-POP嫌韓漫画登場…ネチズン"告訴しなくては″VS"無対応が最善"

2010年、KARA、少女時代を筆頭としてブームとなったK-POP。しかしこの大きな動きは自然に生じたものではなく、後ろから巨大企業が日本のメディアを調整して無理に作ったものだった…。

日本で韓国歌手らを卑下する内容の別名「嫌韓K-pop」漫画が出てきたことが分かってネチズンたちの怒りが爆発している。

最近インターネットには日本で製作された「K-popブーム捏造説追跡」という題目の漫画が登場した。あるネチズンが日本のインターネットで飛び交う嫌韓漫画の一部を翻訳してあげたことで、最近少女時代とKARA(カラ)を筆頭に日本で起きているK-popブームがメディアによって捏造されたという主張が含ま れている。

問題は該当の漫画で韓国アイドルたちがあたかも成功のために性接待をするという風に歪曲しているという事実だ。この漫画を描いた作家はアイドル出身の韓国人ホステスの口を通じて「売れる前に捨てられた。芸能界ではそのような子たちが当たり前だ」「音楽界は収益分配が10%未満」「自分からやめれば違約金で数億円取られる完全奴隷」「性上納が当たり前だ」と韓国芸能界を非難した。特に、故チャン・ジャヨンの実名に言及してより一層怒りをかもし出している。

少女時代とKARAもやはりあたかも芸能界活動のために性接待をするという風に描写した。韓国人ホステスが「今、日本でうまく行っている子たちも実力で大きくなったのではない」と話すと、話を聞いた男性記者は「少女時代やKARAも性接待しているということか」と反問している。この女性の返事は「言葉で言わなくても分かるでしょう」だった。これと共に少女時代とKARAのイメージを性的に描くこともした。

また、日本の大型広告企画会社の会長がソウルで育ったとし「韓国側からこの会社へ多量の金が流れてくるという噂がある」「国家戦略的に文化を輸出して海外に売っている韓国は日本メディアに影響力が大きいこの広告企画会社を通じて『K-pop万歳』という報道を送り出している」等の確認されていない内容をそのまま書き込んだ。さらにあるアイドルグループが「ライバルは少女時代」と話した場面も、続けて言及された日本の女性アイドルグループの名前を編集して少女時代(の部分)だけ送り出したものだと主張した。3000人を超えて集まったと知られたKARAの渋谷でのデビューイベントは300人、800人余りが集まった少女時代の日本入国の現場には100人だけが来たと言うことはなんでもないほどだった。

この漫画を描いた作家は「この話は取材したものを基盤に脚色された」と伝えてあたかも漫画の中の内容が全て事実であるかのように表現した。

該当漫画を見たネチズンらは「これは告訴しなければならない漫画だ」として怒りを隠すことができなかった。漫画の下には「そのまま無視しようというには程度が甚だしくて事案が深刻だ」「ほどほど理解してやり過ごすのがかなり難しいようだ」「漫画の操作が激しい」というコメントが続いている。

しかしイシュー化されれば該当漫画に人々の視線が傾くとし、「告訴して騒々しくすれば嫌韓たちがさらに喜ぶ」「荒々しく反発すればかえって広報する格好だ」「道端の石を見るように無視するのが答」という主張も説得力を得ていきつつある。
(ソース:DCニュース:韓国語)
http://www.dcnews.in/news_list.php?code=ahh&id=609139

私は本ブログで、第二次大戦の世界各国を「擬人化」した日本のアニメ「ヘタリア」放映に抗議する韓国について書き記しましたが、「韓国」は放映されない韓国人のキャラクター設定に「我が国、我が民族、我が文化、そして我が伝統を軽んじることは容認できない」と激怒して、「日本での放映禁止」を求める「署名運動」が行われ、「韓国の国会」では「ヘタリアに竹島問題が描かれている」ようで「犯罪行為」だと糾弾し、「ヘタリア作者を殺しに日本へ行こう」と「日本人漫画家の殺害呼び掛け」までしました。

私は本ブログで再三再四、韓国の出稼ぎ芸能人である「整形=工事」の「少女時代」や「KARA」は、「韓国の国策」で莫大な資金を得る「電通」の握る広告費により「テレビ局」などマスコミが金儲けで売り出していることや、「枕営業=性接待」・「整形の証拠」などを書き記しましたが、先日は本ブログにご来訪頂いている方より「少女時代とKARAを売り出す電通を描いたマンガがある」と4部の画像を送って頂き、韓国が「ヘタリア」騒動のようになれば記事に使おうと考えていました。




私の予想通りに「韓国が激怒」しましたが、送って頂いた画像を本ブログに掲載するには諸問題があると考えましたので、お読みになられたい方は「暴露漫画」の「アドレスの最初」に「h」を入れて、「漫画の右下をクリックして拡大」の方法でお読み下さい。

「KARA 少女時代 K-POPブーム捏造説を追え!」日本のテレビを完全掌握したゴリ押しプロモーションの実態! 在日韓国人がトップの超巨大広告代理店が作り出した虚像だった!? 1~4作

ttp://www.morcoff.uu.dnsdojo.net/morcoff/ga-ldr/img/mc1155.jpg

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↑ 韓国政府から外国人に贈られる最高等級の勲章「修交勲章光化章」を贈られた日本最大の広告代理店「電通」の成田豊最高顧問




↑ テレビ関係図(右下クリックで拡大!) 「韓流ブーム」の仕掛け人は「韓国政府」が「国策」として自国の宣伝と不都合な報道をさせない為に「怪しい莫大な予算投入」~「在日韓国・朝鮮人」の利権産業である「パチンコ」と「財界・芸能界」へ影響力を持つ「創価学会」の「広告費」~「テレビなどの広告枠を握る」日本最大の広告代理店「電通」~「収入源の広告主や電通」に逆らえない「民放テレビ局」・「NHK関連団体」

「秋元康が語るAKB48誕生のアイデアと海外進出」動画の4分35秒辺り「韓国のエンターテイメントが賑わっているのは、やはり国策ですよね・・・」http://www.youtube.com/watch?v=243AVdF8u3Y

韓国のアイドルが日本へ出稼ぎに来るのは「松浦勝人」エイベックス社長も発言したように、韓国ではCDが「違法ダウンロード」で売れないからです。「相次ぐ韓国アイドル日本進出のワケ」http://geinou045.seesaa.net/article/167729515.html




↑ (右下クリックで拡大!)「世界の音楽市場規模比較」(2009年度IFPI資料)では「日本は2位」で「韓国は15位」・「各項目でも比べものにならない日韓の差」・「日本を除く全アジア諸国の市場規模を合わせても、日本市場の半分にも満たない」実態
http://www.riaj.or.jp/issue/record/2009/200908.pdf




↑ 「日本」と「韓国」の「音楽市場規模比較」では「人口で日本は韓国の約2.5倍なので、日本人一人当たりで韓国人の約12倍の音楽市場」実態

韓国の国策で儲ける電通によりK-POP人気が作られて、少女時代やKARAを売り出したことを暴露した漫画に激怒する韓国は真実だと認めているからであり、この漫画がヘタリア騒動になり困るのは電通に従うテレビ局です。

良識ある日本国民の皆様、韓国の国策で儲ける電通やテレビ局についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、菅首相が通常国会前に内閣改造と党役員人事の断行を表明したのはご存知だと考えます。

通常国会前に改造・党人事=首相が表明

菅直人首相は5日夜のテレビ朝日の番組で、今月下旬召集予定の通常国会に臨むに際し「政策実現のために最も力を発揮できるような党と内閣の体制をしっかり整備したい」と述べ、内閣改造・民主党役員人事の断行を表明した。

野党が辞任を求めている仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通相の処遇など人事の詳細に関しては「熟慮している」と言及を避けた。首相は、党大会直後の14日にも人事を行う意向だ。

一方、小沢一郎民主党元代表が政治資金規正法違反事件で起訴された際の小沢氏の進退について、首相は「政治家は本来、国民の声で行動を決めるから、しっかりとした判断をされるだろう」と述べ、自発的な離党など自身でけじめをつけるとの見方を示した。
(1月6日 時事通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110106-00000002-jij-pol

>「政策実現のために最も力を発揮できるような党と内閣の体制をしっかり整備したい」と述べ、内閣改造・民主党役員人事の断行を表明

2009年9月の鳩山前内閣より昨年6月の菅内閣まで「笑えぬ喜劇役者ばかりの民主党政権」に日本国民が怒った結果として、昨年の参議院選挙では「民主党は大惨敗」したのであり、日本国民は菅首相の「政策実現のために最も力を発揮できるような党と内閣の体制をしっかり整備したい」など信じていませんし、民主党は野党時代に「参院選で自民が敗北」した際には「参院選も国政選挙で、自民党政権は責任を取り衆院を解散すべきだ」と言っていたのですから「菅首相は衆院を解散して民意に問う」のが当然です。

>野党が辞任を求めている仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通相の処遇など人事の詳細に関しては「熟慮している」と言及を避けた

菅首相は「仙谷官房長官を民主党代表代行」にして「北沢防衛相を官房長官」にするとの報道もありますが、鳩山前内閣は昨年6月4日に「永住外国人への地方参政権付与」について、「平成7年の最高裁判決」の「本論部分」により「憲法93条」でいう「住民」は「日本国民」として「外国人への地方参政権付与を否定」した答弁書を「閣議決定」して、菅内閣は昨年11月19日に「傍論部分」を「最大限尊重しなければならない」とする「憲法上の国民主権の原理と必ずしも矛盾するものではない」とする「答弁書を決定」しており、鳩山前内閣から閣僚を務める「仙谷官房長官」と「北沢防衛相」は「内容が矛盾する二つの答弁書に署名」したのですから「両名とも議員辞職」すべきです。







>小沢一郎民主党元代表が政治資金規正法違反事件で起訴された際の小沢氏の進退について、首相は「政治家は本来、国民の声で行動を決めるから、しっかりとした判断をされるだろう」と述べ

菅首相が小沢元代表へ「離党」だけではなく「議員辞職」を求めることについて「菅内閣の閣僚」は賛成していますが、私は本ブログでも再三再四取り上げているように「反日マスコミの世論調査」とは「質問形式」や「調査対象者」により「結果を誘導出来る」と考え、「RDD方式」(固定電話番号の中からコンピューターで電話番号を発生させ、電話をかけ質問する)では「支持政党の有無」や「政治への関心の有無」でも回答は変わり、「標本調査」(統計的に無作為に選んで調査を行い、その結果から全国の状況を推測する)でも「現実の人口構成比」によって決められれば「回答は高齢者の比率」が相当高くなり、各マスコミの世論調査でも「菅内閣の支持率は20%台」しかないのですから「菅首相は衆院を解散して民意に問う」のが当然です。




↑ 過去最悪の政治史―2010年を振り返る(右下クリック拡大)

菅首相は、13日に開かれる「民主党の党大会」に主要な役員人事について党大会で承認を得たうえで、14日以降に内閣改造を行う検討に入ったとのことですが、昨年12月26日の「菅首相のお膝元である西東京市議選」へは「伸子夫人」や「蓮舫行政刷新担当相」までもが応援に乗り出しても、民主党は現有5議席から7人を擁立しても「現職4人が落選」して「3議席獲得と大惨敗」し、しかも全員が下位でのギリギリの当選で「民主党の支持率が高い西東京市での大惨敗」により、「菅首相では統一地方選は戦えない」と「小沢派からは菅降ろし」の声があります。

仁義なき「菅降ろし」本格化 小沢系、夜の街で交わした盃

菅直人首相(64)に議員辞職まで迫られ、絶体絶命の小沢一郎元民主党代表(68)が逆襲に動き出す。12日の全国幹事長会議、13日の党大会で、地方の代議員から「菅では春の統一地方選を戦えない」と「菅降ろし」を巻き起こさせようというのだ。血で血を洗う仁義なき戦いの火蓋がいよいよ切って落される。

「菅があそこまで言うとは思わなかった」菅首相の4日の年頭会見を聞いた小沢系議員からは、一斉に驚きと焦りの声があがった。「政治家としての出処進退を明らかにして、裁判に専念されるのであれば、そうされるべきだ」と、小沢氏に議員辞職まで迫った菅首相。側近らと年頭会見の打ち合わせをした3日には、周囲に「野党と税制改革の議論を始めるにも、厳しい通常国会を乗り切るためにも『政治とカネ』を決着させることが何より大事だ」と「小沢切り」に強い決意を示したという。

しかしこのまま、小沢氏が座して死を待つわけでない。頼りになるのは、一昨年の衆院選で党幹事長として全国を行脚した際の地方人脈だ。地方には、衆院北海道5区補選を皮切りに、福岡市長選や沖縄、和歌山両県知事選、民主現職が全員落選した松戸市議選など、主要選で連戦連敗の菅首相へ不満がうっ積している。「尖閣問題など腰の定まらない政権運営に、本来国政と関係ない地方選が犠牲になるケースが目立っている。地方には『このままでは例年より多くの候補者を擁立する統一選は大敗だ』との声が強い」(小沢系議員)。

小沢氏は、政権交代を成し遂げた一昨年の大半を地方行脚に費やした。地元の連合や地方議員と夜の懇親会に繰り出し、二次会、三次会まで付き合ったという。それだけに、別の小沢系議員の1人は「地方には親小沢が多く党内対立より挙党一致を求める意見が強い。この声をフル活用し、菅包囲網を構築していく」と打ち明ける。

都道府県連の幹事長らが集う12日の全国幹事長会議では、党執行部と出席者の意見交換が予定されている。ここで「党内対立をあおっている場合でない」「小沢問題より、政権運営が下手な菅首相の方が問題がある」など、菅批判を炎上させようというのだ。そうなれば、13日の党大会も紛糾するのは必至で、菅降ろしの動きが本格化する可能性も高そうだ。
(zakzak)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110105/plt1101051235001-n1.htm




自民党政権が国民の真意を問わずに「安倍氏~福田氏~麻生氏」と約1年毎に総理の顔を変えたのも最悪でしたが、政権交代後に「自民党政権の悪口を言い続けた民主党」はついに「菅首相と小沢元代表の悪口合戦」になるとは民主党は終っています。

「人が本当に下劣になると他人の悪口を言うことにしか喜びを見出せなくなる」 ~ ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

民主党の「岡田幹事長」と「玄葉国家戦略相」は5日に、民主党の「2009年衆院選マニフェスト(政権公約)」について、岡田幹事長は「(マニフェストに)過大なところがあったと率直に認めないと(いけない)」と述べ、玄葉国家戦略相は「財源の見直しや、政策の実現時期の先延ばし」などを挙げ「今年夏の「12年度予算概算要求前までに見直す考え」を表明しています。

菅首相は内閣改造ではなく小沢元代表との悪口合戦になる13日の党大会で共倒れすべきで、民主党が「政権交代」をするのに「日本国民と契約」した「2009年衆院選マニフェストを見直す」のは契約違反と言うよりも「詐欺」であり、菅首相は衆院解散して民意に問うべきです。

良識ある日本国民の皆様、菅首相の内閣改造についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、菅民主党政権が自衛隊と韓国軍の安保協力強化を柱とした共同宣言を検討しているのはご存知だと考えます。

自衛隊と韓国軍、協力強化へ…北・中国けん制

日本と韓国の包括的な協力強化をうたった新たな共同宣言を両政府が春にも発表する方向で検討を進めていることが3日、明らかになった。

自衛隊と韓国軍の平時の協力など、日韓間の安全保障分野での協力強化を初めて柱にすえる。日韓間の安保協力はこれまで、過去の日本の植民地支配の歴史などが障害となって進展しなかったが、中国や北朝鮮の動向など地域の不安定な情勢が変わらず、両国の連携強化が不可欠だとの認識が双方で強まったものだ。
(1月4日 読売新聞)より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110103-00000563-yom-pol

>日本と韓国の包括的な協力強化をうたった新たな共同宣言を両政府が春にも発表する方向で検討

>自衛隊と韓国軍の平時の協力など、日韓間の安全保障分野での協力強化を初めて柱にすえる。日韓間の安保協力はこれまで、過去の日本の植民地支配の歴史などが障害

私は本ブログ昨日の記事を更新した後に、外務省は「前原外相」が韓国紙とのインタビューで「日韓両国の同盟関係構築を希望する」との「発言報道内容を否定」して、「韓国との安全保障分野での協力強化の重要性について述べたものであり、『韓国と安全保障分野でも同盟関係を結ぶことを希望する』といった趣旨を述べたとの事実はない」との説明でしたが、前原外相の「日本は過去の歴史について反省すべきことは反省すべきだ」との発言報道は否定していません。

前原外相の「韓国と安全保障分野でも同盟関係を結ぶことを希望する」との韓国紙で報じられた発言も、「日韓間の安全保障分野での協力強化」を柱とした「新たな共同宣言を両政府が春にも発表する方向で検討」していることを「前原外相」が日本国民への説明もない状況で「韓国紙だけに話した」ことから起きたとも考えられ、与野党の保守系議員は「前原外相の発言の真実」について追及すべきです。

10日から訪韓する北沢防衛相は「自衛隊と韓国軍の物品役務相互提供協定(ACSA)」(食料・水・燃料などの物品と、輸送、整備などの役務の相互提供を定める協定)の締結を韓国へ提案する方針を示しており、14日から訪韓する前原外相も「ACSA」などを韓国側と話し合うとの報道もあり、これでは「反日国家の韓国との安保同盟」へ進むようなものですが、本ブログには投稿文字数に制限がありますので「韓国との同盟はあり得ない」内容は本ブログ以下の記事をご覧下さい。

「前原外相が希望する日韓安保同盟は竹島を韓国領として放棄するのと同じで反日国家との同盟はあり得ない、日本が韓国へ反省すべき歴史はなく民主党政権は日韓の歴史の真実を勉強せよ」http://blogs.yahoo.co.jp/x1konno/34061238.html





私は本ブログで再三再四「韓国は日本が保管する朝鮮王室儀軌などの文化財を強奪された」と歴史を捏造して「返還要求」をしている問題を書き記しましたが、昨年8月10日の「日韓併合100年の菅首相謝罪談話」にある「日本政府が保管している朝鮮王朝儀軌等の朝鮮半島由来の貴重な図書について、韓国の人々の期待に応えて近くこれらをお渡ししたいと思います」を履行する目的で、APEC開催中の昨年11月14日に「韓国側が求める返還との表現を使わない」と確認し「前原外務大臣」と韓国の「金星煥外交通商部長官」が「日韓図書協定」に署名して「菅首相と李明博大統領との会談で正式合意」しています。

菅民主党政権の「日韓図書協定」とは、「朝鮮王朝儀軌」(李氏朝鮮時代の王室行事等を記録した図書)や「日本政府が保管する朝鮮半島由来の貴重な図書」を「韓国政府に引き渡す」との「韓国の要求」だけを受け入れる「不平等協定」であり、「韓国の国立中央図書館」にある「日本統治時代に搬入された数万点の日本の古典籍」や「韓国の国家機関である国史編纂委員会」にある「対馬藩主の宗家から朝鮮総督府に流出した古文書約三万点」など、「韓国に日本が引き渡しを求めるべき貴重な図書の引渡し」を要求していません。

韓国はフランスに対しても、1866年にフランス艦隊が韓国の江華島を攻撃した際に強奪されたと「朝鮮王室儀軌の返還要求」をしていますが、フランスは返還要求に応じずに約17年間の交渉が続いて「貸与」との話し合いすら合意には至っていませんし、日本の「宮内庁」が保管している「朝鮮王室儀軌」は「原本ではなく写本」と言われ「朝鮮総督府より移管されたものと購入されたもの」ですから、「国有財産法第三条・三」(皇室用財産 国において皇室の用に供し、又は供するものと決定したもの)であり「国有財産」ですし、「日本国憲法第八条」(皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない)により「韓国への贈与」には「国会の承認」が必要です。

宮内庁保管の「朝鮮王室儀軌」は、「皇室経済法第二条」(左の各号の一に該当する場合においては、その度ごとに国会の議決を経なくても、皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が財産を譲り受け、若しくは賜与することができる)にも該当せず、1965年の「日韓基本条約」と同時に締結された「文化財及び文化協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」では「引き渡しに合意」した1400点ほどの文化財を「日本は韓国に返還」しており、「日韓請求権並びに経済協力に関する協定」により「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決されたされたこととなることを確認する」と合意しているのですから、韓国は「文化財の請求権を放棄」して「日本への文化財請求権は解決済み」のことです。




菅首相による「日韓図書協定」について、「大御心」との言葉を使った「天皇陛下の政治利用」があったと指摘する報道がありますが、これが事実かを「日韓図書協定」に関わった「菅首相」と「前原外相」は日本国民に説明すべきです。

「天皇の政治利用」 本当にしたのは小沢一郎氏か菅首相か?

2009年12月、習近平・中国副主席と天皇の会見をめぐる小沢一郎元民主党代表の言動が「天皇の政治利用だ」と批判を浴びたことは記憶に新しい。小沢氏は、「天皇との会見は30日前までに申し込む」という役人の決めた内規について、「天皇陛下に聞いてみれば、手違いで遅れたかもしれないけれども会いましょう、と必ずおっしゃると思う」と語った。

だが、菅首相こそ「天皇を政治利用した」という声も出ている。それは、菅内閣が2010年8月に閣議決定した日韓併合100年のいわゆる「首相談話」だった。談話には「痛切な反省と心からのお詫び」という植民地支配への謝罪の文言に加えて、宮内庁が保管している「朝鮮王室儀軌」などの図書を韓国に引き渡すことが明記された。

しかし、この返還問題は1965年の日韓基本条約で解決されており、法的にも外交的にも返還の必要はない。それだけに、返還すれば自民党や民主党の保守派から反発が強く、首相談話を出せば政権は危機に陥るとの見方もあった。そこで菅首相は、歴代首相経験者で保守派の重鎮、中曽根康弘・元首相に電話を入れていたのだ。

菅側近の一人は、その時のやりとりをこう明かす。「説得の決め手になったのは、総理の『朝鮮王室儀軌を返すのは大御心でもあります』という言葉だった。それを聞いて、中曽根さんにも納得していただけた」大御心とは、「天皇の考え」という意味だ。

菅政権独自の外交方針転換を天皇の判断に見せかけたのだとすれば、天皇の政治利用以外の何ものでもない。その言葉が効果的だったのかどうかは定かではないが、首相談話に合わせて中曽根氏が「過去を反省・点検し、未来に向かってさらに強固な関係を築くよう努力すべきだ」というコメントを発表した。保守派重鎮の賛同で保守勢力からの批判は立ち消えになったのである。
(※週刊ポスト2011年1月7日号)より抜粋
http://www.news-postseven.com/archives/20110101_9073.html

菅首相は大御心との天皇陛下の政治利用により、朝鮮王室儀軌などを韓国へ引き渡す不平等協定の日韓図書協定を結んだのかを、与野党の保守系議員は菅首相と前原外相を追及すべきです。

良識ある日本国民の皆様、菅首相による天皇陛下の政治利用についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、前原外相が日韓安保同盟を希望するとの報道はご存知だと考えます。

前原外相「日韓安保同盟を希望」…韓国紙

【ソウル=仲川高志】韓国紙、毎日経済新聞(電子版)は2日、前原外相のインタビュー記事を報じた。

外相はこの中で、「北朝鮮の武力挑発は朝鮮半島はもちろん、東アジアの安定と平和を脅かす行為」と指摘し、「韓国と安全保障分野でも同盟関係を結ぶことを希望する」と述べた。

外相は「日本は過去の歴史について反省すべきことは反省すべきだ」とも述べ、韓国の国民感情への配慮も示した。
(読売新聞 1月3日)より抜粋
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110103-00000026-yom-pol

>「韓国と安全保障分野でも同盟関係を結ぶことを希望する」と述べた

>「日本は過去の歴史について反省すべきことは反省すべきだ」とも述べ

私のブログへご訪問頂いている方より、先ほど「韓国紙の毎日経済新聞(電子版)」を「和訳した記事」を送って頂き読みましたが、前原外相は韓国紙に「次期総理候補」と持ち上げられた上で「昨年8月10日、菅直人総理が直接過去史にたいする謝罪談話を発表したのも、韓国との未来指向的な関係を構築しなければならないという必要性を痛感した」などと述べており、前原外相は「韓国への謝罪談話(菅首相談話)」を裏で作ったと言われている「仙谷官房長官」(前原グループの影の代表)の「愛弟子」との立場での発言です。

民主党は野党時代から「中韓第一の反日政党」で、前原外相といえば「偽メール事件」で民主党議員が自殺した問題や、小泉元首相の「靖国神社参拝」への抗議、「北朝鮮経済支援」での拉致問題を棚上げするかの発言、「外国人参政権」推進派など「売国議員」であり、前原外相の夫人は「中韓第一の創価学会」の池田信者との風評もありますが、「日本の固有領土である竹島」を不法占拠して「対馬の領有権」まで主張し、歴史を捏造しては「反日教育」をする「反日国家の韓国との安保同盟」はあり得ませんし「日本が韓国に謝罪する歴史」もありません。




1952年、韓国の李承晩大統領が「竹島を含む」日本海に「海洋主権宣言」なる一方的宣言によって「李承晩ライン」を引き、日本が操業できる漁場を韓国のものとし、すべての天然資源・水産物を利用する権利を主張して、この「李承晩ラインに入る日本漁船は武力を持って排除する」と通告をしました。




この結果、韓国による日本漁船の拿捕が続き、李承晩ライン廃止までの「抑留者数は3929人」・「拿捕された船の数は328隻」・「死傷者数は44人」にも昇り、抑留された被害者は「韓国に人質」とされました。




2005年3月18日に韓国の「馬山」(マサン)市議会は「對馬島の日」(対馬の日)条例を可決し、2008年7月21日には「韓国の国会議員50名」が国会に「対馬の大韓民国領土確認および返還要求決議案」(対馬島返還要求決議案)を提出していますが、韓国人の半数以上が「対馬は韓国領土で返還要求」すべきと考えています。

「日本に対馬返還要求すべき」賛成50.6% ~ 与・野党議員50人が対馬返還要求決議案発議に対し、国民の半分が賛成していることが調査で明らかになった。世論調査機関リアルミーターが全国19歳以上男女700人を対象に国会で発議された対馬返還決議案に対して世論調査した結果、賛成は50.6%だったと25日、ノーカットニュースが報道した。
(中央日報)より一部抜粋
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=102897




1910年(明治43年)に「日韓併合条約」が締結しましたが、「韓国併合」はロシアなどに侵略されそうな危機的状況だった韓国側から日本に求められ、日本は韓国と「国際法に則った併合条約」を欧米列強諸国の承認の下に締結して、日本がもし朝鮮を「植民地」にする気ならわざわざ「朝鮮の承認」を得る必要はなく「武力制圧」すればよく、ここまで「平和的な併合」は世界的にも類を見ない事ですし、日本は現在の試算で「約20兆円」もの莫大な金銭を投入して「朝鮮の近代化」に尽力をしたのであり、朝鮮は日本統治前より比べられないほど「医療」・「教育」・「生活」などの水準が高まりました。

日本による朝鮮への諸政策の結果、朝鮮では1920年~30年代のGDP平均成長率は約4%と高まり(1920年代の世界経済は2%以下・日本は3%強)、1人当たりの国民所得は1910年代の約40ドルから倍増、耕作地は246万町から449万町まで拡大、米の反当り収穫量が0.5石から1.5石まで3倍増、人口は1300万人から2600万人に増加、平均寿命は24歳から56歳に延びるなど「日本のお陰で韓国は近代化」を遂げたのが真実です。




「李朝末期の韓国は、暗黒の世界で、日本が暗黒を破り、光明をもたらしたのだ。1890年代から1930年代の間に、日本人が韓国にもたらした革命的な改革が、どれほどまでに賞賛されたことだったろうか。韓国人が自らの手ではとうてい行えなかったことであった。」(韓国評論家 朴泰赫)

「朝鮮の王室と政府は腐敗堕落しきっており、頑迷な朋党は、人民の財を略奪している。その上、人民はあまりにも愚昧である。これでは国家独立の資格はなく、進んだ文明と経済力を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地になるだろう。伊藤博文総監の施策は、朝鮮人にとって有益で、人々は反対していない。」(アメリカ人の朝鮮外交顧問:ドーハム・スティーブンソン)

「1910年、日本が韓国を併合したのは(韓国の)新皇帝が「請願」したからであった。パールハーバー以前は、日韓関係について語る歴史家は、日本が欧米列強から教わった国際関係の規則を、実に細かいところまで几帳面に守っていた、といってほめるのだ。トリート教授によれば、日本は「一つ一つの手続きを外交的に正しく積み上げていた。そして、・・・宣言ではなく条約で、最終的な併合を達成したのである。」事実、列強の帝国建設はほとんどの場合、日本の韓国併合ほど「合法的」手段を踏んでいなかった。」(「アメリカの鏡・日本」ヘレン・ミアーズ)

「総督府(日本の朝鮮統治府)以前の李氏朝鮮社会は、司法行政の綱紀が乱れ、教育、衛生は顧みられず、河川、林野が荒廃し、道路、橋梁もなく、港湾も船も車もなかった時代であった。それから二十年後(日本統治時代)の昭和初期に朝鮮を訪れたアメリカのブルンナー博士は、朝鮮農村の実状を視察して、地方の古老にも接触して今昔を比較し、(李氏朝鮮と日本の統治が)天と地ほどの差があることに驚愕した。朝鮮総督府は人さらい、草賊(盗賊)暗躍、飢民あふれる李朝末期の社会に、産業を興し、治安を回復し、近代社会を作ったのであった。」(「歪められた朝鮮総督府」黄文雄)

「韓国は日本の保護によって新生命、新光明に浴している。高い政治道徳を重んずる進歩的であり、円滑である伊藤総監によって、韓国人は暗黒時代から光明世界に導かれ、未開時代から文明時代に進むべく手を取られて進みつつあり、旧来の久しい悪政から免れ、彼らの生命財産は確実に保護されつつあって、あらゆる面において三年間に三倍の進歩を遂げた。」(韓国在住:宣教師ラッド博士)

「現在の朝鮮民族の力量を持ってすればとても独立国家としての体面を保つことはできない。亡国は必至である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかいない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本人は違う。日本人は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして日本は朝鮮を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外にわが朝鮮民族が豚の境遇を脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。」 (併合当時の外交官であった李成玉)
「大日本史番外編朝鮮の巻」より一部抜粋
http://mirror.jijisama.org/

前原外相が希望する日韓安保同盟は竹島を韓国領として放棄するのと同じで、反日国家である韓国との安保同盟はあり得ないのであり、日本が韓国へ反省すべき歴史はなく民主党政権は日韓の歴史の真実を勉強すべきです。

良識ある日本国民の皆様、前原外相が希望する日韓安保同盟についてご考慮下さい。

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良識ある日本国民の皆様には、お健やかに新春をお迎えのことと存じます。

皇紀二六七一年の新春を奉祝いたし、貴方様には謹んで新年のお慶びを申し上げます。

昨年は格別の御厚情を賜りまして、ここに厚く御礼を申し上げ、今年も何卒ご指導、ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。

本年が貴方様にとって、日本国にとって、幸多き年となりますようお祈り申し上げます。

皇紀二六七一年 平成23年 元旦  近野滋之




私は新年最初の記事くらいは「反日勢力叩き」ではないようにと考えていましたが、本ブログ昨年12月28日の記事「真の日台友好には台湾の馬英九総統を落馬させて中共の侵略阻止で手を組むべきだ、台湾は尖閣諸島の領有権主張や反日勢力が捏造した従軍慰安婦での日本への挑発をやめろ」について、ご来訪下さった若い方々より「台湾での日本軍はどうだったの?」などのコメントやメッセージを頂戴しましたので、本日は「台湾統治時代の日本兵」を簡単で申し訳御座いませんがご紹介させて頂きます。




助けてくれた日本人の将校さん

昭和20年の春、台湾南部を走る満員の汽車のステップに立ち、振り落とされまいと必死に鉄棒に掴まっている12、3歳の少女がいた。名は楊素秋(日本名:弘山貴美子)さん。台南第一高等女学校(4年生の旧制中学)を受験するための参考書などを詰めたリュックを背負い、3日分の米と野菜を入れた布袋2つが両腕に痛いほど食い込んでくる。隣に立っていた20歳ぐらいの日本人の将校さんが心配そうに「大丈夫ですか」と聞くが、もう返事をする気力も残っていなかった。

将校さんが「その荷物を捨てなさい。早く捨てなさい」と言った。ちょうど汽車は鉄橋にさしかかった所だった。鉄棒から片方の手を離して荷物を捨てた時、ゴーと鉄橋に渦巻く列車の轟音にハッとした楊さんは、左足をステップから外してしまった。「助けて」と叫ぼうとしたが、目の前が真っ暗になって、意識を失ってしまった。

遠くで聞こえていた大勢のざわめきが、段々と近くなってきた。誰かが頬を叩いている。「気の毒にね。いたいけな子供が。顔が真っ青だよ。」「いやぁ、その軍人さんがいなかったら、この子は川の中だったな。」

気がついたら、楊さんは知らないおばさんの膝の上に抱かれていた。おばさんはニコニコしながら「ああ、よかった。息を吹き返さなかったら、どうしようかと心配していたのよ」と、楊さんのおかっぱ頭を撫でた。台南駅につくと、おばさんは楊さんを抱いて窓から外に出してくれた。窓の外には、あの将校さんが待ち構えていて、楊さんを抱き降ろした。

汽車のステップの上に立ち、自分の荷物を抱えて立っているだけでも大変なのに、その将校さんは気を失って転落しかけた楊さんをとっさに掴み、引っ張り上げてくれたのだった。下手をすれば自分も一緒に落ちてしまうかもしれないのに。

「あのう、、、お名前を教えていただけますか?」と楊さんが聞くと、将校さんはプッと吹き出し、「ハハハ、子供のくせに。いいから気をつけて帰るんだよ」と将校さんは手を振って、汽車に乗り込んだ。爽やかな笑顔だった。汽車が遠くかすんで見えなくなるまで、楊さんはそこに立ちすくんでいた。将校さんへの感謝を繰り返し、武運長久を祈りながら。

楊さんは、その後、名前だけでも聞いておけばよかった、と50年以上も悔やむことになる。生きている間にもう一度お会いして、お礼を言いたい、、、そんな思いを抱きつつ、楊さんは戦後、成人してから小児麻痺の子供10人と健常者の子供20人を預かって育てあげた。

あの将校さんは自分の命を助けてくれただけでなく、他の人に尽くす力も与えてくれたのだった。

自分の国の兵隊さんは、こんなに素晴らしい

台南には日本陸軍の第2歩兵連隊が駐留しており、年に何回かある記念日には閲兵式があった。その行進の歩調は、イチニ、イチニとピッタリ揃っていて、沿道を埋め尽くした人々が、みな固唾を呑んで見とれていた。

ある日、演習があって、楊さんの家の前の木陰で休んでいた兵隊さんが立ち上がろうとした拍子に銃を落としてしまった。上官がそれを見て、兵隊さんに鼻血が出るまでビンタを張った。ぶたれながらも兵隊さんは気を付けをしたまま、敬礼して「ありがとうございました」と言うだけだった。その敬礼は崩れず、実に格好良かった。

その様子を息をこらして見ていた楊さんは、子供心にも軍の厳しさを感じ取った。兵隊さんでだらしのない人は一人も見たことがなかった。自分の国の兵隊さんは、こんなに素晴らしいのだと、楊さんたちは誇りにしていた。

昭和18年、楊さんが5年生の時には、台南市でも米軍の爆撃が激しくなり、一家で祖母のいる大社村という田舎に疎開した。そこにも日本の若い兵隊さんたちがおり、日本語の話せる楊さん一家に、自然に遊びに来るようになった。

楊さんの母親は兵隊さんたちを自分の子供のように可愛がって、おやつやご飯をたくさん作って、たらふく食べさせた。満腹になって帰って行く兵隊さんたちには「明日もおいで」と声をかけた。

兵隊さんたちは、お礼代わりに、水汲みを手伝ってくれたり、また支給品の三角巾や薬を使わずに持ってきてくれた。中には自分が使っていた立派な万年筆を楊さんの父親にあげようとして断られると、「お願いですから使って下さい」と半ば強引に置いていった兵隊さんもいた。

兵隊さんたちはお互いの間では「おい、こら」などと言っているのに、楊さんに向かうと「喜美ちゃーん」とニコニコしていた。子供にはとても優しかったのだ。

軍隊では時々映画を見せてくれるので、そういう時は「喜美ちゃーん、映画に行かんか」と誘ってくれる。楊さんは「はーい」と言って元気に家を飛び出す。5年生で小さな楊さんは周りが皆兵隊さんばかりで画面が見えないので、いつも肩車してもらうのだった。
(国際派日本人養成講座)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog361.html



私は相変わらずの体調不良により一昨年末より不定期での記事更新中で、本年は一つでも多くの記事更新をと考えておりますので、私のような未熟者の拙いブログで恐縮ですが、貴方様には今後もご来訪を頂いての御教授など宜しくお願い致します。

良識ある日本国民の皆様、本年も美しき祖国日本についてご考慮下さい。

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プロフィール

近野滋之

Author:近野滋之
こんのしげゆき
Nationalist
1962年9月14日生まれ
東京都新宿区出身
財団法人日本遺族会会員
21世紀日本政経会議議長
少年教育を考える会理事
靖國神社崇敬奉賛会正会員

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